40歳・尾上松也「これを逃したくなかった」 もがいた20代の後半に経験した“転機”とは
歌舞伎俳優の尾上松也が、今月5日から東京・新橋演舞場で上演中の舞台『歌舞伎『刀剣乱舞』東鑑雪魔縁(あずまかがみゆきのみだれ) 大喜利所作事 舞競花刀剣男士(まいきそうはなのつわもの)』に主演している。新作歌舞伎の同作は自ら演出も手掛けており、ENCOUNTでは松也に作品の見どころや、 “順風満帆”とはいえなかった歌舞伎俳優としての歩みを聞いた。

今では新作歌舞伎の演出&主演
歌舞伎俳優の尾上松也が、今月5日から東京・新橋演舞場で上演中の舞台『歌舞伎『刀剣乱舞』東鑑雪魔縁(あずまかがみゆきのみだれ) 大喜利所作事 舞競花刀剣男士(まいきそうはなのつわもの)』に主演している。新作歌舞伎の同作は自ら演出も手掛けており、ENCOUNTでは松也に作品の見どころや、 “順風満帆”とはいえなかった歌舞伎俳優としての歩みを聞いた。(取材・文=コティマム)
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歌舞伎『刀剣乱舞~』シリーズは、刀剣ブームを巻き起こした大人気ゲーム『刀剣乱舞ONLINE』を歌舞伎化した作品。審神者(さにわ)と呼ばれるプレイヤーが、刀剣の付喪神(つくもがみ)である刀剣男士を成長させ、歴史改変をたくらむ時間遡行軍(じかんそこうぐん)との闘いに挑む。2023年7月に上演された1作目『月刀剣縁桐(つきのつるぎえにしのきりのは)』では、十三代将軍足利義輝が討たれた“永禄の変”を歌舞伎ならではの発想で大胆に脚色した。松也は1作目で主役の三日月宗近(みかづきむねちか)を演じ、演出も手掛けた。
2作目の舞台は鎌倉時代。鶴岡八幡宮で暗殺された三代将軍・源実朝の時代に刀剣男士が出陣する。松也は今回も演出を手掛け、主人公・宗近と謎のキャラクター・羅刹微塵(らせつみじん)の二役を演じている。前作に登場した髭切(ひげきり/中村莟玉)、膝丸(ひざまる/上村吉太朗)、同田貫正国(どうだぬきまさくに/中村鷹之資)、小鳥丸(こがらすまる/河合雪之丞)に加え、前作で審神者として声のみ出演した中村獅童が、霊剣とされる鬼丸国綱(おにまるくにつな)として登場している。
――前作は三日月宗近に縁のある室町時代が舞台でしたが、今作で鎌倉時代を選んだ理由は。
「前作の時に、『若手の皆さんとこの企画を盛り上げていきたい』という思いがありました。そんな中で、自分が思っていた以上に髭切・膝丸兄弟の人気が高いことを肌で感じて、『これだけ求められているキャラクターなら、(第2弾も)面白くなるんじゃないかな』と。髭切・膝丸といえば源平時代に“源氏の重宝”とされた二振りで、鎌倉に縁が強いので、その辺りの時代で何かできるものがないかを考えました」
――2022年に出演したNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では後鳥羽上皇を演じています。後鳥羽上皇は源実朝の名づけ親でもあり、縁の深い間柄です。
「そういう意味でも縁がある鎌倉時代でした。大河に出演したことも、今作のキーパーソンを実朝にしようと思った大きなきっかけです」
――2作続けて演出も担当されていますが、どんな仕事をするのでしょうか。
「基本的には舞台に関わる全てを担当します。舞台の方向性や、やりたいことをスタッフの皆さんに指示して、『こうして欲しい』と決める。いわば総監督ですね。照明をどういう風にするか、音楽はどういうものを作ってどこで出すのか。美術はどういうもの作って、小道具はどういうものをどのキャラクターが使うのか。役者さんは誰を起用するのか、衣装や髪はどういうデザインにするのか。細かいことを含めて全部です」
――主演も務めながら、全てに目を配るのは大変そうですが。
「台本も直しながら進めますので、自分のことはもう最後ですね(笑)。自分が三日月宗近として舞台に立つことを考えるのは最後。全体の流れと作品のことを優先的に考えて、自分のことは後回し。劇場に入って舞台稽古が始まったら、どんどん役者モードに入っていく感じです」
