「クマのいる山に行く方が悪い」登山者バッシングなぜ起こる? 山岳事故が批判を招きやすい理由とは

北海道・知床の羅臼岳で発生したヒグマによる登山者の死亡事故を巡り、各方面で波紋が広がっている。ネット上では被害に遭った男性の死を悼む声の一方、「ヒグマのいる山に入った登山者にも責任がある」という自己責任論や「殺処分されたクマがかわいそう」といった感情論、反対に「ヒグマは絶滅させるべき」といった極論など、さまざまな意見が飛び交っている。中には亡くなった男性を冒涜(ぼうとく)するかのような誹謗(ひぼう)中傷に近い内容のコメントもあるが、なぜ山での事故はここまで当事者の責任を問う声が大きいのか。登山を趣味とし、事故のあった羅臼岳でヒグマに遭遇した経験もある記者が、登山を巡る自己責任の在り方について考察した。

知床で発生したヒグマによる登山者の死亡事故が波紋(写真はイメージ)【写真:写真AC】
知床で発生したヒグマによる登山者の死亡事故が波紋(写真はイメージ)【写真:写真AC】

記者自身も3年前、東京から登山に訪れた羅臼岳でヒグマに遭遇

 北海道・知床の羅臼岳で発生したヒグマによる登山者の死亡事故を巡り、各方面で波紋が広がっている。ネット上では被害に遭った男性の死を悼む声の一方、「ヒグマのいる山に入った登山者にも責任がある」という自己責任論や「殺処分されたクマがかわいそう」といった感情論、反対に「ヒグマは絶滅させるべき」といった極論など、さまざまな意見が飛び交っている。中には亡くなった男性を冒涜(ぼうとく)するかのような誹謗(ひぼう)中傷に近い内容のコメントもあるが、なぜ山での事故はここまで当事者の責任を問う声が大きいのか。登山を趣味とし、事故のあった羅臼岳でヒグマに遭遇した経験もある記者が、登山を巡る自己責任の在り方について考察した。(文=佐藤佑輔)

 一連の報道によると、今月14日、東京から羅臼岳を訪れていた20代の男性が登山道を通行中にヒグマに襲われ、藪の中に引きずりこまれるところを同行していた友人が目撃。友人はその後下山し警察に通報した。襲われた男性は翌朝遺体で発見され、付近にいた親グマ1頭と子グマ2頭がハンターにより駆除された。道警などはDNA鑑定などから駆除されたヒグマが男性を襲ったものと同一個体であるかを調査している。

 羅臼岳は日本百名山の1つに数えられ、年間5000人ほどの登山者が訪れる人気の山。長年知床でヒグマ対策にあたってきたハンターによると、羅臼岳を境にした羅臼町では年間100回、斜里町では年間800回ものヒグマの出没報告があるという。今回事故があったオホーツク展望は斜里町側の登山口から1時間ほどのところに位置し、当日は150人近い登山者が入山していたという情報もある。

 今回の報道を知った瞬間、「まさか」と思った。30代の記者は3年前、友人と2人、東京から登山に訪れた羅臼岳でヒグマに遭遇した経験がある。今回の事故はとてもひとごととは思えなかった。

 後方羊蹄山、雌阿寒岳など、道内の日本百名山を巡る4泊5日の登山旅行の4日目だった。知床は特にヒグマが多いと聞いていたため、旭川市内の専門店で事前にクマスプレーをレンタル。クマスプレーは1本1万円以上で、引き金を引いたら内容物がすべて噴射される1回使い切りの構造となっており、飛行機にも積みこめないため、最近になってこういったレンタル需要が急増していると店主に聞いた。午前9時、レンタカーで登山口に到着。道中、林の中の川べりでヒグマ撮影目的のカメラマンが大勢待機していた光景を覚えている。

 ヒグマと遭遇したのは、下山し温泉で汗を流し終えた午後5時頃。車で朝の“撮影スポット”を通りがかった際、待ち構えていた20人ほどのカメラマンから次々と歓声が上がった。見ると、川の対岸をヒグマが悠々と歩いている。人に慣れている様子で、観光客の声や目まぐるしいカメラのフラッシュも、気にしているそぶりは見られなかった。川を挟んでいるとはいえ、川の水深は大人の膝下以下で、距離にしてわずか20メートルほど。時速40キロで走るヒグマがその気になれば2~3秒で到達できる距離で、とてもではないが車から降りる気にはならなかった。近くにいたカメラマンの1人は「君たち、山に登ってきたの? ラッキーだね! 今日は朝から粘って出てきたのは1度きりだよ」と興奮しながら教えてくれた。

