【電波生活】『こころ旅』田中美佐子が火野正平さんの後を継いだワケ 生前に制作陣に伝えていたメッセージ
俳優・田中美佐子が昨年11月に亡くなった火野正平さんを引き継ぎ、NHKBS『にっぽん縦断 こころ旅』(月~金曜午前7時45分、月~木曜午後0時30分、BS4Kは月~木曜午後7時)に出演している。自転車で全国を巡り視聴者の思い出の地である“こころの風景”を訪ねる人気番組。火野さんの姿が脳裏に色濃く残っている番組ファンも多いと思うが、田中が視聴者に心の風景を届ける役目を引き受けた。北村卓三プロデューサーに田中の起用の背景やロケの様子などを聞いた。すると生前の火野さんの田中への思いとそれを受け取った田中の覚悟と“美佐子ワールド”を感じる舞台裏を明かしてくれた。

人気&注目番組の舞台裏探る企画「電波生活」 プロデューサー絶賛“美佐子ワールド”
俳優・田中美佐子が昨年11月に亡くなった火野正平さんを引き継ぎ、NHKBS『にっぽん縦断 こころ旅』(月~金曜午前7時45分、月~木曜午後0時30分、BS4Kは月~木曜午後7時)に出演している。自転車で全国を巡り視聴者の思い出の地である“こころの風景”を訪ねる人気番組。火野さんの姿が脳裏に色濃く残っている番組ファンも多いと思うが、田中が視聴者に心の風景を届ける役目を引き受けた。北村卓三プロデューサーに田中の起用の背景やロケの様子などを聞いた。すると生前の火野さんの田中への思いとそれを受け取った田中の覚悟と“美佐子ワールド”を感じる舞台裏を明かしてくれた。(取材・文=中野由喜)
北村氏は「どこから話していいのか」と言いながら、生前、火野さんが田中について話していたエピソードを紹介してくれた。
「圧迫骨折した正平さんの代わりに昨秋放送の『こころ旅 秋の旅』で大勢の方がピンチランナーとして走ってくれましたが、どういう方にお願いしようかと正平さんに相談し、我々も話し合う中で美佐子さんの名前が上がりました。なぜ美佐子さんの名前が出たかと言うと、正平さんがロケ中によく美佐子さんの話をしていたんです。『あいつは面白いよ』と。2人は映画『鑓の権三』で共演していて、その時の撮影の裏話をしながら『いいよー』とすごく褒めるので、どこがいいのか尋ねると『美佐子は女正平や』と言うんです。ビックリして、『えっ、美佐子さんそんなに男好きなんですか』と聞くと『違うわ!』と怒られましたけど(笑)。いつまでもやんちゃでいたいというご自身と同様、美佐子さんも『オテンバでお茶目、野生児や』と言っていました。そこでお声がけし、秋の旅のピンチランナーを引き受けていただいたんです」
田中は『秋の旅』の第3週で静岡県、第6週で三重県を旅した。ピンチランナーの中で唯一2週出演した。訃報を知らずに出かけた旅の最終日は「不思議な日」だった。
「実際にピンチランナーとしてご出演いただいたら、本当に明るくてお茶目。とにかく、やることなすことかわいいんです。そして驚いたのは、もともと美佐子さんが“誰かの大切な場所や風景をその人に届ける仕事”に大きな魅力を感じていたということでした。撮影の合間に話してくれたのですが、以前そんなドラマの話があって、『素晴らしい仕事だなあ、やりたいなあ』とずっと思っていたそうです。『だから私、とってもうれしいの』と。静岡ロケの後、美佐子さんが正平さんに『自分にできる限り頑張りましたよ』と電話で伝えたら『楽しんだか? 思い切り楽しまないとあかんで』と言ってくれたそうです。
その言葉を胸に美佐子さんは三重の旅に出たのですが、三重のロケの最終日の早朝に正平さんが亡くなりました。まだ誰も亡くなったことを知りませんでしたが、その日の天候が荒れ模様で、鳥がすごい群れをなして飛んでいったりして『不思議な日だね』と皆で言いながら撮影しました。ロケの後、美佐子さんは正平さんに『楽しんで走ってきましたよ』とメッセージを送ったそうです。残念ながら正平さんがそれを目にすることはありませんでしたが。美佐子さんに正平さんが亡くなったことを知らせると大変なショックを受けていましたが、その時『私にできることがあったらできる限りのことをします』と気丈にも言ってくださいました」
