蒔田彩珠、禁じられた感情の世界で気づいた“人間らしさ” 「自分の正常を押し付けていないかなと考えた」

俳優・蒔田彩珠が映画『消滅世界』(監督・脚本:川村誠氏、公開中)に主演した。本作は芥川賞作家・村田沙耶香氏の同名小説を実写化。性愛が消滅した未来を舞台に、「恋」「結婚」「家族」のあり方を問い直す衝撃作だ。主人公・雨音を演じた蒔田が、撮影の日々を振り返った。

インタビューに応じた蒔田彩珠【写真:増田美咲】
インタビューに応じた蒔田彩珠【写真:増田美咲】

映画『消滅世界』で主演

 俳優・蒔田彩珠が映画『消滅世界』(監督・脚本:川村誠氏、公開中)に主演した。本作は芥川賞作家・村田沙耶香氏の同名小説を実写化。性愛が消滅した未来を舞台に、「恋」「結婚」「家族」のあり方を問い直す衝撃作だ。主人公・雨音を演じた蒔田が、撮影の日々を振り返った。(取材・文=平辻哲也)

 出演の話を受けたとき、最初に手にしたのは原作小説だったという。

「最初に読んだ時は、現実離れしているけど、完全にフィクションとも言い切れない不思議な世界だなと思いました。未来の話なのかな、とも感じて。これを映像にしたとき、どう表現できるんだろうという不安もありましたが、楽しみの方が大きかったです」と振り返る。

「世界観としては未来的でもあり、哲学的な問題も含んでいて、いろんな要素があるなと感じました。自分が演じた雨音に対しては、現実と物語の狭間にいるようで、読む側の気持ちにもなれるし、すごく葛藤している人だなと思いました」

 撮影初日は、栁俊太郎演じる夫・朔との職場シーンから始まった。

「音を使わない撮影だったので、いろんな話をしながら撮っていました。最初の撮影だったからこそ、『一緒に頑張っていこうね』という前向きな気持ちになれたと思います」。現場は作品のトーンもあって落ち着いた雰囲気だったという。「静かな現場でしたが、監督もキャストも集中していて、一つ一つの空気を感じながら演じられました」。

 メガホンを取ったのは川村氏。映像ディレクターとして、MTVでRadioheadやOasisなどのフェス、ライブ映像や、BOOM BOOM SATELLITES、BIGMAMAなどさまざまなアーティストのミュージックビデオ、大河ドラマドキュメンタリーなどを手掛け、本作で長編映画監督デビューを飾った新鋭だ。

「最初にお会いした時に、どう撮りたいか、なぜ撮るのかを具体的に話してくださって。その熱意に惹かれました。撮影中は『まずは好きにやってみてください』と信頼してくださって。具体的な演出が少なかった分、自由に挑戦できました」

「今の良かった」と言われた瞬間が特にうれしかったと笑う。「自分の中では探り探りなことも多かったので、監督が認めてくれるとホッとしました」。

 物語の舞台となる実験都市の“エデン”は、性愛や感情を持つことが禁じられ、人々が管理されながら暮らす隔離区域。雨音はその社会の中で、従来の価値観や感情の揺らぎに直面していく。蒔田はその変化を、衣装や身体の感覚で丁寧に表現した。

「エデンに行ってからの変化は、ちゃんとグラデーションにしたかった。最初は黒い服で、物語が進むにつれて白くなっていく。でも心はまだ抗っている。染まっていくけど、抗いたい自分がいる――そこを意識していました。感情の起伏を抑えながらも、内側では波が立っている。そういう静かな強さを意識しました」と語る。

印象に残った場面を明かした蒔田彩珠【写真:増田美咲】
印象に残った場面を明かした蒔田彩珠【写真:増田美咲】

現実離れした設定に苦労も

 印象に残っているのは、エデンで友人の遺灰をまく場面だという。「真っ白な空間で、不思議な気持ちで撮影しましたし、完成した作品を見ても残酷で印象的でした」。

 苦労したのは、現実離れした設定を自然に演じることだった。

「本当に存在する世界のように感じてもらうには、感情のリアリティーを保つことが大事でした。最初のうちは慣れなかったけれど、共演者と演じる中で徐々に掴めていった気がします」

 撮影を通じて考えたのは、“人間らしさ”とは何かということ。「自分の『当たり前』が他の人と違うことはあり得ますよね。だから、自分の正常を押し付けていないかな、って考えるきっかけになりました。好きなものを貫くことも大事だけど、周りとのバランスも必要だと感じました」。

 完成した作品には新鮮な驚きを覚えた。

「撮影中はモニターを見ないので、完成して初めて映像を見ました。『こういう角度で撮っていたんだ』と。音楽もすごく合っていて、本で読んだ時よりも伝えたいものが明確になっていた気がします」。普段から自分の芝居をモニターで確認することはないという。「見え方を意識しすぎたくないので、現場では今の自分に集中したいです」と語る。

 性愛がタブーとなった世界を生きる雨音。もし自分がその世界にいたら――と問われ、蒔田は静かに言葉を選ぶ。「役としてではなく、個人的には、ちゃんと一人の人を愛したいです。雨音のお母さんと同じ気持ちですね」。彼女にとって“愛する”とは、特別な誰かだけでなく、生きることそのものを意味しているようだ。

□蒔田彩珠(まきた・あじゅ)2002年8月7日、神奈川県出身。是枝裕和監督のカンテレ・フジテレビ系連続ドラマ『ゴーイング マイ ホーム』(12)で注目され、映画『海よりもまだ深く』(16)、『三度目の殺人』(17)、『万引き家族』(18)など、是枝作品の常連として確かな存在感を放つ。初主演映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(18)で第33回高崎映画祭最優秀新人女優賞、第43回報知映画賞新人賞を受賞。『朝が来る』(20)では日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞した。その後もNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』(21)、TBS系連続ドラマ『妻、小学生になる。』(22)、NHK夜ドラ『わたしの一番最悪なともだち』(23)など話題作に出演。近年はNetflix映画『クレイジークルーズ』(23)、ドラマシリーズ『忍びの家 House of Ninjas」(24)、TBS系連続ドラマ『御上先生』(25)、読売テレビ系連続ドラマ『DOCTOR PRICE』(25)などにも出演し、幅広い表現力で注目を集めている。

ヘアメイク:辻村友貴恵
スタイリスト:小蔵昌子

トップページに戻る

あなたの“気になる”を教えてください