猪木の骨も拾った元力士・若麒麟の思い…現状の相撲界に「相撲クラブみたいになっちゃっている」
「アントニオ猪木さん、まだ生きてますから」 2022年10月1日、“燃える闘魂”アントニオ猪木が天寿を全うした。あれから早くも3年の月日が経ったが、未だにその事実を認めたくないのか、そんな言葉を発した男がいた。

A猪木の骨を拾った一人
「アントニオ猪木さん、まだ生きてますから」
2022年10月1日、“燃える闘魂”アントニオ猪木が天寿を全うした。あれから早くも3年の月日が経ったが、未だにその事実を認めたくないのか、そんな言葉を発した男がいた。
男の名は鈴川真一。かつては若麒麟の四股名で大相撲の世界を暴れ回り、2度の幕下優勝を果たしたものの、2009年1月に大麻取締法違反(所持)の現行犯で神奈川県警に逮捕され、それが原因で角界を追われてしまう過去を持つ。
そんな鈴川を救ったのがA猪木だった。
鈴川は、翌2010年9月には猪木率いるIGF(イノキゲノムフェデレーション)でデビュー戦を行い、猪木流の闘魂ファイトを受け継ぐべく、プロレスラーに転身。実際に背中には「闘魂」と書かれたタトゥーを入れ、周囲を驚かせた。
「1年ぶりですよ、試合をするのは」
鈴川は2017年6月にIGFを退団後、フリーとして活動していたが、先ごろ、久々にらしい試合を見せた。
「最終章」を掲げた、元IGFの現場部長を担当していた宮戸優光代表が立ち上げたCACCスネークピットジャパンの大会(東京・高円寺の同所を活用した道場マッチ)の旗揚げ第2戦にエントリーされたのだ。
「1回目の大会も出てくれって話はあったんですけど、1回待って。2回目の前にまた話があったので、出させてくださいって言いました」
対戦相手はイギリスからCACCを学びに来日したダニエル・ドゥガン。15分3本勝負という、昨今ではあまり見かけない試合形式だったが、ここで鈴川はらしさを爆発。「マーダービンタ」と呼ばれる殺傷能力の高い張り手を連発し、見事2本を取って試合に勝利した。
「オファーは5日前とかですけど、短い期間で話がまとまり、出ると。それから周りの仲間に声をかけて、お客さんも結構入ってくれて。よかったです」
実際、目一杯入れても100人に満たない会場ではあったものの、それでも超満員。会場にはこれ以上ない熱気が溢れていた。鈴川は言う。
「IGF、あそこでやったプロレスが一番刺激があって、うん。あの時が一番よかったですよね。いろんな団体がありますけど、一番激しい闘いができるのって、どことどこがあるの?って」
そう語る鈴川だったが、記者がその顔を見たのがいつ以来だったかと言えば、もしかしたら猪木が亡くなった後に実施された葬儀以来ではなかったか。あの時、鈴川は、藤波辰爾、蝶野正洋、小川直也、藤田和之……といった、歴代の猪木の愛弟子とともに、骨を拾ったうちの一人だったはずだ。
そんな話をこちらが振ると、鈴川は冒頭に書き記した言葉を発した。
大相撲時代は「新巻鮭で(先輩に)頭を殴られた」
「というか、アントニオ猪木さん、まだ生きてますから。骨壷入れたとか何を言っているんですか。まだ生きてっから。毎日、動画とか見てたら出てくるじゃないですか。そうでしょ、まだ生きているんですよ……。生きてるんですよ……」
目頭を熱くさせながらそう口にする鈴川には、それが一瞬であっても、猪木に深く関わった者にしか分からないものがあるように思えてしかたがなかった。
ちなみに一昨年、Netflixで大相撲を題材にした「サンクチュアリ-聖域-」が公開され、話題を呼んだが、そこには“かわいがり”をはじめとする、古くから語られる弟子を厳しく育てる様子も描かれていたし、出演者の一人には、やはり一時期、IGFに所属した元力士の将軍岡本もいた。
これに関して鈴川は「見る部屋によっては、もっとこんなのもあったけどなっていう、そんな話ばっかりですよ。『サンクチュアリ』はチョロっと見たけど、たしかにこんなのもあるけど、もっとこんなのもあるよって」と話した。
