石田ひかり「この世界に自分が入れるなんて」 心を奪われた早川千絵監督とカンヌ初体験

俳優・石田ひかりが映画『ルノワール』(6月20日公開)で主人公の少女フキの母親役を演じている。本作は、長編デビュー作『PLAN 75』(2022年)が第75回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」に出品され、カメラドール(新人賞)のスペシャルメンションに選ばれた早川千絵監督の最新作。石田は『PLAN 75』を公開初日の初回に見ていたそうで、「監督の世界に入れるなんて」とオファーを受けた当時の喜びを振り返る。

『ルノワール』で主人公の母親役を演じている石田ひかり【写真:増田美咲】
『ルノワール』で主人公の母親役を演じている石田ひかり【写真:増田美咲】

『PLAN 75』を初日に鑑賞して強い衝撃

 俳優・石田ひかりが映画『ルノワール』(6月20日公開)で主人公の少女フキの母親役を演じている。本作は、長編デビュー作『PLAN 75』(2022年)が第75回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」に出品され、カメラドール(新人賞)のスペシャルメンションに選ばれた早川千絵監督の最新作。石田は『PLAN 75』を公開初日の初回に見ていたそうで、「監督の世界に入れるなんて」とオファーを受けた当時の喜びを振り返る。(取材・文=平辻哲也)

『ルノワール』は現地17日(日本時間18日)、第78回カンヌ国際映画祭(5月13~24日)のコンペティション部門に上映され、約6分間のスタンディングオベーションで迎えられたが、インタビューはカンヌへの渡航前に行った。

 石田が演じたのはフキの母・詩子。病を抱える夫(リリー・フランキー)とともに暮らしながらも、仕事や家庭にどこか満たされない不穏を抱える女性。バブルの熱狂から取り残されたようなこのキャラクターを、石田は繊細に体現する。

「詩子は、全てがちょっとずつうまくいかない人。常に不機嫌で、どこか怒っているようにも見える。でもその裏には、どうにもならない孤独や苛立ちがあるんです」

 石田が早川作品に参加するのは初めてだが、本人は『PLAN 75』を初日の初回に鑑賞し、強い衝撃を受けていたという。

「観た瞬間から、すごい監督だと思いました。そんな方からオファーをいただけるとは思ってもみませんでした。まさか自分がその世界の一員になれるなんて、とても光栄でした。すぐに『やらせてください』と返事をしました」

 脚本を手に取った時の感覚を、石田は「一度読んだだけで、何かとんでもないことが起きそうな気がした」と表現する。

「ストーリーを言葉で説明するのは難しいけれど、肌で強く伝わってくるものがありました」

 撮影が始まり、手応えを感じながらも、作品の行方を過度に期待することを封印した。

「撮影中は、なるべく“映画祭”とか“賞”のことを考えないようにしていました。でも、心のどこかで『もしかして……』と現場にいた全員が感じていたと思います。だから、カンヌ出品が決まったと聞いた時は、本当に驚きましたし、今でも夢見心地です」

 早川監督の演出については、「とても静かで、とても的確でした」と語る。

「『気持ちはあるけれど、芝居は抑えてください』とずっと言われていました。それが一番難しいんですよね。でも、監督のなかに一本の筋が通っていて、信頼して演じることができました。完成した作品を観て、“ああ、あの現場の感覚はこうやって繋がっていたんだ”と納得しました」

「今も大切」だという大林宣彦監督からの言葉を振り返った【写真:増田美咲】
「今も大切」だという大林宣彦監督からの言葉を振り返った【写真:増田美咲】

鈴木唯の存在に“圧倒された”

 本作で石田が“圧倒された”と語るのが、主人公フキを演じた鈴木唯の存在だ。

「どこまで物語を理解して演じていたのかは彼女にしか分からない。でも、“ただそこにいる”ということがあんなにも力強いとは思いませんでした。私たち大人は、どうしても雑念が入ってしまう。でも彼女は、卵を割る、自転車を漕ぐ、ただ立っている――その一つ一つが無垢で、生き生きしていて、本当に羨ましかったです」

 映画の時代設定である1980年代後半は、石田自身が中学3年で芸能界デビューを果たした年代でもある。

「世の中はバブルに沸いていたけれど、私はまだ子どもで、社会のことは何も分かっていませんでした。でも、美術チームが再現してくれた世界が素晴らしくて。雑誌やテレビ、マグカップまで、本当に当時の空気が流れていて、感動しました。リリー・フランキーさんとも『あれ懐かしいね』ってよく話していました」

 1986年、アイドル歌手としてデビューしたが、その裏には、芝居への関心があった。

「最初は歌の世界でしたけれど、実はお芝居にすごく興味があって。“こっち側”に行きたいという思いはどんどん強くなり、なんとかチャンスを掴みたいと必死でした」

 女優としての転機となったのが、大林宣彦監督による『ふたり』(1991年)。広島・尾道を舞台に、事故で亡くなった姉(中嶋朋子)と残された妹・実加(石田)の心の交流を描いた名作だ。

「あの作品で演じた“実加”を、生きなければいけないと思って毎日必死でした。大林監督から『ひかりは少女のプロなんだから、そのままでいい』と言っていただいたことは、今も大切な言葉として残っています。今でも『ふたり』のことを言ってくださる方がいて、そのたびに尾道での日々を思い出します」

 デビューからおよそ40年、数々の代表作を生み出してきた石田。『ルノワール』も、かつて“実加”として全身全霊で生きたあの時間と響き合うように、今の石田を深く映し出す1本になっている。

□石田ひかり(いしだ・ひかり)東京都出身。1986年にデビューし、映画『ふたり』(1991年)で注目を集め、第15回日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。透明感と芯のある演技で広く支持され、映画・ドラマ・舞台で幅広く活躍している。代表作に『あすなろ白書』など。2025年は「アンジーのBARで逢いましょう」『リライト』『ルノワール』など映画が続き、ドラマ『ミッドナイト屋台~ラ・ボンノォ~』『続・続・最後から二番目の恋』にも出演。

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