斎藤元彦知事問題とフジテレビ問題の「交差点」…立花孝志氏のホリエモンへの期待が抱かせる「経営と編集の分離」の危機

フジテレビの親会社、フジメディアホールディングス(FMH)の経営権をめぐる攻防が激化している。6月開催予定の同社株主総会を前に、大株主の米ダルトン・インベストメンツが今月16日、SBIホールディングスの北尾吉孝会長兼社長ら取締役候補12人を株主提案すると発表。翌17日には北尾氏が会見を開いた。この一連の動きに対し、元テレビ朝日法務部長・西脇亨輔弁護士は報道機関としての「経営と編集の分離」の問題を指摘した。

西脇亨輔弁護士
西脇亨輔弁護士

元テレビ朝日法務部長・西脇亨輔弁護士が指摘

 フジテレビの親会社、フジメディアホールディングス(FMH)の経営権をめぐる攻防が激化している。6月開催予定の同社株主総会を前に、大株主の米ダルトン・インベストメンツが今月16日、SBIホールディングスの北尾吉孝会長兼社長ら取締役候補12人を株主提案すると発表。翌17日には北尾氏が会見を開いた。この一連の動きに対し、元テレビ朝日法務部長・西脇亨輔弁護士は報道機関としての「経営と編集の分離」の問題を指摘した。

 立花孝志氏のYouTube動画が、この問題が気になったきっかけだった。

「NHKから国民を守る党」党首の立花氏を巡っては、TBS系『報道特集』が斎藤元彦兵庫県知事の問題に関連してその動向を度々報道。これに対して立花氏は、放送に逐一反論する動画をYouTubeに投稿して応戦していた。だが、今月19日放送回への立花氏の反応は、それまでとは違っていた。同番組が「私が死を選んだ、選ばざるを得なかった最大の理由は立花孝志です」と記した遺書を残して亡くなった男性のことを報じたのに対し、立花氏の動画はわずか2分39秒。その中では放送内容一つひとつに反論することはなく、代わりにこう述べた。

「長期的に見れば、必ずテレビよりもネットが追い抜いていきます。凌駕していきます。そして、ホリエモンがフジテレビのキーパーソンになるというか、重要な仕事をすることはもう間違いないということですから、皆さん、焦らずにいきたいと思いますので、よろしくお願いいたします」

 堀江貴文氏が近くフジテレビの要職に就き、テレビ業界全体が変わり、自分に追い風が吹く。立花氏はそう「予言」したように聞こえた。そして、この動画が投稿される2日前の17日、フジテレビの将来を左右するかもしれない記者会見が開かれた。会見の主は北尾氏。FMHの大株主であるダルトン・インベストメンツからFMHの取締役候補とされたことを受けたものだった。

 北尾氏はFMHの経営陣入りに意欲を示した。そして、かつてニッポン放送の経営権争いでライブドア・堀江社長(当時)に対抗し、日枝久社長ら当時のフジテレビ経営陣を「ホワイトナイト」として助けたことに後悔も口にしながら、こう語った。

「つくづく『堀江君に悪いことしたな』と。僕の当時の20年前の判断は珍しく外れていた」「あの人の能力を生かすということは僕としては、ぜひ、やりたいと思う」

 あえて堀江氏の名前を挙げての称賛だった。これに対して堀江氏もその日のうちにYouTube動画を投稿。「フジテレビのメディア事業の再編とか、そういったところに機会があればお手伝いできればいいかな」と応じている。北尾氏がFMHの経営陣に加わった場合、100%子会社であるフジテレビの役員人事に関わることになるので、「堀江貴文フジテレビ社長」の誕生も理屈上はあり得る。

