温水洋一、高校同級生の一言「顔が面白い」で始まった俳優人生 原点と“名脇役”の矜持

大地真央の初主演映画『ゴッドマザー~コシノアヤコの生涯~』(5月23日公開、曽根剛監督)で天使役を演じたのは、俳優・温水洋一だ。柔らかな笑顔と、時に切なさすらにじむ存在感で、映像の中に“余白”を与えてきた名バイプレイヤー。だがその歩みは、最初から“役者を志した人生”ではなかった。

『ゴッドマザー~コシノアヤコの生涯~』で天使役を演じた温水洋一【写真:増田美咲】
『ゴッドマザー~コシノアヤコの生涯~』で天使役を演じた温水洋一【写真:増田美咲】

俳優としての出発点は高校時代

 大地真央の初主演映画『ゴッドマザー~コシノアヤコの生涯~』(5月23日公開、曽根剛監督)で天使役を演じたのは、俳優・温水洋一だ。柔らかな笑顔と、時に切なさすらにじむ存在感で、映像の中に“余白”を与えてきた名バイプレイヤー。だがその歩みは、最初から“役者を志した人生”ではなかった。(取材・文=平辻哲也)

 俳優としての出発点は故郷・宮崎県都城市時代に遡る。在籍していた都城西高校は進学校の一つだった。

「高校1年の時、『オレたちひょうきん族』(1981~1989年)とか漫才ブームの真っ最中で、クラスの人気者たちがコントやモノマネをやってて。当時の僕は全然そういうタイプじゃなくて、引っ込み思案で、人前に出るのはあんまり得意じゃなかったんです」

 ある友人のひとことが彼を変える。

「『お前、顔がもう面白いからやってみたら?』って(笑)。それで、ちょっとモノマネをやってみたらウケたんですよ。『あ、笑ってくれるんだ』って。それからですね。人に喜んでもらえるって、面白いなと思い始めたのは」

 昼休みに即席のコントをしたり、先生のモノマネを披露したり。やがてクラスの外にも評判が広がり、他のクラスの生徒が教室まで見に来ることもあった。

 そんな温水を、さらに新しい扉へと導いたのは、同じクラスの“気になる女の子”だった。
「その子に、『演劇やってみたら?』って言われたんです。それで、“この子が言うなら…”と思って(笑)。最初は恋心が動機だったけど、今となっては感謝ですね」

 高校卒業後も彼女とは連絡を取り合い、40代になってから宮崎で再会する機会もあったという。

「同窓会で、『君があの時言ってくれたから、今の俺があるんだ』って伝えたら、『え? そんなこと言ったっけ?』って笑ってました(笑)。でも、僕が高校時代に送った手紙を今でも大事に取ってくれてて……本当にうれしかったですよ」。舞台のチケットを取ったり、LINEで日常的なやり取りをしたりする今の関係についても、「なんか、ずっと続いてる不思議なご縁ですね」と微笑む。

津川雅彦さんからの言葉をきっかけに俳優としての意識が大きく変わったという【写真:増田美咲】
津川雅彦さんからの言葉をきっかけに俳優としての意識が大きく変わったという【写真:増田美咲】

かつてはNG連発で挫折

 同じ都城西高校には、俳優・永瀬正敏も在籍していた。

「永瀬くんは2つ下の後輩で、僕が3年生の時の1年生。相米慎二監督の映画(『ションベン・ライダー』1983年)のオーディションに受かった子がいると学校中で噂になってて、僕は放課後に彼の教室までそっと覗きに行ったことがあるんです(笑)。『あの子が永瀬正敏くんか』って」

 同じ業界にいながら、未だ共演機会はないが、ずっとその活躍は気にかけていた。

「2010年、宮崎が口蹄疫の被害に遭った時に県の特集でメッセージを寄せる企画があったんです。その時に取材を受けたんですが、僕の前が永瀬くんだったんですよ。その時、永瀬くんから僕に『よろしくお伝えください』と。びっくりでした。お会いしたことはないのですが、いつか実現できれば。不思議な縁を感じますね」

 演劇の世界に本格的に足を踏み入れたのは、劇団「大人計画」への参加から。その後、舞台を中心に地道にキャリアを積み、1990年代後半からテレビドラマや映画に活動を広げていった。

「長いキャリアの中で代表作は?」と聞くと、こんな答えが返ってきた。

「一つに絞るのは難しいけど、やっぱり明石家さんまさんと舞台(『七人ぐらいの兵士』2000年初演)をご一緒したことは大きな転機でしたね。あの舞台をきっかけに『踊る!さんま御殿!!』などバラエティーにも呼んでもらえるようになって、お茶の間でも一気に知ってもらえるようになりました」

 さらに、『竹中直人の恋のバカンス』(1994~95年)や、津川雅彦さんが監督した映画『次郎長三国志』(2008年)なども、思い出深いという。

 しかし、それらの華やかな舞台裏には、大きな挫折もあったという。

「若い頃はとにかく、セリフを覚えることで精一杯だったんですよ。でも、ある時、津川雅彦さんが監督した現場で、何度もNGを出してしまって……、『温水、お前はダメだな』って言われて。あの時は本当に落ち込みました」

 そこから、温水の俳優としての意識が大きく変わった。

「映像作品って、“記録に残る仕事”なんですよね。だから、後から自分で観ても『この時、ちゃんと向き合ってたな』って思えるようにしようって。その想いは、今もずっと変わってないです」

 現在では“名脇役”と呼ばれるが、それをどう受け止めているのか。

「本当にありがたいですよ。僕は主役を張るタイプじゃないけれど、“現場に呼んでもらえる”というのが一番うれしいことです。舞台でも、ドラマでも、バラエティーでも、どれも全部自分にとっては大切な場所。どんな現場でも、誠実に役に向き合いたい。それが今の僕の俳優としての軸になっています」

 主役ではないが、画面の余白にそっと立ち、物語に息を吹き込む。それが、温水洋一という俳優の矜持だ。

「これからも、いただいた役にちゃんと向き合って、観てくれた人の記憶に何か一つでも残るような、そんな芝居をしていけたら嬉しいですね」と温水。人柄は、その語り口の一つひとつににじみ出ていた。演劇への原点、故郷・宮崎への想い、そして今なお変わらない演技への真摯な姿勢。数多くの作品に出演しながらも、決して奢らず、静かに、真っ直ぐに歩み続けるその姿は、まさに“唯一無二の俳優”の証と言えるだろう。

□温水洋一(ぬくみず・よういち)1964年生まれ。宮崎県都城市出身。1988年より小劇場を中心に俳優活動をスタート。唯一無二の個性派俳優として幅広く活躍。2017年に舞台『管理人』で第52回紀伊國屋演劇賞・個人賞受賞。現在、舞台ケムリ研究室no.4『ベイジルタウンの女神』(2025年5月9日~6月15日公演)に出演中。近年の主な出演作には、ドラマ『天城越え』(25年)、映画『ウラギリ』(22年)など。フジテレビのバラエティー番組『ぶらぶらサタデー タカトシ温水の路線バスで!』にレギュラー出演中。25年8月31日からBunkamura Production 2025『アリババ』『愛の乞食』の舞台公演も控えている。

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