アイドル時代から74枚目シングル 長山洋子がデビュー当時を回想「門限は7時でした」

歌手の長山洋子が24日、都内の浅草花やしきで新曲『昭和の女』の発売記念イベントを開催。幼い頃に家族でよく出かけた思い出の地・浅草で昭和への思いを語った。

イベントに登場した長山洋子【写真:ENCOUNT編集部】
イベントに登場した長山洋子【写真:ENCOUNT編集部】

新曲『昭和の女』をリリース

 歌手の長山洋子が24日、都内の浅草花やしきで新曲『昭和の女』の発売記念イベントを開催。幼い頃に家族でよく出かけた思い出の地・浅草で昭和への思いを語った。

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 昭和100年の年にリリースする本作は、昭和を舞台に夢を追いかける男性のため、あえて別れを選んだ女性の思いを綴った演歌作品。前作『白神山地』から約1年ぶりの新曲で、演歌歌手としては57枚目、アイドル時代を含めると74枚のシングルとなる。

 長山は、「昭和時代、厳しい大人たちに育ててもらったことが、私にとって大切な思い出。昭和を忘れてほしくない。昭和のいい曲がたくさんあるので、次の世代にも伝えていきたいという思いです」とコメント。「私は時代の流れにうまく乗れないタイプですので、昭和時代の思いがずっと体に残っている。古いな、かっこ悪いんじゃないということも、私の中では昭和のかっこいい時代という思いがあるので、堂々と昭和の女として生きていきたいです」と胸を張った。

 令和より昭和の方がよかったと感じていることを聞くと、「私が子どもの頃の歌番組は、新人さん、アイドルからベテランの歌手の方まで、ジャンルを超えてやっている番組がほとんどでした。あの頃はよかったですね」と回想。現在は他ジャンルとの交流は少なくなっているというが、「津軽三味線は、外国の方にはロックテイストに感じるようです。津軽三味線の作品で、ベテランのロックギタリストとのセッションはやってみたいとずっと思っています」と新たな挑戦に意欲を見せた。

「自分が昭和の女だと感じる瞬間?」という質問には、「物をすごく大切にするところ。洋服も靴もすべてにおいて、ずっと使い続けるタイプ。一番長く使っているのは車で24年乗っています」と回答。昭和と令和の違いとして携帯電話が発達したことを挙げると、「無いとどうやって生活いいか分かりません。分からないことだらけですが、若いスタッフさんに聞いたりしています」と話した。

 改めて、厳しい大人に育てられた時代を振り返り、「父親が昭和9年生まれ、母親は昭和14年生まれ、厳しい昭和の両親でした。一番覚えているのは、高校生でデビューして、たまにお休みがあって遊びに行っても門限は7時でした」とコメント。中学3年生になった娘は、芸能界に興味がないそうだが、「ますます私に似てきているところが増えてきている。夫から何か言われた時の切り返し方、雰囲気が似ているみたいです」と明かした。

 来園者、取材陣を前にフルコーラスで楽曲を披露すると、昭和を一緒に過ごした小学生・中学生時代の友人とステージ上で再会。花束を受け取った長山は、「お友達からお花をもらえるなんて泣いちゃう」と感激していた。

次のページへ (2/2) 【写真】長山洋子が実際に歌唱している様子の写真
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