 すると、ここで冒頭の立花氏の「予言」がよみがえる。堀江氏が近くフジテレビの要職に就くので、TBSへの反撃は「焦らない」という言葉だ。

 立花氏と堀江氏には交流があり、斎藤氏が兵庫県知事選で再選を決めた翌日の昨年11月18日には、2人でYouTubeライブ配信をしている。知事選中に真偽不明の情報を発信したと指摘された立花氏だが、この配信では「私たちはテレビにだまされてました。斎藤さん、ごめんなさい。立花さんありがとう」という声が寄せられたと強調、これに対して堀江氏はこう述べていた。

「結局、テレビって勝手に自分たちが正義と思うものを『正義だ』っていう風に皆に押しつけるでしょ。僕も昔、それやられたんでよく分かるんですけど、検察と組んでもう『超悪者』にされちゃったんで」

 一方、北尾氏はFMHの経営を巡る会見で、斎藤氏が再選された兵庫県知事選でSNSなどの影響力が新聞・テレビを上回ったと指摘し、従来メディアについてこう語った。

「偏った報道や既得権益の主張通りの報道、こういうものに対して一般の視聴者はもう『Fed up with』(うんざり)なんです。そういう状況なんですね」

 その言葉は、放送局の「経営戦略」のあり方ではなく、放送や報道の「中身」に踏み込む発言だった。だが、そこには大きな問題が横たわっていると思う。それは報道機関の「経営と編集の分離」だ。

 これまで多くの国で、報道機関の買収による報道の「中身」「内容」への影響が議論されてきた。その際に歯止めとされてきたのは「報道内容の編集権は報道の現場にあり、経営から独立している」という原則で、欧米ではこの考えが定着しているとされる。2015年に英・フィナンシャルタイムズ紙(FT)を買収した際、日本経済新聞社の社長はFTの編集権の「独立を維持する」と明言。FTのCEOも日経のインタビュー記事で「独立性はFTの核で、深く根付いている文化だ。経営からも独立しており、FT内部でも紙面に私が何かを言いたくてもそれは許されないし、無視される」と答えていた。

 一方で日本国内の「経営と編集の分離」は心もとない。戦後間もない1948年に日本新聞協会が「編集権声明」を出したが、これは労組を警戒した当時のGHQの意向が影響したとされ、「編集権を行使するものは経営管理者」と書かれている。だが2014年、朝日新聞社で経営陣が介入して、慰安婦報道の訂正時の対応やこれを批判する池上彰氏のコラムの不掲載を決めていた問題が浮上。これを受けて同社は次のように宣言した。

「経営陣は編集の独立を尊重し、原則として記事や論説の内容に介入することはしません」

 また、テレビ・ラジオに関しては放送法が、NHKの「経営委員会」は個別の放送番組の編集に関与できないという原則をはっきり定めている。経営陣の利益や価値観と、正しい放送や報道の必要性は、往々にして対立する。そうした時に経営から報道現場への介入を防ぐ「経営と編集の分離」は、民放テレビ局を含め、どの報道機関にも必要なはずだ。

 しかし、FMHの経営権をめぐる議論の中で、ファンド側が新役員候補とした北尾氏は報道の「中身」について私見を述べた。その北尾氏が高く評価する堀江氏は立花氏と接点があり、立花氏は「堀江氏によるフジテレビの変革」に期待している。この構図は、FMHの経営権をめぐる議論が「経営・企業体質の改革」だけでなく、いつの間にか「資本の力によって、報道・言論のあり方が左右される」という事態に発展する危惧を抱かせないだろうか。報道機関であるフジテレビを傘下とするFMHの経営を議論するなら、新役員候補をはじめとする当事者はまず最初に、「経営と編集の分離」を尊重するのかどうか明確にする。その必要があると思う。

 フジテレビは生まれ変わらなくてはならない。しかし、生まれ変わり方を間違えてもいけない。約2か月後に迫ったFMHの株主総会は、日本のメディア界全体にとっても大きな分岐点になるだろう。

□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ) 1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうまワイド』『ワイド!スクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いた。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。昨年4月末には、YouTube『西脇亨輔チャンネル』を開設した。

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