火野さんの悲報は、2011年の放送開始から一緒に旅をしてきたスタッフには耐え難い大きな悲しみ。だが火野さんが長年愛し育んできた番組だからこそ悲しんでばかりはいられない。続けるにあたりどんなことを考えたのか。
「視聴者からのお手紙に書かれた大切な場所や風景を訪ねる番組です。後任の旅人がクルクル短いスパンで出演し、誰がどこを旅するのか分からないのでは視聴者の皆さんも誰にあててお手紙を書いていいの? ということになります。なるべく長期間出演していただける方にお願いできたらいいなと考えていたら、美佐子さんの『できる限りのことをします』という言葉を思いだしました。想定している旅のスケジュールをお見せして出演をお願いしたその時も『できる限りのことをします』と言ってくださいましたので、では無理な時期を言ってくださいと言うと『全部走れます』と。
ただ、美佐子さん自身は旅人がまさか自分だけだとは思っていなかったようで、後日『はめられた!』と言っていました(笑)。十数年、正平さんが育ててきた番組を引き継ぐのは大変な覚悟のいること。ものすごいプレッシャーがあると思いますがそれを承知で引き受けてくださった心意気は、正平さんが『あいつはいいよ』と言っていたとおり。私たちは感謝しかないです」
田中の意気を感じる言葉も紹介してくれた。
「『新しい仕事をもらえるのは自分にとってもうれしいこと』、として『これは正平さんからのプレゼント。そう思って頑張りたい』と言ってくれました」

空を指さして『行ってきます』に込められた意味とは
撮影のエピソードも紹介してくれた。
「出発する際、美佐子さんはいつも空を指さして『行ってきます』と言って自転車をこぎ始めます。これは正平さんに言っているんですね。見ててね、私、頑張るよ、楽しむよ、という気持ちで走っているんだろうなと感じています」
火野さんが「女正平」と言う理由が分かるエピソードも尋ねた。
「線路の手前に遠景を撮影するカメラマンがいて、線路の向こうを走る美佐子さんとスタッフの映像を狙っていたんです。その時、ちょうど列車がやってきたんですね。美佐子さんたちが隠れてしまうとカメラマンが困っていた時、線路の向こうで美佐子さんは『列車と一緒に向こうに走っちゃおう。列車が通過した後に私たちがいなくなってたら面白くない?』とうれしそうにイタズラの提案をしていました。トカゲを見つけた時には大興奮で『これ一番速いヤツ。捕まえるの難しいんだよね』と、捕まえた経験がある前提の話をしていました(笑)。きれいな湧き水があればすぐ飲んじゃいますし、自生していたクレソンをその場でちぎって食べて『おいしい!』と。その後、スタッフにも配っていました。もう美佐子さんワールド全開。しょっちゅう想像を超えた姿を見せてくれます」
優しくて繊細な面も紹介してくれた。
「満開の桜の枝がひとつ、風で折れたのか地面に落ちていたんです。スタッフは誰も気づかなかったんですが美佐子さんが気づいて、『かわいそう』と言ってその桜の木の根元にそっと置いてあげていました。命あるものに接する姿は正平さんをほうふつとさせますね。牛に出合った時は『田中美佐子です』と自己紹介していましたし、その後、牛がベロンとベロを出したら『あ、牛タン見えた!』と叫んでいました(笑)」
田中の自転車も紹介してもらった。
「ちょっと特別です。ベースは一般の電動アシスト自転車ですが、サドルにはクッション性を持たせ、ハンドルも美佐子さんの手になじむグリップに。小物入れのポーチをアレンジし、フレームには桜の花が舞うようなラッピングをしています。世界に1台の自転車です。旅を続けながら、どんどん進化させていく予定です。ちなみに、愛称はまだ決まっていません」
田中は「すごいプレッシャー」と話していたようだが、火野さんの言葉通り思い切り旅を楽しめば美佐子ワールドが広がるはず。火野さんはそんな姿を天国から見守っているに違いない。
