ラーメン1杯1500円が目前に? 物価高に“入手困難”な食材も…競争激化で「二極化」加速

「僕自身は1000円の壁はないと感じています」――。気鋭のラーメン職人が、きっぱりと言った。ラーメンが1杯1000円を超えると「高い」と言われ、客が心理的抵抗を示してしまう“1000円の壁”が、業界の課題として長年指摘されてきた。止まらない物価高、光熱費の高騰……。ラーメン店の経営は厳しさが増す。一方で、1000円超えでも客数を落とさず、創意工夫で成長を続ける店舗もある。飲食業界はSNSの誹謗(ひぼう)中傷にも直面しており、悩みは尽きない。「株式会社エムシス」(仙台市)ラーメン部門で、つけ麺がメインの「もちだや」店長を務める石田皓さんが、“店側の本音”を明かした。

気鋭のラーメン職人・石田皓さんが業界事情を語った【写真:株式会社エムシス提供】
気鋭のラーメン職人・石田皓さんが業界事情を語った【写真:株式会社エムシス提供】

「物価高や人件費高騰はどんどん進んでいます」

「僕自身は1000円の壁はないと感じています」――。気鋭のラーメン職人が、きっぱりと言った。ラーメンが1杯1000円を超えると「高い」と言われ、客が心理的抵抗を示してしまう“1000円の壁”が、業界の課題として長年指摘されてきた。止まらない物価高、光熱費の高騰……。ラーメン店の経営は厳しさが増す。一方で、1000円超えでも客数を落とさず、創意工夫で成長を続ける店舗もある。飲食業界はSNSの誹謗(ひぼう)中傷にも直面しており、悩みは尽きない。「株式会社エムシス」(仙台市)ラーメン部門で、つけ麺がメインの「もちだや」店長を務める石田皓さんが、“店側の本音”を明かした。(取材・文=吉原知也)

 地元・博多の老舗とんこつラーメン店で修業し、「全く知らない土地でゼロから挑戦したい」と仙台にやって来た石田さん。この道14年で、日々ラーメンを食べ歩いている。

 同店で一番安いノーマルのつけ麺は950円(税込み)。つけ汁やトッピングのバリエーションによって、1100円台から1500円台が設定され、最も高いメニューは1760円だ。姉妹店でラーメンが主力の「水原製麺」はノーマルのラーメンが940円で、1000円を超えるメニュー(最大1450円)を多く取りそろえている。それでも、2店舗の客単価平均は1100円を超えているという。

「チャーシューやワンタンを追加したり、麺を増量したりすると、1000円を超えます。トッピングを付けてくれるお客様が多いです。水原製麺は2022年4月のオープン以来、1年に1~2回、メニューの一部を値上げしていますが、客数の変化は今のところありません」

 原材料の値上がりで厳しいのは、スープ作りに重要な煮干しだ。「本当に入手しにくいです。全体の生産量が少なくなってきていると聞いています。3年前と比べて煮干しの仕入れ値が1.5倍になっています」。チャーシューに使う豚肉も上がっており、ダメージが大きい。同社では小麦粉を仕入れて自家製麺を作っているが、原材料費の高騰は頭が痛い問題だ。

「物価高や人件費高騰はどんどん進んでいます。私たち現場としては、食材一つにしても、もっと安く仕入れる業者様がないか探すことに加えて、人件費を抑えるためにスタッフのスキルアップを重ねて、例えば4人での店舗運用を3人でできるようにするなど、できることを日々探してチャレンジしています」。厨房の調理器具や調味料の配置を見直し、1分でも効率化を目指す。味の追求はもちろんのこと、店の雰囲気作りや清掃といった細かいところも「磨きに磨きをかける」。そんなギリギリの経営努力を続けているという。

 SNS戦略にも注力している。毎月1回、SNS会議を開き、真剣に議論。「写真だけではなく、より印象に残るように動画の投稿を意識しています。いわゆる“シズル感”や臨場感が出るよう心がけています」。

