筋肉芸人・千葉ゴウが39歳で脳梗塞「もう終わり」 運動NGに失語症のどん底も『M-1』挑戦した理由
「生きてるだけで勝ちです」。そう語るのは、お笑いコンビ・入間国際宣言の千葉ゴウ(39)だ。今年1月、突然脳梗塞に倒れた。言葉を操る芸人にとっては致命的ともいえる、失語症を抱えての闘病生活。それでも彼は、リハビリと練習を重ね、9か月後には『M-1グランプリ2025』の舞台に立ち、他の芸人たちとしのぎを削った。敗退こそしたものの、3回戦(今月5日)まで進む健闘ぶりを見せた。倒れた瞬間のこと、言葉を取り戻す過程、そして、現在の胸の内を聞いた。

現在は正常な人の10~20%しか話せていない状態
「生きてるだけで勝ちです」。そう語るのは、お笑いコンビ・入間国際宣言の千葉ゴウ(39)だ。今年1月、突然脳梗塞に倒れた。言葉を操る芸人にとっては致命的ともいえる、失語症を抱えての闘病生活。それでも彼は、リハビリと練習を重ね、9か月後には『M-1グランプリ2025』の舞台に立ち、他の芸人たちとしのぎを削った。敗退こそしたものの、3回戦(今月5日)まで進む健闘ぶりを見せた。倒れた瞬間のこと、言葉を取り戻す過程、そして、現在の胸の内を聞いた。(取材・文=島田将斗)
「物忘れがあるんだよね」と芸人仲間と笑いながら話したその日に倒れた。同期と自転車で東京・阿佐ヶ谷のサウナへ出かけ、サウナと外気浴を楽しんでいると、2セット目で普段と違う感覚があった。
「2セット目のサウナに入っているときに『なんかちょっとおかしいな』と。外気浴に行けば戻るだろうと思っていたら、いつもよりフワっとする感覚になりました。3回目に行ったときに『ちょっとダメかも』と。そこから意識があいまいです」
普段と同じように着替えて外に出たつもりだった。だが、手には財布や鍵を持っていない。同期から「何やってんだよ(笑)」とツッコミを受ける。気にすることなくコンビニへ向かい、アイスを食べ、自転車に乗ったところでガシャーンと倒れてしまった。
「もうそのときは意識なかったんです。同期も最初は笑っていたそうですが『ちょっと様子がおかしい』と。同期の川瀬名人に電話したりするなかで、そのまま救急車で運ばれちゃって」
すぐに病院のICU(集中治療室)に運ばれ緊急のカテーテル手術が行われた。その日のうちに意識は戻ったが、右半身は固まり、うまく話せなくなっていた。
「『千葉さん大丈夫ですか?』って聞かれて『あー」と『大丈夫です』しか言えないんですよ。『動きますか?』って聞かれても『あー』としか答えられないので、ちょっとダメだなという判断になりました」
1回目の手術から1日後、右半身はなんとか動かせるように。車椅子でのリハビリ生活が始まったが、すぐに復帰できるわけでもなかった。
「医師から『もしかすると開頭手術をする可能性があります』と言われました。それをすると、もう表には立てなくなる。半身不随になる可能性もあったりしたので、それは避けたいとお願いしましたね」
その後は2回の手術やリハビリをへて、今年の4月に退院した。しかし6月の定期検診で再度入院をし、手術をすることになってしまった。「これが痛かった」と苦笑いを浮かべる。
「右の股関節から首の方までカテーテルを入れました。『ちょっと痛くなりますけど大丈夫ですか?』って言われた次の瞬間、目は閉じているんですけどピカっと光るんですよ。めちゃくちゃ痛いんです、これが、『ちょっといったいなぁ』って言いたいんですけど言えない。想像していた10倍ぐらい痛かった」
4回目のカテーテル手術後は2か月のリハビリ。最初の手術時は親族以外は面会謝絶の状態だったが、最後の入院期間は一般病棟に移り、芸人仲間がお見舞いに。会話することがリハビリになっていたという。いまは笑いながら振り返るが、当初は真っ暗だった。
「正直、もう終わりだなっていうのはありましたね。人前に立つこと――、芸人でいることをあきらめないといけない。どうやって飯を食っていくか考えたときにゾッとしました。他の職種を調べたりもしたんですけど、そもそもしゃべれないっていうのはもうダメみたいで」
脳梗塞になった千葉はいま、失語症と戦っている。インタビュー時も「えーと」と言葉が詰まったり、自分が何を話しているのかが分からなくなってしまうこともあった。医師からは正常な人が100%話しているとすれば、現在は10~20%しか話せていない状態と説明もされた。
