バーの“流し”が武道館の夢実現 奇跡連発の歌手・田内洵也、衝撃受けた桑田佳祐のプロ魂…成功に導いた“歌の教え”

若き“流し”が、ジェットコースターのような夢物語を駆け抜けている。サザンオールスターズの桑田佳祐に見いだされ、脚光を浴びているシンガー・ソングライターの田内洵也(じゅんや)。才能にほれ込んだ桑田がプロデュースを買って出た『深川のアッコちゃん(produced by 夏 螢介 a.k.a. KUWATA KEISUKE)』を今月19日に発表した。さらに、桑田が企画した音楽イベント『九段下フォーク・フェスティバル'25』に前座で出演。日本武道館のステージに立つ夢をかなえた。破竹の勢いを見せる36歳が秘話を明かした。

シンガー・ソングライター田内洵也は破竹の勢いをみせる【写真:増田美咲】
シンガー・ソングライター田内洵也は破竹の勢いをみせる【写真:増田美咲】

「レコーディングの時に桑田さんが『ギターうまいね』と言ってくださって…」感無量

 若き“流し”が、ジェットコースターのような夢物語を駆け抜けている。サザンオールスターズの桑田佳祐に見いだされ、脚光を浴びているシンガー・ソングライターの田内洵也(じゅんや)。才能にほれ込んだ桑田がプロデュースを買って出た『深川のアッコちゃん(produced by 夏 螢介 a.k.a. KUWATA KEISUKE)』を今月19日に発表した。さらに、桑田が企画した音楽イベント『九段下フォーク・フェスティバル’25』に前座で出演。日本武道館のステージに立つ夢をかなえた。破竹の勢いを見せる36歳が秘話を明かした。(取材・文=吉原知也)

 10月12日、桑田をはじめ、あいみょん、桜井和寿、原由子、吉井和哉、竹内まりやのそうそうたる顔ぶれが集まったフォーク・フェスティバルが、華やかに開催された。

 初めての武道館、前座として『深川のアッコちゃん』をギター1本で歌い上げた。約9000人の観客を前に、「場違いかもしれませんが」と謙遜しながら登場。渋い歌声を響かせると、2番からは自然と手拍子が起こり、歌唱後は大きな拍手に包まれた。「緊張と集中で、自分の役目を果たすことだけを考えていました。歌い終わってお辞儀をした時、イヤホンモニターを通して、すごい拍手が聞こえてきました」。

 舞台袖でとびきりの出来事が。ステージを降りると、桑田が待っていた。

「ギターを抱えている桑田さんが『よかったよ』と、握手をしてくださったんです。僕は感激して、もうほとんど泣いていました」。自身の本番直前でも心温かく若手をねぎらう桑田の姿。一生忘れない経験となった。

 異色の人生を歩む。父親の転勤でタイ・バンコクで中学時代を過ごし、ギターを始めた。高校卒業後はアメリカ・ヨーロッパに音楽修行に出て、20歳で大学に入学するのに合わせて上京。酒場を回って客のリクエストに応えて歌う、流しとして活動を始めた。

 2017年、都内のバーで歌っていたところ、たまたま来店した常連客の桑田に気に入られ、流しと客の間柄として交流を深めていった。

 昨年、桑田に下町の人情劇を描いた『深川のアッコちゃん』を聴いてもらった。今年の春になって桑田から「良かったら、俺がプロデュースするよ」。そんな気軽な言葉を契機に、サザンが長年使ってきたビクター401スタジオでのレコーディングが行われた。普段は自転車で前を通っている憧れのスタジオ。「いつかここで録音したい」の願いは、想定外の展開で実現した。

 数日間のレコーディングで目の当たりにしたのは、音に魂を込める桑田の徹底したプロ意識だった。「スタジオに入ったら、エンジニアさん、スタッフさんがそろっていて驚きました。それは超濃厚な時間でした。1音1音に対して、全く妥協しない、超ストイックな桑田さんの背中を見せていただきました。これが本物の世界なんだ、と心の底から思いました」。全工程が終わり、外に出ると、「いつも見るビクタースタジオ前の交差点の景色が、全く違って見えました。その瞬間、音楽に対する感覚も含めて、僕にとってすべてが変わりました」。音楽人として、新たなる一歩を踏み出した。

夢の武道館ステージをかなえた【写真:増田美咲】
夢の武道館ステージをかなえた【写真:増田美咲】

これまで支えてくれた人たちへの「感謝」

 ギター弾きとして最高にうれしいこともあった。武道館で使ったのは、生まれ年1989年製のマーティンのアコースティックギター(HD-28)。神保町の楽器店で約3年前に見つけたものだ。リハーサルで弾いていたら、サザンのサポートギタリストを務める斎藤誠から褒められたのだ。「誠さんが『リズムの出し方が独特ですごくいいよ』と言ってくださいました。レコーディングの時には桑田さんが『ギターうまいね』と言ってくださって。日本を代表する2人のギタリストから褒めていただき、これ以上のことはないです」。感無量だ。

 武道館では、桑田から“歌の教え”を伝授された。桑田がプロデュースした『深川のアッコちゃん』は昭和歌謡風のバンドサウンドに仕上がっているが、今回は弾き語りで、それこそ流しのように1人で歌った。「武道館の最初のリハーサルでは、勢いで大きな声で歌っていたんです。そうしたら桑田さんから『みんなが聞いてくれる場面で歌うのだから、聞き耳を立てるような感じで歌った方がいいよ』とアドバイスをくださいました。自分のエモーショナルな部分をいい感じに抑えた状態で歌うことができました」と振り返る。

 シンデレラストーリーを駆け上がる今、これまで支えてくれた人たちへの「感謝」で胸がいっぱいになっている。とりわけ、コロナ禍で仕事がゼロになった時に、救ってくれた人たちだ。ある飲み屋の客は、自身が経営する倉庫運搬の会社で働かせてくれた。「僕は本当にポンコツで、ミスばかりでいつも怒られて。でも職場の皆さんは『コロナが終わったら音楽で頑張れよ』と応援してくれたんです。それに、出演できなくなった店のオーナーさんが、緊急事態宣言の半年間、給料を払い続けてくれました。このご恩は一生忘れません」。

 そして、音楽人として進むべき道が定まった。「僕の音楽を聴くことでその方の帰り道が彩られる。その方の人生のすてきなタイミングで僕の音楽がバックで流れている。そんな素晴らしい音楽を書いていきたいです。これからの人生は、世の中への恩返しだと思っています」。“令和の流し”が紡ぐ希望の物語が、最高のスタートを切った。

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