 世界遺産・知床で野生のヒグマを間近に見ることができたのは、確かに“ラッキー”な経験だったかもしれない。ただ、どんな行動を起こすか予測のつかない野生動物のすぐそばで、丸腰の人間が夢中でカメラを向ける姿は、やはり危機意識に欠けるのではとも感じた。登山者がクマ鈴やラジオ、クマスプレーを携行し、水分補給のスポーツドリンクを飲むにも匂いを気を遣っているからなおのこと、観光客の遠慮のなさに閉口した記憶がある。

標高1661メートルに設置された羅臼岳の山頂標識【写真:ENCOUNT編集部】
標高1661メートルに設置された羅臼岳の山頂標識【写真:ENCOUNT編集部】

なぜ登山は自己責任論による批判を招きやすいのか

 いち登山者として、また、ツキノワグマ被害の多発する秋田県出身者として、全国で相次ぐクマの問題に関心を抱き、政府の専門家検討会で座長を務めたクマ研究者の第一人者や、50年来のツキノワグマ研究者、知床で長年ヒグマの駆除を担ってきた獣医師兼ハンター、駆除への抗議を行うクマ保護団体の代表など、これまでに多くの関係者の取材にあたってきた。北海道でヒグマ猟への同行取材も敢行。クマの駆除を巡っては、これまで「クマがかわいそう」という抗議の声が上がることが多かったが、登山者が犠牲となった今回の事故では「クマの生息地に入った方にも責任がある」との見方が多いように感じる。

 クマによる被害に限らず、山岳遭難は他のレジャー事故と比較しても「自ら危険な場所に行ったのだから自己責任」「危険な場所に行く方が悪い」といった批判を招きやすい傾向にある。あくまでもレジャーである以上、「わざわざ危険な場所に行く方が悪い」という見方があるのももっともだが、同じアウトドアである海や川での事故よりもこうした批判を受けやすいのは、山に登る人がそれらのレジャー経験がある人と比べて少数派なためだろうか。これに付随して「遭難時の救助費用を全額自費にしろ」という声も根強い。

 前提として、登山は確かに自己責任だ。いざという場合に命の危険があるということは、大なり小なり、登山者であれば誰もが覚悟しているし、そうならないための準備と対策を講じて、わが身に降りかかる確率とも天秤にかけて山に登る。救助費用の自己負担も、山岳保険の拡充とセットであれば妥当な意見といえる。

 しかし、装備や計画を整え、十分な実力を有し、ルールやマナーを守った上で山に登った登山者が不慮の事故に遭った際、安全地帯から「自業自得」などと断罪するのはあまりにも暴論だ。今回の事故を巡っても、一部ネット上では「クマがかわいそう」という感情論や「救助や駆除にあたった人を危険にさらした」といった責任論がない交ぜとなり、亡くなった男性に対する目を背けたくなるような暴言の数々が並んでいる。

 山岳事故に関して「危険な場所に行く方が悪い」という批判は、単純明快であるがゆえに山に登らない多く人の共感を得るが、それが再発防止につながるような建設的議論に発展することはなく、現状は単なる当事者へのバッシングに留まってしまっている。再発防止のために必要なのは事故が発生した当時の天候や状況といった現場の検証で、それすらせずに登山者の行動にすべての責任があるとするのは、いわゆる“山を知らない”人が納得しやすい単純な結論を求めているように思えてならない。あるいは「すべての登山道を立ち入り禁止にすれば、山岳事故は発生しない」という極端な意見もあるかもしれないが、私有地でもない登山道を封鎖することは憲法で保障された「行動の自由」の侵害にもあたる。

 御嶽山や浅間山、草津白根山、霧島連山など、日本百名山であっても火山活動により立ち入りを一部禁止したり、規制したりしている山は存在する。今回事故のあった羅臼岳は現在、二次被害を防ぐために環境省が周辺への立ち入りを禁止しているが、今後、ヒグマによる異例の立ち入り規制が常態化していくかは議論の余地があるだろう。だが、入山規制という最後の手段を講じる前に、観光客による餌付けなどの不適切な行動がなかったか、過度にヒグマを刺激する撮影行為や観光資源としての利用を行政が黙認してこなかったかの検証は不可欠だ。全国でクマ被害が急増する中、世界で最もクマと人の距離が近い場所の一つである知床が今後どのような判断を下すのか。早急な対策が求められる。

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