減量とストレスで「生理も止まって…」伊澤星花、10年前の“監獄”のような生活 最強の壮絶ルーツ
格闘技ファンが待ち望んでいた大みそか恒例のビッグイベント「Yogibo presents RIZIN師走の超強者祭り」(埼玉・さいたまスーパーアリーナ/ABEMA PPV ONLINE LIVEで全試合生中継)が目前に近づいてきた。RIZIN旗揚げから今年で10周年のメモリアル大会。ENCOUNTでは出場選手を直撃し、ファイターの10年前、そして今に迫る。第4回は伊澤星花。

道場と寮は近くも「帰る時は電話報告」…自由なき高校時代
格闘技ファンが待ち望んでいた大みそか恒例のビッグイベント「Yogibo presents RIZIN師走の超強者祭り」(埼玉・さいたまスーパーアリーナ/ABEMA PPV ONLINE LIVEで全試合生中継)が目前に近づいてきた。RIZIN旗揚げから今年で10周年のメモリアル大会。ENCOUNTでは出場選手を直撃し、ファイターの10年前、そして今に迫る。第4回は伊澤星花。(取材・文=島田将斗)
「生理も1年生から止まっちゃって……」と振り返るのは、堀口恭司と同じ作新学院高時代の下宿生活。柔道部に所属し「監獄」のような毎日を送っていたという。
「寮は一軒家みたいなところで、一階に寮母さんが住んでいて、2階に7部屋くらいありました。入っても厳しすぎて辞めちゃう人が多かったです」
練習よりも寮生活が厳しかった。「もう決まりがいっぱいで。朝起きて、朝練に行って、帰ってきて、夜ご飯。すべて時間が決まっているんです。学校の近くにあったんですけど、部活して、帰る時に『今から帰ります』って電話するんですよ」と苦い顔を浮かべた。
外の世界には「誘惑がある」。そんな理由で休日でも外出はほとんどさせてもらえない。3年間で4回行ったかどうか。唯一許された場所は衣・食・住のすべてがそろうディスカウントストア「トライアル」だった。
「もう本当に日用品を買うだけでした。駅には誘惑があるから行っちゃダメって。試合のあとに親と一緒にご飯を食べるなたOKみたいな」
遊んだ記憶はほとんどない。唯一覚えているのは試合後に部活のメンバーで行った宇都宮のスイーツパラダイス(スイパラ)だ。
「『みんなでご飯に行きたいからいかせてください』って部活の顧問にお願いして、許可をもらって、それを寮母さんにも言って、やっと行けました。自分の心の一番の思い出ですね」
栄養を考えられた食事もたくさん“食べさせられた”。大会前は減量期間になるが、寮母には関係ない。信じられない話だが、体重が落ちていなくても残すことは許されず、悪循環となっていた。
「1年生から下宿生活が本当に嫌で……。ストレスと減量とで生理が1年生の途中から止まっちゃって。精神的には一番きつかったなと」
「なんで頑張らなきゃいけないか分からない」。複雑な気持ちを抱えながらも結果的に高校2年時にはインターハイ女子52キロ級で3位入賞。全国高校柔道選手権女子52キロ級では5位入賞を果たした。
高校3年生になると引退がどんどん近づいてくる。名残惜しさはない「早くここを出たい」。その思いで退寮1か月前から荷造りを始め、部屋はダンボールだらけに。必要最低限の生活用品で生活していた。
10年前の話だが、監獄生活から抜け出した初日をいまでも覚えている。
「当時お兄ちゃんが専門学生だったので、夜にシダックスっていうカラオケに行きました(笑)。18歳だったから、ラウンドワンとかに行って、ちょっと長めにお兄ちゃんと遊ぶのが楽しかったですね」
柔道時代にはなかった「華やかさ」への憧れ
一方、学生生活では要領よく手を抜いていた。授業はあまり聞いていなかったが、テスト前に集中して勉強をする。詰め込み型で3年間、全教科で80点以下を取ったことはない。当初は柔道を続けることも大学進学もあまり考えてはいなかったが、先輩を追って東京学芸大を受け、見事に合格した。格闘技と出会ったのはこの頃だった。
「高校時代は格闘技を全く見てなかったです。弟がK-1が好きで、魔裟斗選手とKID選手の名前だけ知ってるレベルでした。試合とかは全く見たことないです」
初めて知ったのは大学1年(2017年)の大みそか。RIZIN女子スーパーアトム級ワールドグランプリ決勝だった。
