ウエストランド井口の“炎上しない毒舌” キーワードは「157センチ」と「主語の大きさ」
『M-1グランプリ2022』で王者に輝いたウエストランドの井口浩之が、自身初となる著書『悪口を悪く言うな!』(Gakken)を世に送り出す。毒舌を笑いに変える芸風は、どのようにして生まれたのか。そこには、傷つけずに“刺す”ための仕掛けがあった。

過去にはオーソドックスな漫才やコント
『M-1グランプリ2022』で王者に輝いたウエストランドの井口浩之が、自身初となる著書『悪口を悪く言うな!』(Gakken)を世に送り出す。毒舌を笑いに変える芸風は、どのようにして生まれたのか。そこには、傷つけずに“刺す”ための仕掛けがあった。(取材・文=島田将斗)
“グチ”や毒舌を武器に本まで出版しているいまだが、最初はオーソドックスな漫才やコントをしていた。しかし、その芸風に段々と限界を感じ、いまの原型とも言えるスタイルができた。
「ある時に僕がいっぱいしゃべるようなネタをやりだしました。最初はワーっと言うものの、最後は『僕が悪いんだ』っていう自虐のような展開です。でも、またある時に言いっぱなしにした。そうしたら優勝できたので、あまり気を遣わなくても良かったかもしれないですね」
なぜ気を遣わなくなったのか。その背景には自身の話芸だけでなく、身長157センチという身体的特徴も含めた冷静な分析がある。
「『この見た目のやつは大丈夫じゃん』って。僕が文句を言っても、たぶんみんなは最後は力で抑えつければいいんだって思っていると思う。僕が180センチあったらこんなネタやってない。こんなやつが何か言っていても誰も羨ましくないっていうか」
コンプライアンスが厳しくなればなるほど、ウエストランドの芸はウケる。『M-1』優勝前に「人を傷つけないお笑い」がトレンドになると井口は「もっとはやれ!」と願ったという。その結果、カウンターパンチのような芸は大きなインパクトを与えた。
「毒舌や悪口っていうのがありながらも、本質は『M-1』決勝で『そんなこと言うんだ!?』っていう芸なんですよね。あの当時からしたら『R-1』のこととか、佐久間(宣行)さんのことを言うとかはタブーじゃないですけど、みんなやらないこと。それをあの場で言うっていうのが本質で心地よかったですよね」

炎上しないからくりは“主語の大きさ”
誰かを刺しているが、誰のことだかは分からない。「主語を大きくする」ことがこの芸の魅力だ。
「主語をめちゃくちゃ大きく言っているので、誰が怒ればいいか分からないし気が付かない。そこで助かっているんですよね。『若いやつは全員ダメ』とか『吉本のやつは全員ダメ』とか、そんなわけはないじゃないですか(笑)」
優勝後には「井口は変わる」の声もあったが、3年たって芸風は変わっていない。「チョコプラは“素人”とか言ってあんなことになったけど、僕なんてもっとひどいこと言ってますよ! それでも大丈夫なわけです。もう誰も聞いてないですよ、僕のことなんか」と自虐した。
井口はこの芸を単独ライブといったホームでは見せようとしない。「ファンの人を集めて言っても何でも『OK』ってなっちゃう。吉本さんのライブに出るときが一番楽しいですね」とにやりと笑う。
「僕らには本当にファンがいなかった。よく考えると1回もなんでも笑うファンがいた状況がなかった。それが本当に良かったです。誰からも応援されなかったのがラッキーだった。アウェイしかなかったですからね」

「言ってはいけない悪口」の線引き
そんな状況で毒舌芸と「言ってはいけない悪口」の線引きを学んできた。
「みんな個人攻撃するから変になるんです。誰かを傷つけたいと思っているわけじゃなくて、ウケたいですからね。『一体誰なんだ、それは』って。もっと言うと、その対象は本当に存在しない可能性すらありますからね。『こっちは良くて、そっちはダメ』って変に気を遣うと、いろいろなことを思う人が出てくるわけですけど、主語が大きければ誰も何も思わない。あとは若者の方がすごいし、吉本の方がすごいわけですから」
大きな事務所に所属していないからこそ、この芸風も生きている。「1番のところは嫌だ」と吉本には行かなかったが、憧れも隠さない。
「『ファンです』って言われて写真撮って、スマホ見たら吉本の人のステッカー入っているとすごいげんなりしますから。一般の人はお笑いイコール吉本と思っているわけですから、吉本の真ん中にいないと味わえないこといっぱいありますからね」
「僕らの芸はアウェイの中で磨かれてきたものですから」。そう語る井口の“悪口”は、「誰か」の心をざわつかせながら、静かに届いている。
あなたの“気になる”を教えてください