宝塚に首席入団も「身長が低い」で苦悩 トップまで16年を要した安蘭けいの“転換点”と伝説のあいさつ

俳優・安蘭けいが、ドラァグクイーン(男性が女装してパフォーマンスをする一種)になる夢を持つ高校生の実話を基にしたミュージカル『ジェイミー』に出演する。同作は、7月に東京、8月に大阪、愛知で4年ぶりに再演。安蘭は前回公演に続き、ジェイミーの夢の実現を応援する母親マーガレット役を演じる。この機にENCOUNTは安蘭をインタビュー。宝塚時代、実力がありながらもトップ就任まで16年を要した思い、夢を叶える大切さを聞いた「前編」を受け、「後編」では退団後の挫折、今後の挑戦を聞いた。

宝塚時代と退団後を語った安蘭けい【写真:増田美咲】
宝塚時代と退団後を語った安蘭けい【写真:増田美咲】

インタビュー「後編」

 俳優・安蘭けいが、ドラァグクイーン(男性が女装してパフォーマンスをする一種)になる夢を持つ高校生の実話を基にしたミュージカル『ジェイミー』に出演する。同作は、7月に東京、8月に大阪、愛知で4年ぶりに再演。安蘭は前回公演に続き、ジェイミーの夢の実現を応援する母親マーガレット役を演じる。この機にENCOUNTは安蘭をインタビュー。宝塚時代、実力がありながらもトップ就任まで16年を要した思い、夢を叶える大切さを聞いた「前編」を受け、「後編」では退団後の挫折、今後の挑戦を聞いた。(取材・文=Miki D’Angelo Yamashita)

 宝塚には首席入団。早くから役がつき、チャンスは与えられたが、「男役としては身長が低い」という致命的な現実に悩んだ。

「ヒールの高い靴を履いて舞台に出ていましたが、安定しないのでかえってダンスが小ぶりに見えてしまう。そんな頃、雪組から星組へ組み替えになりました。当時の星組は170センチ以上の男役ばかり。その中でどうやって男役としてアピールしていけば良いか。試行錯誤の毎日でした」

 2番手のポジションにまでたどり着き、トップの座が現実に見えてきた。だが、新トップには、専科(組に属さず各組へ特別出演する)からスライドしてきた湖月わたるが指名された。

「『もう、トップは諦めよう。それより、必要とされる役者になりたい』と考えをあらため、宝塚男役の伝統技術を研究しました。いわゆる『キザる』技術を磨いたら、宝塚ならではの『男くさい役』の面白さに気づいたんです」

 その後、『王家に捧ぐ歌-オペラ「アイーダ」よりー』では、タイトルロールのアイーダに挑戦。女性役を演じることに抵抗もあったが、高い評価を得た。そして、苦節16年でついにトップスターに指名された。就任のお披露目公演でのあいさつは、宝塚ファンの間で伝説になっている。

「夢とは見るものではなくかなえるもの。例え、かなえられなくても、かなえるために努力することが夢なのです」

 ブロードウェイミュージカル作品『スカーレット・ピンパーネル』で菊田一夫演劇賞の演劇大賞を受賞するなど、充実したトップとしての日々を送り、2009年に退団。16年間たった今でも、演劇の現場にいくと「宝塚出身」がついて回るという。

「辞めてすぐは、『やっぱり、宝塚だね』と言われるのが嫌だったんです。『早く宝塚色を消さなくては女優になれない』という焦りがありました。でも、宝塚出身者は、誰もがアンサンブルから始めて下積みをしている。『それが武器なんだ』と気づいてからは、自信を持つようになりました」

 在団中から歌唱力には定評があり、多数のミュージカル作品で絶賛を浴びた。しかし、退団後は、その一番得意な分野で挫折を味わってきた。

「宝塚の男役のキーで、低い声の方がいまだに歌いやすいんです。在団中は、一番出しやすい音域で歌えたのに退団後は、女性の高いキーで歌わなくてはならなくなった。歌が武器だったのに、武器ではなくなったんです。公演ごとに何度も挫折を繰り返し、いまだに乗り越えていないかもしれない。でも、『ここまで頑張った』と思えるほど稽古をしてきたので、それすらも個性だと考えるようになりました」