鈴川には過去に、「凍った新巻鮭で(先輩に)頭を殴られた」と聞いたことがある。
「正月に新巻鮭が冷凍庫に冷凍保存されていて。前日に『明日は石狩鍋みたいにするから』って(先輩に)言われて、朝までに解けるように裏(にある冷凍庫)から出して。カチンカチンなんだけど、夜に皿洗いをしていると、頭にガチャン! って(食らわされた)。冷凍サバとかもヤバいっすね。切れちゃうんですもん」
一般的な生活をしていると、冷凍された新巻鮭や冷凍サバで頭を殴られることはない。
「まあ、相撲界はいろんな(人がいる)。先輩もキチガイですからね。プロレス界もそうでしょうけど」
さまざまな見方はあろうが、それが古い考え方だといわれても、常識を超えるような“かわいがり”に耐えるからこそ、人智を超える強さが手に入る、と思っている部分は少なからずある。
これに関して鈴川は、「相撲クラブみたいになっちゃっているのが今ですよね。上を目指して関取みたいになっている子が年々少なくなっていて、15歳でたたき上げで、とか(は少ない)」。
それでも「稽古中に砂を食わされて……」と聞くと、だから強くなれるんだなと妙に納得してしまう。
システマや沖縄空手も学べるスネークピットジャパン
「なにくそ、ですよね。でも、今それをやっちゃうと問題あるけど、今は大学生、高校生、仕上がった状態でこっちの世界に入ってくるから……考え方は変わりますよね。僕の中ではみんな(周りは)敵だけど、(とくに)大学生と外国人は敵というか。相撲にも日本人と外国人がいて、いろんな力士がいますけど、学生には負けたくないって15歳からやっている人は、みんな思っていると思いますよ。今はそういう気持ちでやっている子が何人いるのかなあ……」
そこまで話すと鈴川は、「(大相撲で)長くやるのも素晴らしいですけどね、あの世界では。だけどやりたいことを見つけて、新しいことをやるのもアリだなと思って。気が済むまでやれば。いい仕事が見つかればそれもいいでしょうし」と語り、各々の生き方の違いであることを強調した。
ところで現在の鈴川はどこで練習をしているのかと言えば、東京・高円寺のCACCスネークピットジジャパンを拠点にしていると話した。
「練習環境が、月火水木金曜ってあって。土曜日は宮戸さんの昼のトレーニングがあるんですけど、毎日違うトレーニングの先生が今来ているんです。だからレスリングで根気詰まっている時とか、あーってなっている時には違うトレーニングに出れて、そっちで違う感性を磨くとか。システマとか沖縄空手とか、それをここでできるっていうのは恵まれた環境ではあるんです」
そう言って、さまざまな格闘技を習得中であることを語りつつ、「1週間いりゃあ、ここですごいいろんなクラスが受けれるから、すげえいいなあと思って」と話す。
では、「そのなかで最も衝撃を受けたのは?」と問うと、以下のように答えた。
「レスリングにしても、うまい人は脱力だとか、打撃も脱力って言いますけど、若い時は大振りのパンチとか。やっぱ若いからパワーがある。たしかに無駄にブーン!てイケるじゃないですか。今になって、無駄を省いてっていうのがやっとわかってきましたね」
とくに鈴川のIGF時代は、真っ向勝負の闘いが多かった。その真っ正直さと潔さに心を打たれたし、たとえそれで負けてもなお、自然と拍手を送る場面のある試合が多かった。
その鈴川から「脱力」なる言葉が飛び出すとは……。
今現在、「最終章」は第3戦(10月22日)、第4戦(12月11日)と発表されているが、現時点においては鈴川の名前は入っていない。
とはいえ、「闘魂」を背中に背負ったプロレスラーが再始動をはじめたからには、生前の猪木が口にしていた「いつ何時、誰の挑戦も受ける」精神が宿っているに違いない。
(一部敬称略)
