『野原ひろし 昼メシの流儀』が大反響 なぜ“35歳会社員の食事”が現代人を魅了するのか
2025年秋クールも終盤に差し掛かり、各作品が佳境を迎えている。そんな中、意外なダークホースが話題をさらっている。『野原ひろし 昼メシの流儀』である。

ニコニコ動画で突出した人気を獲得した『野原ひろし 昼メシの流儀』
2025年秋クールも終盤に差し掛かり、各作品が佳境を迎えている。そんな中、意外なダークホースが話題をさらっている。『野原ひろし 昼メシの流儀』である。
ニコニコ動画での第1話再生数は、放送開始から約2週間で100万回を突破。秋アニメ初速ランキングでも1位に輝いた。原作は2016年から連載されている『クレヨンしんちゃん』の公式スピンオフで、累計発行部数は80万部とそれなりの実績はあったものの、ここまでの爆発力を予測する向きは少なかっただろう。
今年3月のアニメ化発表時には、Xで「野原ひろし」がトレンド1位、「昼メシの流儀」が8位にランクインするなど注目を集めていたが、それにしても蓋を開けてみればの大反響である。
35歳のサラリーマンが昼飯を食べる。ただそれだけの話が、なぜここまで視聴者の心を掴んだのか。要因はいくつかあるが、まずはニコニコ動画との相性の良さが挙げられる。
本作も昨今の他のアニメと同様、複数のプラットフォームで配信されている。だが冒頭でも触れた通り、本作のニコニコ動画での人気は突出していた。TVerやYouTubeでの配信が当たり前になった今、ニコニコ動画でここまで伸びるのは珍しい。作品の性質とプラットフォームの特性が、噛み合った結果だろう。
象徴的なのがオープニング映像だ。主題歌「ごはん食べヨ」のサビで、ひろしが両手を広げると周囲に料理をモチーフにした空間が出現する演出がある。ポーズと展開のさまが『呪術廻戦』の必殺技を彷彿とさせることから、ネットでは「領域展開する野原ひろし」と呼ばれるように。ニコニコ動画では当該場面で「領域展開」の弾幕が大量に投下され、ノリノリで踊るひろしの姿が見えなくなるほど画面が埋め尽くされる。
コメント文化との親和性は、作品の構造そのものに由来している。本作のひろしは、とにかく考えすぎる男だ。第1話のカレー屋のシーンでは、ひろしは辛さが選べるメニュー表を真剣に見つめる。隣のテーブルから聞こえてくるのは、「辛いの平気な男の人ってかっこいいよね」という女性の声。ひろしの脳内会議が始まる。ここで日和ったら男が廃る。いや関係ないだろ。でも見られてる気がする。よし、ベリーホット(激辛カレー)だ――。
結果、激辛カレーに悶絶しながら涼しい顔を装う羽目になるひろしだが、そんな彼を誰も見てはいない。完全なる独り相撲である。
このクスッと笑える「何やってんだコイツ」感こそが、本作の核心だ。ひろしの一挙手一投足がツッコミを誘発する設計になっており、視聴者は「だから言ったのに」と画面に向かって声をかけたくなる。作品自体がコメントを呼び込む装置として機能しているかのようだ。ニコニコ動画というツッコミ文化の総本山で、ツッコミ待ちの作劇が展開される。組み合わせが生み出す化学反応は、もはや必然だったと言えるかもしれない。

アニメ化以前からの“ミーム的人気”も
実のところ、本作はアニメ化以前から、インターネット上で独特の存在感を放っていた。「自分を野原ひろしだと思いこんでいる一般人」というミームをご存知の方も多いだろう。
本家『クレヨンしんちゃん』の野原ひろしとは少しタッチの違う絵柄で、昼飯に挑むさまざまな“顔芸”のカットがネットで出回り、とりわけ「回転寿司で普段食べない寿司を頼もうとするシーン」の画像は、コラ画像として一気に拡散した。こうして生まれた「自分を野原ひろしだと思いこんでいる一般人」というミームは、ネットの片隅で長く親しまれてきたネタである。
アニメ化発表時、「あのひろしがついに動く」といった反応が飛び交ったのは、こうした長年の下地があったからだ。熟成されたネタが満を持して回収される祭りの会場として、ニコニコ動画以上にふさわしい場所があっただろうか。こうした流れを踏まえると、TVアニメが爆発的な話題を読んだことも納得がいく。
本作の魅力を語る上で、声優・森川智之の存在も欠かせない。本家『クレヨンしんちゃん』からの続投となった森川だが、本作でのひろしは“主役”だ。心の声、独り言、食レポ。すべてがひろしの言葉で埋め尽くされる膨大なモノローグを、森川は緩急自在に演じ分けている。コメディ要素も多く、第5話のパンケーキ回で披露した「お腹ペコリーナ♪」という謎のキャピキャピ演技では、視聴者を困惑と爆笑の渦に巻き込んだ。
一方で、本作はグルメ作品としての画の訴求力も備えている。唐揚げ、カレー、海鮮丼、パンケーキ……作中でひろしが食べる料理は、実写の写真として画面に映し出される。アニメ絵の中に突如挿入される本物の料理は、視聴者の食欲をダイレクトに刺激する。ネタとして笑いながら見ているはずなのに、いつの間にか「明日の昼は何にしよう」と考えてしまう。しかも登場するのはワンコインの庶民的なメニューが中心で、手の届かない高級料理ではなく、明日にでも食べに行けそうなものばかり。その飯テロ効果が、作品の中毒性を底上げしているのだ。
そもそも主人公・ひろしの設定そのものが、視聴者の共感を呼びやすい。限られた昼休み、限られた予算の中で、少しでもささやかな幸福を見つけたい。そんな気持ちは、働く大人なら誰もが心当たりのあるものだ。異世界に転生するわけでも、特別な力に目覚めるわけでもない。ただ昼飯を食べる。その行為に意味を見いだし、ちょっとした冒険のように楽しむ。
「良い仕事は良い昼メシから」という本作のモットーは、言い換えれば「ちゃんと食べて、ちゃんと休んで、また頑張ろう」ということ。決して壮大な物語ではないが、忙しない日々をやり過ごしていかなければならない大人にとっては、沁みてくるメッセージなのかもしれない。コメント欄で一緒に笑い、一緒にツッコミ、一緒にお腹を空かせる。そんな“誰でも参加できる楽しさ”を共有できることこそ、本作の大きな魅力だろう。
子どもの頃、金曜日の夜は特別だった。学校から帰って、夕飯を食べながらテレビの前に座り、『クレヨンしんちゃん』を見る。決まった時間に決まった番組を観る、あの当たり前のルーティン。けれど大人になるにつれて、気づけば生活から抜け落ちていく。仕事に追われ、配信で済ませ、話題作のチェックも後回し。
それでも、みんなで同じものを見て、同じタイミングで笑う時間が恋しい。そんな気持ちを抱えている大人は、きっと少なくない。『野原ひろし 昼メシの流儀』のヒットは、その感覚の受け皿になったのかもしれない。
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