「まだ象牙使ってるの?」海外で驚かれる和楽器 苦節8年…開発した代替品、立ちはだかる業界の壁
日本が国際的に孤立し、批判の対象になっていることの一つに象牙問題がある。ワシントン条約によって国際的な取引が禁止される中、いまだに国内市場を閉鎖していないためだ。印鑑や和楽器の材料として伝統的に使用されている。一方で、象牙に代わる素材を使って、日本での流通にストップをかけようとする動きもある。箏(こと)の世界では、演奏する際に使用する箏爪(ことづめ)に、竹由来の新素材を使った代用品が登場。完成まで8年をかけたという開発の裏側と込めた思いを取材した。

象牙製を使うことが当たり前の和楽器の世界に新風
日本が国際的に孤立し、批判の対象になっていることの一つに象牙問題がある。ワシントン条約によって国際的な取引が禁止される中、いまだに国内市場を閉鎖していないためだ。印鑑や和楽器の材料として伝統的に使用されている。一方で、象牙に代わる素材を使って、日本での流通にストップをかけようとする動きもある。箏(こと)の世界では、演奏する際に使用する箏爪(ことづめ)に、竹由来の新素材を使った代用品が登場。完成まで8年をかけたという開発の裏側と込めた思いを取材した。(取材・文=水沼一夫)
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「プロの大きなコンサートで箏爪に象牙以外の素材を使うことはまずないと思います」
こう語るのは、8年をかけて象牙を使わない箏爪を開発したSera Creationsの眞田典子さん。10月31日に行われる演奏会「象牙を使わない箏コンサート ~箏曲の地平線を望む夕べ」(東京ウィメンズプラザホール)は、業界内で初の試みとして注目されている。
箏爪は、ギターのピックのように弦をはじく道具のことを指す。親指、人差し指、中指の3本につけて演奏する。プラスチックなど他の素材も存在するものの、日本ではプロはもちろん、一般的な愛好家もほとんどが象牙製の箏爪を使っているのが現状だ。
眞田さんが象牙に代わる素材の開発に着手したのは約10年前にさかのぼる。最初は入れ歯などに使われるファインセラミックで製品化に成功したが、弱点があった。
「硬さや耐久性は素晴らしいのですが、そのストレートなクリアな音が長所でもあると同時に短所でもありました」
演奏家は音質に妥協しない。そこで次に挑戦したのが、新素材のセルロースナノファイバーを使った箏爪だった。日本の竹を原料とした植物性素材で、環境にも優しい。何より、象牙の柔らかな音質に近づけられる可能性があった。
道のりは険しかった。試作品を国内外の演奏家に使ってもらうと、「『音の深みや余韻の部分がまだ足りない』という厳しいご意見をいただきました」。象牙であることが当たり前な箏の世界。抵抗感の排除とともに、クオリティーの追求が課題として重くのしかかった。
眞田さんはメーカーと試行錯誤を繰り返した。色合いや感触、耐久性、そして何より音にこだわった。改良を重ねて評価を高めても、プロの奏者からは細かな指摘を受けた。
「思ったよりよかったという声がほとんどでしたが、象牙に肉薄する音質を追求されている方も多くて」
同じ試作品でも、国内と海外では反応が分かれた。非象牙製品が主流な海外の奏者からは「環境に配慮した素材で、しかも象牙より耐久性があることがとてもよい」と歓迎された。一方、「象牙の音色」が常に前提にある国内の奏者からは、音を象牙製箏爪に近づけることを強く求められた。
海外では象牙製品を持ち歩くだけで処罰の対象になることがある。音質以前に、ゾウの密猟や組織的犯罪に加担してしまうことを問題視するためだ。
しかし、日本においては、条件付きながら流通や販売が認められている。象牙問題への意識は低く、それは和楽器業界においても同様だった。「象牙の密猟の現状を正確に知っている方がすごく少ない」。代用品に込めたメッセージをどう伝えればいいのか。その難しさを眞田さんは実感した。