「浅倉カンナちゃんが、RENA選手とトーナメントで倒したのを実家でお父さんが見てて。『この子、レスリングで一緒にやってた子だよ』って言われて、そこで知りました。カンナちゃんがやってなかったら格闘技知らなかったかもしれないですよね」
このときに格闘技がやりたくなったわけではない。世間に注目されている“カンナちゃん”を見て、ただ「うらやましかった」。
「柔道って結果がそこそこあっても目立たない。五輪に出て初めて認知されるかどうか。そんな中でカンナちゃんが成人式にすごいベルトを持って撮影したりしていて、『同級生なのに全然違うな、羨ましいな』と思った記憶があります」
新型コロナ禍に入り、柔道の大会数は激減。結果を出すための土俵にも立てなくなったなかで、華やかに見えた格闘技の世界へ飛び込んだ。
ここまで17戦無敗。女王として君臨するまでの10年間で、得たものは名声だけではない。一番の変化は内面だという。
「人のことを思えるようになったんですよね。柔道をやってた10年前は、『自分さえよければ』みたいな感じで。団体戦も、勝ち進んでいくに連れて1敗のリスクがのしかかるので、自分だけ勝って他は負けてと願ったこともあります。誰かが負ければ、そこで終われると」
一方で現在はJAPAN TOP TEAM、経営するRoys GYMで若手ファイターを指導している。
「高校の柔道部の子とかにも『丸くなったね』って言われます(笑)。あの頃は後輩泣かせてましたし。あの頃は厳しく指導して言いっ放しになってたけど、いまはケアもセットでやってますから」
格闘家としてはキャリア3戦目、本野美樹との2回目の対戦が転機だったという。そこで初めて極める感覚をつかんだ。
「1回目は判定勝ちでした。2回目に一本を取るためのイメージみたいなのができて。デビューして最初は『極めたい、極めたい』しか考えてなかったんですけど、その3戦目はすごい落ち着いて、寝技の展開になった時に相手の動きをしっかり見て動いていったら、結果極めて一本勝ちできた。その試合で一本の取り方を学んだなと思います」
最強女王は“想定外”まで考えようとしている
デビュー時とは面構えが全く違う。それは取材での受け答えでも分かる。当初はいわゆる「優等生」のような当たり障りのない発言をしていたが、最近では言葉に力がこもっている。
「最初の頃はカンナちゃんだったり海選手だったり、本当に人気選手になりたいって思って。『綺麗なことをたくさん言う優等生』みたいでしたよね。自分の感情を出さずに、面接みたいなイメージで『こう聞かれたら、こう答えれば100点に近いよね』みたいな当たり障りない答えをずっと探して話してました」
それがいつしか感情を表に出すようになった。今大会のカード発表会見では欠席したRENAに対し怒りをあらわにしていた。昔より人間味が出ている。
「今は逆に、自分の中の感情をいかに出していけるかを考えていますね。いいところも悪いところも含めて自分だし、それが自分の性格。アンチとかにもそこまで影響されないので」
それでも試合前はメンタルが不安定になることがある。それは、試合のさまざまな展開を想定するからだ。
「『こうなるかもしれない』みたいな想像をして、『自分なんかうまくハマらない』みたいな気持ちになるんです。想定内と想定外まで考えようとするんです。考えるのは好きで本当に最悪の最悪まで考えます。試合でその最悪の最悪を超える場面はまだ起きてないです。パク・シウ戦(2021年)のサッカーボールキック(反則)、あれだけは想定外でしたね(笑)」
最後にどうすれば“最強女王”になれるのかを聞いた。返ってきたのは圧倒的な準備だった。
「(強さの秘けつは)自分が強くなることだけを毎日考えてるのと、試合に対して誰よりもち密に向き合ってるから。だから私は無敗だしチャンピオンなのかなと思います。みんなにとっても同じ一戦であることは変わらないけど、そこに対してかける気持ち・時間も全部勝ってるのかなと」
不安も、重圧も、すべてを「想定内」に変えるほどの準備。それこそが、伊澤を絶対王者たらしめている。10年前、「監獄」の中で戦う意味を見失っていた少女はいま、誰よりも深く考えて相手を迎え撃つ。
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