「機械やAIでは到達できない」スーツ一筋62年の技…82歳ベテラン職人が語る危機感 効率重視は「本末転倒」
「初回お試し価格1万9800円~(税別)」という破格の値段でオーダースーツのイメージを一新、全国に46店舗を展開し、年商42億円と成長を続ける注目企業・オーダースーツSADA。国内唯一の製造拠点である宮城工場には、60年以上にわたり仕立て一筋で腕を磨いてきたすご腕のベテラン職人がいる。やり手の経営者として知られる佐田展隆社長も頭が上がらないという伝説の職人に、飽くなきモノづくりへの探求心と企業人としてのジレンマを聞いた。

元横綱・稀勢の里、菅義偉元総理など、さまざまな著名人の特注スーツも手がける
「初回お試し価格1万9800円~(税別)」という破格の値段でオーダースーツのイメージを一新、全国に46店舗を展開し、年商42億円と成長を続ける注目企業・オーダースーツSADA。国内唯一の製造拠点である宮城工場には、60年以上にわたり仕立て一筋で腕を磨いてきたすご腕のベテラン職人がいる。やり手の経営者として知られる佐田展隆社長も頭が上がらないという伝説の職人に、飽くなきモノづくりへの探求心と企業人としてのジレンマを聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
同社は1923年創業。90年には中国工場を立ち上げ、フルオーダースーツでは珍しい海外生産や生地の直接買い付けによりコストダウンを実現、リーズナブルな価格とオーダーメードによる高品質を両立し、業界をけん引している。持ち込み生地や特殊な縫製など、より難易度の高い注文を受け持つ宮城工場では、お笑い芸人のサンドウィッチマンや狩野英孝、スキージャンプの葛西紀明、元横綱・稀勢の里、政界では菅義偉元総理など、さまざまな著名人の特注スーツを受託。今年史上最速のリーグ優勝を果たした阪神タイガースの公式スーツも手がけている。
そんな宮城工場で、技術相談役として従業員から絶大な信頼を寄せられるのが、この道62年のベテランである82歳の吉田三郎さんだ。200以上にも及ぶスーツ作りの工程は、各部門ごとに専門職が担当するが、吉田さんは唯一、それらすべての工程を熟知。大柄なスポーツ選手や力士といった、通常の規格から外れた特殊な注文を一手に引き受け、過去にはシャチのマスコットキャラクターという、前代未聞のオーダーを納品した経験も持つ。
「さまざまな方のスーツを仕立ててきましたが、ご本人にお会いしたことがあるわけでもなく、仕上がって初めて気づくことの方が多いくらい。こりゃあでかいなと思うと、2メートルを超えるバスケットボール選手だったり、お相撲さんだったりという感じです」。直営店の営業スタッフが採寸した顧客の体型を、約30項目にわたる伝票の数字だけを頼りにイメージ。写真すら見ることなく、さまざまな体型にピタリとあった世界に一着のスーツを仕立てていく。
1943年、東京・牛込で6人兄弟の末っ子として生まれた吉田さん。中学を卒業後5年間、洋服屋に住み込みで修行し、20歳のときにオーダースーツSADAの前身である佐田被服工業に入社した。当時、すでにイチからスーツを仕立てられるだけの技量があったが、大量生産の時代、注文販売だけではゆくゆく厳しくなると思い工場勤務を選択。本社の技術部を経て37歳のときに宮城工場に転勤すると、一点物のオーダーメードでありながら生産効率を上げるコンピューターシステムの開発に携わった。
フルオーダーでありながら、機械化で生産性を上げる仕組みとはどのようなものなのか。宮城工場の加藤実工場長が説明する。「250ある基本パターンから、部分ごとに5ミリ単位の微調整を繰り返してオリジナルのパターンに近づけていくんです。裁断機やミシンなど、すべての設備を1か所に集約しているので、万が一採寸ミスなどが発生した際の緊急対応も工場内でカバーできる。もちろん追加料金はかかりますが、最短3日で納品できるというのはうちの大きな強みです」。オーダーでも機械化・自動化できるところと、人の手でないと不可能なところがあるといい、「吉田さんの技術、知識、経験、スピードも工場随一。専門の職人3人がかりでもかなわない。職人一人ひとりの癖や、それに合わせた機械の調整まで把握している。日本中探してもここまでの人はいないのではないでしょうか」と太鼓判を押す。
その熱量は年齢を重ねても衰えることを知らず、82歳の今もイタリアやフランスといった海外のファッション誌を取り寄せ、新たなオーダースーツのアイデアについて日夜思索を巡らせている。これまで60年以上、スーツ作りに情熱を傾けてきた理由について、吉田さんは「大小さまざまな設備がそろっていて、材料と時間はいくらでもある。自分で気づいたことや新しいアイデアをすぐに再現できる環境だったことが大きかった」と口にする。
スーツに限らず、工業製品の世界はどこも機械化や分業化が進み、イチからすべてを作り上げられる職人の数は減ってきている。現社長の曾祖父である初代社長の時代から会社と苦楽を共にしてきた吉田さんも、効率化で職人の技術が失われつつある現状については複雑な思いを抱いている。「こちら取材用にまとめました」と律儀に手渡されたプロフィール資料には、「時代の変遷と共に、創業者の理念が薄れてきている、常に心掛けている言葉、魂は細部に宿る。悪魔は細部に潜む…」という厳しい戒めの言葉がつづられている。
「はっきり言って、私から見たらまだまだ甘い。オーダーと言いながら利益と効率を追って既製品に寄ってしまっては本末転倒。既製品とオーダーに差がなくなると、必然的にお客さんは安い方に流れてしまう。安ければいいではなく、オーダーにはオーダーのプライドがある。品質面では絶対に妥協はできないのです」
これまでも、生産効率を上げ利益を出したい営業側と、品質面での妥協を許さない工場側とでは、事あるごとに衝突を繰り返してきたという。加藤工場長が言葉を継ぐ。
「営業サイドは生産、効率と言ってきますが、生産と品質は両輪。生産性が下がるからと難しい注文を断っていては、オーダースーツの意味がありません。どんなに難しい注文でもまずは受ける。それは吉田さんという職人がいるから可能なことでもある。人間が技術のすべてを習得するには何十年もかかりますが、それでも機械やAIでは決して到達できない領域があります。この領域までたどり着くことは難しくとも、後進の育成、貴重な技術の伝承は急務です」
らつ腕振るう佐田社長の功績により、会社は先代社長時代の倒産危機からV字回復。今期は過去最高の業績を上げるなど、上り調子が続く。貴重な経験と技術を絶やさないため、効率化だけではない、地道な技術の伝承が求められている。
あなたの“気になる”を教えてください