古舘寛治、遅咲きの名俳優の波乱の人生 2度の交通事故、NYで6年間役者修行、家賃3万円台の安アパート暮らしも

名バイプレーヤーとして知られる古舘寛治が、映画『逃走』(15日公開、足立正生監督)に主演した。本作は半世紀にわたる逃亡の末、末期がんにより70歳で亡くなった東アジア反日武装戦線「さそり」の元メンバー、桐島聡の最期の4日間を描く。古舘が俳優人生で逃げたくなった瞬間とは――。

インタビューに応じた古舘寛治【写真:ENCOUNT編集部】
インタビューに応じた古舘寛治【写真:ENCOUNT編集部】

中学時代は学校が嫌で「逃げたいと思った」

 名バイプレーヤーとして知られる古舘寛治が、映画『逃走』(15日公開、足立正生監督)に主演した。本作は半世紀にわたる逃亡の末、末期がんにより70歳で亡くなった東アジア反日武装戦線「さそり」の元メンバー、桐島聡の最期の4日間を描く。古舘が俳優人生で逃げたくなった瞬間とは――。(取材・文=平辻哲也)

 日本の演劇界で経験を積んだ後、映画やドラマに進出し、リアリティーのある演技と独特な存在感で高い評価を得る古舘。クセの強い役柄を得意とし、シリアスな役からコミカルな役まで幅広く演じることができる名優として知られている。

 映画では『淵に立つ』(2016年)でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞を受賞し、『罪の声』(2020年)、レオス・カラックス監督の『アネット』(2022年)など話題作に次々と出演。近年では『めくらやなぎと眠る女』(2024年)の吹き替え版、『アナウンサーたちの戦争』(2024年)、『レイブンズ』(28日公開)など話題作への出演が続いている。

 最新主演作『逃走』は約50年間逃亡生活を続けた指名手配犯・桐島聡の最期の4日間を描く。俳優人生の中で「逃げたくなった」と思った瞬間はあるのか。

「小さなことならよくあります。例えば、『この仕事、やりたくないな』と思うことも。でも、大人には逃げ道がない。だから、最後までやりきるしかないんです。ただ、人生全体で『逃げたい』と思ったことはあまりありませんね」

 中学校の時は本当に学校が嫌で、心の底から「逃げたい」と思っていたという。

「僕が中学生だった頃は、不登校が社会問題として少しずつ認識され始めた時期で、『引きこもり』なんて言葉もまだ一般的ではありませんでした。『学校に行かない』という選択肢自体が、僕の中になかったんです」と振り返る。

 そんな古舘が俳優という仕事を意識したのは、中学、高校時代。テレビで放送されたアメリカ映画に憧れを持った。大学にも進学するつもりだったが、高3の時に交通事故に遭い、進学は断念。上京し、演劇を学びながら、バックダンサーとしても活動。23歳の時に単身ニューヨークに渡り、本格的に演技を学んだ。

「ニューヨークに行ったのは、日本から逃げたいという気持ちだったのですか?」と聞くと、「それは違います。このまま日本にいても面白くないなと思ったからです。怖かったけれど、『行かなきゃ』と決意しました。僕にとってはチャレンジでした」と語った。

 結果、6年間米国に滞在し、大きな交通事故をきっかけに29歳の時に帰国。しばらくはアルバイトをしながら、フリーで活動をしていた。

「20代の頃は高円寺の安アパートに住んでいました。家賃は3万2000円くらいだったかな。風呂なし、トイレ共同のアパートで、住んでいるのは外国人か、ちょっと変わった日本人ばかりでした。お風呂がないので、近所のコインシャワーに通っていました。冬はさすがに寒かったです」

貧乏生活も「後で笑い話になるだろう」

 それでも、貧乏生活はまったく苦にならなかった。

「兄弟は『よくそんなことをやるな』と呆れていましたが、親は特に反対しませんでした。父親は『もし大学に行きたいなら、お金を出すよ』と言ってくれました。僕はもともと我慢強い性格なので、バイトをしながら『やりたいことをやろう』と思っていました」

 33歳の時、平田オリザさんが主宰する劇団「青年団」に入団。その後、39歳で英会話教室「NOVA」のCMに出演したことがきっかけで、ドラマや映画への出演が増えた。2010年代に入るとメインキャストを務めることが多くなり、深田晃司監督や沖田修一監督の映画に頻繁に出演するようになった。

「フリーで活動していましたが、仕事がまったくなく、『これはダメだな』と思いました。それで、33歳の時に劇団に入ることにしました。同期よりも10歳年上で、かなり異例の新人でしたが、貧乏生活も気にならず、『後で笑い話になるだろう』と思っていました」

『逃走』では批判を覚悟で桐島聡を演じているが、「今の世の中にはひどいことが多いので、日本からは逃げたくなりますよ」とポツリ。今では確固たる地位を築き、味のある演技を見せているが、苦労を苦労としないたくましさ、豊かな人生経験がバックボーンにある。

□古舘寛治(ふるたち・かんじ)1968年3月23日生まれ、大阪府出身。舞台俳優としてキャリアをスタートし、映画・ドラマ など多数出演。近年の出演作は、映画では『めくらやなぎと眠る女』(24年/ピエール・フォルデス監督)、『アナウンサーたちの戦争』(24年/一木正恵監督)、『ほつれる』(23年/加藤拓也監督)、『アネット』(22年/レオス・カラックス監督)、『子供はわかってあげない』(21年/沖田修一監督)、『罪の声』(20年/土井裕泰監督)、ドラマでは『滅相も無い』(24年/毎日放送)、『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(24年/NHK)など。『淵に立つ』(16年/深田晃司監督)ではカンヌ「ある視点」部門で審査員賞、ドラマ『コタキ兄弟と四苦八苦』(20年/テレビ東京)ではギャラクシー賞など複数の受賞をした。公開待機作に、今月28日公開のマーク・ギル監督『レイブンズ』がある。

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