片岡愛之助「血には勝てないと思っていた」 大ヒット映画『国宝』で重なった“歌舞伎の重圧”と覚悟
アニメ映画『LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族』(6月27日公開、小池健監督)で、ルパン三世に立ちはだかる“最強の敵”ムオムの声を演じた歌舞伎俳優の片岡愛之助。本作の起用は2023年に新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世)』でルパン役を演じたことがきっかけ。歌舞伎、ドラマ、映画、アニメの吹き替えと縦横無尽な活躍を見せる愛之助に、人生の転機を聞いた。

映画『LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族』で“最強の敵”ムオム役
アニメ映画『LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族』(6月27日公開、小池健監督)で、ルパン三世に立ちはだかる“最強の敵”ムオムの声を演じた歌舞伎俳優の片岡愛之助。本作の起用は2023年に新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世)』でルパン役を演じたことがきっかけ。歌舞伎、ドラマ、映画、アニメの吹き替えと縦横無尽な活躍を見せる愛之助に、人生の転機を聞いた。(取材・文=平辻哲也)
愛之助が自身の人生に重ねて語ったのは、現在、大ヒット公開中の映画『国宝』(監督・李相日)だ。
吉田修一の同名小説を原作に、任侠一家に生まれた少年・喜久雄(吉沢亮)が、歌舞伎の世界で芸道を極めていく姿を描く。愛之助も、喜久雄と同じく、歌舞伎とは無縁の一般家庭で生まれたことから、深く心を動かされたのだ。
「まさしく“ああいう世界”なんですよね。僕の親は任侠ではないし、100%同じというわけじゃありませんけど、いわゆる“外の世界”から飛び込んできた人間でしたから」
愛之助は習い事の一環として子役に。歌舞伎にも出演する中、1981年に十三代目片岡仁左衛門に見出され、さらに二代目片岡秀太郎の誘いで松嶋屋の部屋子になった。『国宝』には特定のモデルはないとされているが、愛之助はリアルに喜久雄に感情移入したと言う。最初の名前は十三代目片岡仁左衛門の本名・片岡千代之助から取った「片岡千代丸」を名乗った。
「部屋子になって、今がある。弟子として、一からすべて経験してきました。衣装の着方も掃除も全部、やってきましたから」
最初は端役ばかり。だが、意外なことに、当初は「主役をやりたい」とは思っていなかったという。
「一言しかないセリフでも、“頭の角度が違う”とか、“目線が低い”とか、毎日ダメ出しの連続なんです。むしろ“よくあんな大役を勤められるな”と思っていたくらいで(笑)。でも歌舞伎が好きでしたし、この世界で生きていければいいな、と思っていました」
そんな愛之助にとっての人生の転機は、1993年に千代丸から愛之助に名を改めたときだった。
「(片岡秀太郎から)養子に入らないか、と声をかけていただいたのが、ひとつの大きな転機でした。そこからいろんな役をいただけるようになって、主役に近い役を演じられたのは『平成若衆歌舞伎』が初めてでした。僕にとっての“主役らしきもの”の始まりでしたね」

歌舞伎俳優を辞めたいと思ったことは一度もない
『国宝』の主人公・喜久雄は歌舞伎俳優の息子として生まれたライバルの俊介(横浜流星)を相手に「俊ぼんの血が欲しい」と嘆く場面がある。血縁に生まれなかった者の葛藤と渇望。歌舞伎の家に生まれていない愛之助も、その想いに共鳴する部分があるという。
「気持ちは分かりますよ。舞台をご一緒すると、“あ、この人、お父さんにそっくりだな”って思う方もいらっしゃいますから。まねしてるわけじゃなくても、ふとした動きやたたずまいが自然と似てくる。『血には勝てないな』と感じることもあるんです」
とはいえ、決してそれだけがすべてではない。
「その一方で、血じゃなくても、“積み上げてきたもの”のほうが濃くなることもあるという自信もあるんです。あと、お客様が“あの人に似てる”と思うのも歌舞伎の魅力。僕には血縁はありませんが、“師匠に似てるね”と言っていただける。それは自分にとってはとても嬉しいことです」
とは言いつつ、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』で共演した横浜流星とは『国宝』の話で大いに盛り上がったことを明かしてくれた。
映画では、喜久雄が師匠(渡辺謙)から厳しい稽古を受ける場面もある。あの描写について尋ねると、愛之助は笑いながらも即答した。
「すごくありますよ! “なんとかでございます”って一言を、声が枯れるまで何度も言わされましたから」
それでも、1度も歌舞伎俳優を辞めたいとは思わなかったのか。
「思わなかったですね。不思議と。しんどいですけど、それ以上に大切なことを教えてもらってる、という実感がありました」
“血”ではなく、“技”を継ぐ――。その覚悟と誇りが、片岡愛之助という役者の礎になっている。9月2日から大阪・南座で『流白浪燦星』の再演に臨む。
□片岡愛之助(かたおか・あいのすけ)1972年3月4日、大阪府出身。1981年12月、十三代目片岡仁左衛門の部屋子となり、南座『勧進帳』の太刀持ちで片岡千代丸を名乗り初舞台。1992年1月、片岡秀太郎の養子となり、大阪・中座『勧進帳』の駿河次郎ほかで六代目として片岡愛之助を襲名。歌舞伎のみならず、俳優としての近年の主な出演作には『キングダム 運命の炎』(2023年)、『翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~』(23年)、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年)、『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(25年)などがある。