――演出家として、今作のこだわりは。
「まずは、前作の『再演』ではなくて『違うもの』にしたかった。前作とは構成も変えて二部制にしていて、二部の大喜利所作事では刀剣男士が全てそろった舞踊をお見せします。これって結構、難しいんです。“歌舞伎の上演形態”として二部構成はあることですが、演劇として見た時に物語の部分と、いわゆるショー(舞踊)の部分を分けるのは非常にリスクがある。そこをどう乗り越えるかが今回の大きな課題です。自分なりの『歌舞伎愛』と『刀剣乱舞愛』を皆さんに分かっていただけるように作っていくしかないのですが、大きなチャレンジだと思います」
松也は歌舞伎で主演を務めながら、CMやドラマ出演、ミュージカルなど多方面で存在感を見せている。しかし、20歳で父を亡くしたその役者人生は、順風満帆なものではなかった。3人の弟子を受け継ぎながらも、活躍の場に恵まれなかった20代。自身は「30歳を区切り」と決め、試行錯誤の日々が続いていたという。
――30歳目前、2012年の蜷川幸雄さん演出の騒音歌舞伎(ロックミュージカル)『ボクの四谷怪談』でチャンスをつかみました。
「20代前半は『スターになるためにどうしたらいいか』ばかりを考えていました。僕の立場上、リスクを負わないと何も動き出さない。思い切って(歌舞伎公演を)休んでお金もないのに歌舞伎の自主公演を主宰したり、(舞台の)オーディションを受けたり。全てがリスクしかなかったのですが、そうせざるを得なかった。20代後半の時に『ボクの四谷怪談』でようやくチャンスが巡ってきました。ですが、『それをつかんで生かせるかどうか』が一番重要。これを逃したくなかった。ありがたいことに、ここをきっかけに良い流れになっていきました」

目まぐるしく変わった環境
――その後のコクーン歌舞伎や新春浅草歌舞伎にも続いています。浅草では2015年から10年間、リーダー的な立場も務めました。
「まさに20代後半から新春浅草歌舞伎もやらせていただいて、そこから劇的に立場が変わりました。正直、追いついていない自分もいました。これまで歌舞伎では静かに座っているようなお役が多く、1、2年で大役を務めるようになるわけですから。うれしいのですが、今思うと、そのうれしさを実感している余裕はなかったですね。20代後半から32歳頃まで、本当に目まぐるしく環境が変わっていきました」
――今作に出演する中村獅童さんも、歌舞伎以外の仕事も精力的にされて、新作歌舞伎も作られていますね。
「獅童さんは本当にロールモデルです。僕も若い頃に、獅童さんが企画なさった新作歌舞伎に出演させていただいて、その時に『お前も新作を作った方がいい。作らないとダメだ』とおっしゃってくださったことがずっと頭に残っていました。その思いが『刀剣乱舞』の企画につながっていますので、僕にとっては念願がかないました。獅童さんに出演していただくことは、僕にとって獅童さんへの恩返しという思いもあります」
――40代のこれからは、どんなことをしていきたいですか。
「ここまでやってくると(歌舞伎以外の仕事も)自分の個性・自分の色だと思うんです。それが還元されて、歌舞伎の未来につながっていけばいいなと思います。自分ができることとして、いろいろと歌舞伎のつなぎ役として、何か手助けができたらいいなと思います」
□尾上松也(おのえ・まつや) 1985年1月30日、東京都生まれ。父は歌舞伎俳優の六代目尾上松助。90年に5月に『伽羅先代萩』の鶴千代役で二代目尾上松也を名乗り初舞台。2014年に中村勘九郎、中村七之助と共演したコクーン歌舞伎『三人吉三』ではお坊吉三を演じた。20代が中心となる新春浅草歌舞伎では15年から10年間リーダー的な立場を務めた。歌舞伎以外では、蜷川幸雄演出の騒音歌舞伎(ロックミュージカル)『ボクの四谷怪談』お岩役、帝国劇場ミュージカル『エリザベート』ルイジ・ルキーニ役など。