 頼みのSNSだが、新たな問題も生まれてきている。誹謗中傷だ。

「SNSの進化は素晴らしいですが、よくないことも出てきています。例えば、少しでも素手で食材を扱うと、『なんで手袋をしないんだ』と低評価を書かれてしまいます。誤った情報が一瞬で広まり、最悪閉店まで追い込まれる……。そんな不安があります。うちはSNSで広めてほしいので撮影OKですが、トラブルを避けるために商品以外の写真撮影を禁止する飲食店も増えていると聞いています。昔は店に不満があれば直接店員に伝えていたと思うのですが、今はいきなりネットに悪い口コミを書かれます。SNS動画で悪いところだけが切り取られて拡散されるケースは怖いと感じています」

 現状、特段の被害を受けたことはないが、いつ撮られるか分からない。そんな緊張感がうっすらとあることも確かだ。ただ、客商売で生きている身として、謙虚な姿勢を忘れない。「まずはお客様が不快にならないような店づくりをしていくこと。それが基本です。スタッフ教育をするのが一番の対策だと考えています。日々、試行錯誤で取り組んでいます」

こだわりの味と店づくりを徹底【写真:株式会社エムシス提供】
こだわりの味と店づくりを徹底【写真:株式会社エムシス提供】

進む“二極化”「どっちかに尖った方が生きていける」

 実際に以前、スタッフが客から急に怒鳴られたことがあった。石田さんは店全体の雰囲気が悪化してトラブルが拡大しないよう、客を外に誘導して、怒った原因や不満を聞くなど丁寧に対応したという。「お客様を見て、常にアンテナを張っておく。スタッフを守るのが自分の大事な仕事です。自分はどうなろうがいいのですが、アルバイトの子にとって一生のトラウマになるかもしれないので、場合によっては警察を呼びます。冷静に対処していくことを心がけています」。毅然(きぜん)とした店長の覚悟を示す。

 長引く不況、止まらない物価高の中で、ラーメン業界は分岐点を迎えている。立ちはだかってきた1000円の壁。「味のこだわりや値段に見合った価値を提供できれば、店内の雰囲気や接客の面で、おもてなしをしっかり伝えられる力がお店にあれば、1000円の壁はないと感じています。もちろん、安くておいしいに越したことはないですが、おいしさや感動が得られると感じたら、足を運びたくなるのが人間だと思います。あと数年もすれば、ラーメンという食べ物は『1000円を超えてもしょうがない』というふうに浸透すると思っています」と強調する。

 今後のラーメン業界はどこに行くのか。「二極化」がさらに進むと予測する。

「ラーメン屋は、つぶれたり増えたりの繰り返しの中で増加していくのではないでしょうか。現状は、安くておいしいラーメンを出し続けるチェーン店、我々のようなちょっと高級なラーメンを提供する店に分かれてきていると思います。競争は間違いなく今より激化していきます。どっちかに尖った方が生きていけるのかなと考えています」。個人店や小規模業店でも、高級志向なら勝負できる。家族経営の店は人件費が低い分、やりくりができる。そうしたバランスの中で、「生き残っていく」という考えだ。

 10年後、“普通のラーメンの価格”はどうなっているか。石田さんは「1500円になっているのかな」との見立てを明かす。

「1500円と言っても、例えば最初から卵が半分入っているなど、そこで納得してもらえるよう、付加価値との折り合いになっていくと思います。煮干しが厳しくなるなど、今まで手軽に使えていた食材がもう使えなくなってきています。制約が多くなる中で、いかにおいしいものを作っていくか。業界はその流れになっていくと思います。限られた食材でいかに自分たちの力を発揮していくか。これが今後の自分たちの重要な仕事になると考えています」

 サバイバル過熱のラーメン業界で、真摯(しんし)に向き合い続ける、若き店長の姿がそこにはあった。

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