「言葉は頭の中に出てるんですけど、話すってなったときに、もう全然出てこない。口と頭が一緒じゃない感じがあります。ひとりで外国語を話せないのに、海外に行った感覚です。何を言えばいいんだろうってこともありますね。話しても聞き返されることは正直あって、相手側もきついだろうなと。自分よりもあっちがかわいそうだと思う。だから申し訳ないので、最終的には『大丈夫です』って言いますね」
現在も1週間に1回、話すことのリハビリを行っているが10年先、20年先も「平行線」という不安もある。
「言いたいことが急に出てこなくなることもあるので月に4回リハビリを頑張っているんですけど、1回のリハビリに3000円かかるんですよ。月に1万2000円……。とりあえず頑張ろうとやっているけど、これが本当に合っているのかなという気持ちになることもあります」
強みでもある筋トレを封じられた。自重だけで彫刻のような肉体を手に入れ、芸人のパーソナルトレーニングジム「クリスタルジム」でトレーナーを務めるなど筋肉芸人としても活躍していた。
「筋トレ、ランニングもダメなんです。信号が青で点滅するじゃないですか。そこで走んなきゃっていうのがNGです。いままで趣味の筋トレが仕事になってましたけど、それができなくなるのは結構厳しいですよ」

ネタ披露はたった2分も「朝から晩までずっとしゃべっている感覚」
暗いことばかりではなく、千葉は今年『M-1グランプリ 2025』に挑戦している。失語症というハンディキャップがありながらも1回戦を突破した。この挑戦は脳梗塞で倒れてからの目標だった。
「『正直間に合ったらいいな』という気持ちでマネジャーにエントリーをお願いしたんです。リハビリをしているなかで、出られなかったらもうキャンセルすればいいじゃんって気持ちでしたね」
無事にいったんのリハビリは終わり、相方の西田どらやき、マネジャーと相談をして『M-1』までに「場数を踏んだ」。同期の(ゆにばーす)川瀬名人らの協力もへて、3ステージをこなし、10月2日に初戦を迎えた。
披露したのは昨年のネタだが、完全に忘れてしまっていた。「一から全部覚えて、とりあえず100回ぐらいは2人であわせました。覚えるほど練習しました。それぐらいやらなきゃ『M-1』に申し訳ないなというか」と急ピッチな準備を明かす。それでも「いざ舞台に立ったら本当に真っ白になったんです」と明かした。
1回戦のネタが終わり浮かんだのは「疲れた」。2分間という短い時間だったが千葉の脳は「朝から晩までずっとしゃべっている感覚」だった。
なぜ、そこまでして挑戦したのか。この問いに「失語症はある意味チャンス」だと即答した。
「原動力は川瀬に言われた言葉です。俺はよく分かっていなかったんですけど、1回戦敗退でもいいから出ることに意味があると。確かに1回戦を通過したときに反響はありました。なんかもっと上を目指したい気持ちになったんですよね」
言葉に詰まってしまう瞬間があっても、それを隠すことはない。自身のYouTubeチャンネルでは、あえて編集を加えず、ありのままの姿を見せている。
「脳梗塞でも何かできることはあるんだぞと。右半身が動かない人でも、何かできると思えるように。そんな気持ちでいろいろやっています」
“過程を見せること”も、今の表現のひとつだ。リハビリを続けながら、次につながる仕事を模索している。
「もう十分休んだので、落ち込んでる時間はないんですよ。僕の中ではいま6月で、これから夏が来るって感じなんです。でももう、今年が終わりそうでしょ? もうやるしかないです。なくなってしまった時間は戻らないですから……。再生回数もほしいです(笑)」
笑う表情は、無理をして焦っているようには決して見えない。
「(脳梗塞になったことは)マジでプラスだったと思います。本当に」
そう言葉を重ねて、支えてくれる仲間への感謝も口にした。
「僕はもう1人じゃ生きられない。川瀬とか、仲間がいるから、もう少し頑張ってみようって思えるんです。YouTubeの収入が入ったら……『とりあえずありがとう』って、もうみんなにあげますよ(笑)」
千葉は芸人として絶望してしまうようなハンディキャップを抱えながらも、前を向き、すでに歩き出していた。
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