2021年、日本初演の『ジェイミー』でマーガレット・ニュー役を演じた安蘭けい(左から2人目)
2021年、日本初演の『ジェイミー』でマーガレット・ニュー役を演じた安蘭けい(左から2人目)

蜷川幸雄氏から受けた「アメとムチ」

 芝居巧者としても認められているが、『アントニーとクレオパトラ』では、演出家、蜷川幸雄氏の厳しい指導の洗礼を受けて自信をなくしたこともある。

「蜷川さんは、アメとムチがすごい。怒鳴られ続けて、稽古後に楽屋で落ち込んでいたら、『できると思って言うんだぞ』と声をかけられて涙ポロポロでした。『期待されている』『自分を認めてもらっている』と考えをあらため、何とか立ち直りました」

 来年、芸能生活35周年を迎える。30周年の節目には、本籍のある韓国でチャリティーコンサートを開くことができた。

「韓国でのコンサートはその後も定期的にやりたいと計画していたものの、コロナ禍もあり中断。ぜひ、続けていきたい活動です」

 今、プライベートでハマっていることはサウナ。一番やりたいことは「海外旅行」だという。

「舞台を続けるためには、いつも動ける体でいないといけない。サウナは、そのための体力作り。体型キープが第一ですね。しばらく休みがなくて海外に行けなかったので、今年はロンドンで舞台三昧をしたいです。このところ、アウトプットしかしていないので、インプットして新しいものを吸収していかないと。本場の空気を味わって刺激をもらいたいですね。今は、舞台が全て。仕事のためにしか生きてない。あとは、愛猫のための人生ですね(笑)」

 ロンドンでロングランを続ける『ジェイミー』もインプットしたい舞台の一つ。疾走感あるポップなメロディー、パッションにあふれたダンスはミュージカルの魅力満載だ。そして、息子とともに困難に立ち向かうマーガレットにとっての救いは、保坂知寿が演じる親友のレイ。安蘭にとって保坂は特別な存在でもある。

「劇団四季でヒロインをされていた頃から、大好きな方なんです。こんなに親密な間柄の役で共演できて光栄です。俳優としてあまりに尊敬しすぎているので、ファンモードが出ないか、心配ですが(笑)」

 自分の人生の中で何を目指し、何を選び取っていくべきか。そんなメッセージが軽快な歌とポップなダンスから軽やかに伝わってくる。

「周りに自分をさらけ出したことで、『ありのままの自分を受け入れてもらいたい』とジェイミーは考えるわけですが、大切なのは、自分自身のために生きること。劇場全体を包み込む包容力ある母親として、誰の心にも響くこのメッセージを伝えていきたいですね」

 安蘭はその思いを胸に、8月11日の愛知公演千秋楽まで駆け抜ける。

<『ジェイミー』公演情報> 7月9日~27日 東京・東京建物 Brillia HALL 8月1日~3日 大阪・新歌舞伎座 8月9日~11日 愛知・愛知県芸術劇場 大ホール □安蘭けい(あらん・けい) 1970年10月9日、滋賀県生まれ。91年、宝塚歌劇団に首席で入団。数多くの舞台に出演し、04年現役の宝塚歌劇団生では初となる松尾芸能賞演劇新人賞を受賞した。2006年、星組男役トップスターに就任。09年に退団。退団後も俳優として、舞台を軸に活動。その後はミュージカル、ストレートプレイ舞台を中心に出演。08年『スカーレット・ピンパーネル』で第34回菊田一夫演劇賞演劇大賞、13年、『サンセット大通り』『アリス・イン・ワンダーランド』で第38回菊田一夫演劇賞受賞。21年『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』で読売演劇大賞優秀女優賞受賞。

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