市川團十郎、10代の自身は「イキっていた」 新之助とぼたんは「私よりしっかりしている」
歌舞伎俳優の市川團十郎、團十郎の長男・市川新之助、長女の市川ぼたんが22日、都内で行われた新橋演舞場『初春大歌舞伎』の取材会に出席した。

新之助&ぼたんと『初春大歌舞伎』で親子共演へ、10年ぶり『熊谷陣屋』への思いも語る
歌舞伎俳優の市川團十郎、團十郎の長男・市川新之助、長女の市川ぼたんが22日、都内で行われた新橋演舞場『初春大歌舞伎』の取材会に出席した。
2026年1月の新橋演舞場は『初春大歌舞伎』を開催。昼の部では木箱から出てきた三番叟の操り人形が踊り始める『操り三番叟』や、成田屋の歌舞伎十八番『鳴神』、源平争乱の世に翻弄された武将の心情を描く『熊谷陣屋』など3演目を上演。團十郎は10年ぶりに源氏の武将・熊谷次郎直実を務める。また昼の部では新年の幕開けにふさわしく、初春のあいさつを申し上げる『仕初口上』も行われる。
夜の部では正月の祝祭劇『矢の根』、八代目團十郎が初演し受け継いできた狂言『児雷也豪傑譚話』、将軍家の新年恒例行事の“お鏡曳き”での余興の踊りの場面を描いた新歌舞伎十八番『春興鏡獅子』を上演する。『児雷也豪傑譚話』『春興鏡獅子』には、ぼたんも出演する。
團十郎は10年ぶりの熊谷次郎直実役について、「この熊谷というのは、九代目團十郎が形を作った演目。初めて勤めさせていただいた時には私の父がいませんでしたので、二代目の(中村)吉右衛門のおじさんのところに教わりに行きました」と語り、「その時に吉右衛門のおじさんから『これは返す』と。『九代目團十郎から預かって初代吉右衛門、そして私(が演じた)。今度はあなたに恩返しとして教えるよ』というところから、熊谷のお話が始まったという懐かしい思い出でございます」と振り返った。
「播磨屋のおじさま(吉右衛門)に教わったことを思い出しながら、九代目團十郎や十二代目團十郎の父がやっていたことを踏まえて、今の等身大の私が熊谷直実という人間を演じる。『源平(布引滝)』の物語の中でも、直実と敦盛のこのお話は最も美しい部分の一つだと思うので、『物語』という部分で表現していく難しさ、楽しさを古典の中に散りばめられていけたら」と意気込んだ。
夜の部の『春興鏡獅子』では、團十郎が獅子の精を、新之助とぼたんが胡蝶の精を勤め、親子3人で同じ舞台に上がる。團十郎は「この『胡蝶』という舞踊は、九代目市川團十郎が娘の翠扇(すいせん)たちの稽古を見て、思い立ってアレンジして『鏡獅子』を作り上げたもの。ぼたんと新之助には『一度は胡蝶が体験できる経験をさせなくてはいけない』と、伝統ならではの義務感がございました」と明かし、「もう(体格的にも演じられるのが)ギリギリ最後の時期かなと思いまして、この2人の最初で最後の胡蝶を、私が勤められればと思って設定させていただきました」と語った。
ぼたんは「父と同じ舞台を踏むという機会が、私が小さかった頃以降なかなか無かったので、すごい大事な時間だなと思います」としみじみ。「父も言っていたように『最初で最後の経験』になるかもしれない胡蝶なので、今まで以上に弟ともたくさん稽古をして、素晴らしいものに作り上げるように頑張っていきたい」と意気込んだ。新之助も「僕とお姉ちゃん(の胡蝶)が最初で最後になるかもしれないので、それを家族全員でできるってことがすごく幸せだなと思います。たくさん頑張りたいなと思います」と笑顔で語った。
現在の子どもたちの様子と、自身の10代の頃について聞かれた團十郎は、「そうですね、私(が10代だった頃)よりかは、しっかりしているんじゃないですかね」と語り、「私はイキっていたんで。ちょっと尖ってたというか。全てのことを、言葉では言い表せないような感情で物を見ていました」と自身の10代を回顧した。
「倅たちの時代は、非常にいい意味でバランスの取れた人間が多い」と分析。「芸術を育む上でそれが本当にいいのかどうか分かりませんが、この日本という環境の今の時代の中で、コンプライアンスもいろいろある。そういうものを乗り越えていくには、バランス型の人間が増えて、歌舞伎を共に押し上げていく雰囲気をすごく感じます」と語り、「これから10代20代前半の人たちは、“和”となって歌舞伎を盛り上げていくのかもしれないと、微笑ましく見ております」と子どもたちを見つめた。
前日の21日には、尾上松緑の息子・尾上左近が26年5月の『團菊五月大歌舞伎』で三代目尾上辰之助を襲名することが発表された。團十郎と松緑、八代目尾上菊五郎は、それぞれ新之助、辰之助、菊之助時代に“平成の三之助”として人気を博した。また團十郎の父・十二代團十郎と、松緑の父・初代辰之助、八代目菊五郎の父・七代目菊五郎も、“昭和の三之助”として一代ブームを巻き起こしている。
左近の襲名について團十郎は、「今年の5月の公演が一緒で、彼があいさつに来てくれた時に『いつ襲名するの。早くなれるといいね』という話は何回かありました」と明かし、「辰之助になれる時には、『私が出られるものだったら付き合うからね』とちょうどこの間していたところです。自分が必要とされる部分で、彼の襲名披露興行演目に参加できるのだったら参加したいと、本人にも松竹さんにも伝えております。何か力になれれば」とエールを送った。
今回の辰之助襲名で、團十郎の息子の新之助と、八代目菊五郎の息子の菊之助との“令和の三之助”がそろう。團十郎は「今の松緑さんと当時の菊之助さんと私は、年齢が近かった。松緑くんが2歳上で、私と菊之助くんは同じ年。『三之助』としてバランスの取れた世代で、のびのびと歌舞伎の勉強させていただいた」と自分たちを振り返り、「左近さんは今19歳。新之助が12歳で菊之助くんが11歳。ちょっと離れたお兄さんですね。このバランスをどうやって取っていくのかな」と期待。
「初代辰之助のお兄さんと七代目のおじさん(菊五郎)とうちの親父が作った文化を、今の松緑、八代目菊五郎と私で背負わせていただいて大きな名跡を継がせていただいた。できれば年の差は関係なく乗り越えて、新しく『三之助』を作ってもらって歌舞伎を盛り上げてくれたら、歌舞伎界は動くんじゃないかな。影ながら応援しております」と背中を押した。新之助も「これからもっと仲を深めていって、いつかは(辰之助と菊之助と)3人で同じ舞台に立ちたいなと思います」と“令和の三之助”に向けて意気込んだ。
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