認定NPO法人野生生物保全論研究会(JWCS)の鈴木希理恵さんは、国際社会における日本の孤立化を危惧する。
「2016年のワシントン条約で象牙の国内市場閉鎖が決議されました。主な象牙消費国が法改正して市場を閉鎖していますが、日本は閉鎖していません」
ゾウの生息国であるアフリカ諸国から日本に対する厳しい視線が向けられている。
「象牙が資金源となってテロリストによる市民の虐殺が起きていた、16年の会議では日本が非難されました」
今年6月には、国内の象牙業者が象牙をマンモスの牙と偽ってオンラインで販売していた事件が発覚。日本が「問題ない」とアピールする管理体制に国際的な疑念が生じることとなった。
対照的に、海外の演奏家は象牙使用に慎重だ。それは、箏の世界だけに限らない。
「琵琶の奏者からも同じことを聞きました。海外で象牙を使っていると『まだ使っているの?』とびっくりされる。国境を超えて演奏旅行をする際にトラブルになるリスクもあります」と眞田さん。
EU域内では象牙製品の移動に届け出が必要で、違法取引を疑われる可能性もある。環境や社会に配慮したエシカル消費の観点からも、象牙の使用はマイナス要因となっている。
「海外の奏者から、生徒に教える際に象牙以外の選択肢がほしいという問い合わせが多いです」

奏者に求められる「象牙を使わない」と表明する勇気
和楽器だけに、外からの圧力で変えられるべきではないという主張もあるだろう。しかし、世界の潮流から取り残されつつある状況は、好ましいとは言えない。
「江戸時代に遡れば、象牙は本当に一握りの人しか使っていなかった。明治以降、日本が豊かになって、一部の大名やお嬢さんしか使えなかったものが、お金さえ出せば買えるようになった。それは平等でもあるんですけども、果たしてこういったものが伝統と言えるのかなとすごく思うんですね。古くは木製の付属品など、庶民はいろいろと使っていたようです。だから、『伝統だから象牙でないといけない』という強い言い方には、ちょっと違和感を感じているんですよ」と、眞田さんは疑問を投げかけた。
時代に合わせて取捨選択を重ね、和楽器は歩みを進めてきた。箏の弦は絹が使われていたが、現在はテトロン製が主流。箏柱(ことじ)というブリッジ部分も、今はプラスチックがほとんどだ。文化は変わるものだ、と眞田さんは訴える。
本番での演奏を前に、CNFの箏爪は「完成間近」の段階にある。
「音に関しては、皆さんに満足していただけるレベルまで来ています」
プロの奏者からも「これだったらいける」という感触を得ている。耐久性の向上にはまだ改善の余地があり、一般流通させるにはコスト面などクリアすべきハードルもある。
今回のコンサートは、業界全体に問題提起を促す場となる。
「象牙商や販売店の方々に参加していただいて、情報を共有したいと思っています。密猟や密輸につながる象牙を新規で使うのはやめて、流れを変えていきたいです」
古典曲だけでなく、アグレッシブな現代曲やアフリカ音楽とのコラボレーションも予定されている。
「お正月の箏のイメージではなくて、誰もが楽しめる内容です。和楽器は海外に理解されて、足元の日本人がその良さを分かっていないことがすごく多い。海外に認められて『あ、そうか』ってなるので、若い世代を含めて国内で和楽器に関心を持つ人がもっと増えてほしいなと思います」
邦楽の世界では、「象牙を使わない」と表明することは勇気も必要だ。奏者は“決意”を持ってステージに上がる。鈴木さんは、音楽を通じて「心で変わってほしい」と語る。
「頭で考えるんじゃなくて、気持ちで『こういう世界がいいんだな』と分かっていただければ。芸術と伝統、そしてゾウの保護を両立する道を提案したいです」
新しい箏の調べが未来への扉を開いていく。
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