なぜ日本代表の監督をやらないのか? 元五輪銀メダリストが小中学生を指導する理由

今月10日、元五輪柔道銀メダリスト・小川直也の暴走王チャンネルに、小川道場の卒業式の動画が公開された。公開から1週間で1万1千回以上の再生回数を弾き出した動画は、見た人の涙を誘う内容になっていた。

小川直也(後方)から、この日、初めて黒帯を巻くことを許された卒業生たち
小川直也(後方)から、この日、初めて黒帯を巻くことを許された卒業生たち

中学生の悩みと向き合う小川

 今月10日、元五輪柔道銀メダリスト・小川直也の暴走王チャンネルに、小川道場の卒業式の動画が公開された。公開から1週間で1万1千回以上の再生回数を弾き出した動画は、見た人の涙を誘う内容になっていた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)

「今までは素直に言えなかったけど、お父さん、お母さん、本当にありがとう」

 小川道場の卒業式では、中学3年生の道場生が、小川をはじめとする指導者、同じ道場生、支援者、そして自分をここまで育ててくれた父親や母親に対し、自身の言葉で感謝を述べる場面がある。15歳の子どもたちが涙ながらに口にする飾り気のない言葉からは、彼らの心情がダイレクトに伝わってくる。

 今回の卒業生たちが中学に入学する前は、まさにコロナ禍の真っ只中。楽しみにしていた全国大会も直前で中止になっただけではなく、小学校5・6年生の時には大会が1度しか開催されなかった。なかには念願の全国大会が中止と聞いて泣き崩れた道場生もいたし、それを理由に小学生で柔道を辞めたいと思っていた道場生もいた。

 しかし、小川の勧めで、高校に進学しやすい中学校に転校して柔道を続けた生徒もおり、「最初はどうなることかと思っていましたが、中学に入ってすぐに正解だと思いました」といった喜びの感想を話す親御さんもいた。

 結果、卒業生は5人全員、高校に進学しても柔道を続けていく道を選択することができることになった。

 高校進学が人生における最初の大きな分岐点になることを珍しいとは思わない。もちろん、わずか15年の人生経験であれば、たとえ間違った選択をしても、いくらでもやり直しは効く。また、人間はそれなりに長く生きていれば、誰しも必ずどこかで間違った選択をし、そこからいかに人生を立て直すかを学ぶものだ。

 実際、小川という人物は、全日本選手権に7回優勝し、世界選手権には3回優勝、バルセロナ五輪では銀メダルという輝かしい成績を収めながら、メディアから大バッシングを受けた。たしかに「結果が全ての世界」とはいえ、日の丸を背負って戦い、世界で2番目の成績を得てもなお叩かれるなんて尋常ではない。おそらくその際に小川を襲った苦悩は、想像を絶するものだったに違いない。

 それでも小川はその苦悩をバネにしつつ、プロという道に進む原動力につなげ、アントニオ猪木を師匠に、“暴走王”の称号を得るまでに至った。

 となれば、小川道場の道場生が将来的に挫折しそうになったら、挫折の先駆者である小川がいくらでもアドバイスをしてくれるだろうし、実際ここまでの間にも、そういった子どもたちの持つ悩みと小川は向き合ってきた。

小川道場の卒業生と保護者たち
小川道場の卒業生と保護者たち

「(日本代表の)強化はやりたがるヤツがいっぱいいる」(小川)

「前の私はマイナスに考えてしまうことが本当に多く、試合前、不安だったりとか友だち関係で悩むこともありました。そんななか、先生が時間をつくって私の話をたくさん聞いてくれました。そのお陰で今は自分に自信を持ち、何事もプラスに考えることができ、試合でも怖がらず自分らしい柔道ができるようになりました」

 昨年全国大会に出場した卒業生の一人は小川への感謝の弁をそう述べていたし、別の卒業生の父親は小川が社会人時代に指導を仰ぎ、自身の息子も合わせ親子2代に渡って小川の指導を受けたと話していた。

 そもそもなぜ小川は、柔道においては日本でも屈指の実績を持ちながら名もなき小中学生たちを指導をする道を選んだのか。小川の実績を持ってすれば世界に挑む日本人選手の強化や日本代表監督を任されてもおかしくはない。

 これに関して小川は、いつだったかこう話していたことがある。

「俺は高校から柔道をはじめて、大学・社会人まで柔道をやってきたけど、俺が唯一やっていないのはここなの。(日本代表の)強化はやりたがるヤツがいっぱいいるんですよ。もちろん、そっちをやりたい気持ちも分からなくないよ。自分の人生をステップアップするためのひとつの糧にするのはいいんじゃないかと思うけど、俺はそういうことを望んでいないから」

 他にも小川はこう言っていた。

「俺も結構な年齢(57歳)になってきて、正直に言えばそろそろ人生の断捨離の時期だからね。そしたら好きなことをしていきたいと思うじゃん。人生の糧になるとか世の中のためになるならやったほうがいいし。やっぱり楽しくないことはストレスになっちゃうから。だから俺にとってはこうやって子どもたちと交流しながらいることが楽しいんだろうね」

 小川からすれば、今のスタンスで柔道と関わっているほうが、“生の柔道”を感じられる、ということなのだろう。

 ちなみに一般的には子どもたちが改めて大勢の人たちが見ている前で、両親に感謝の弁を述べる場面を見かけることはない。結婚式では珍しくないが、それ以外で両親に感謝を伝える場面にはなかなかお目にかかれない。

 だからこそ、感謝の言葉を伝えられた両親は我が子の成長を感じ、さらにそこまで成長した子どもの頑張りや努力とともに、周囲の方々の協力があったからこそそこに至れた、ということを改めて痛感する。

 この構造は、一人の人間の成長過程における理想的な“支え合う”や、“親子”や“家族”を改めて強く認識させる。おそらく小川のやりたい世界はそれなのかもしれない。“暴走王”と呼ばれた小川がその境地に至ったと思うと、実に興味深い。

「泣いた…」「小川さん良い生徒をもって幸せですね。教育は学校だけではないね。社会人になっても通用する人間を育て下さい」「泣かせて頂きました。小川道場初めて知りました。立派な卒業生ですね。高校に行っても頑張ってください」

 今回の動画には、心を揺り動かされたユーザーによるコメントが数多く並んでいる。

(一部敬称略)

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