フジ問題、蚊帳の外だったコンプラ室の悲哀 「社員からの現状批判」に感じた希望も…元テレ朝法務部長が解説
元タレントの中居正広さんと20代女性の「性的トラブル」と報じられたことを巡るフジテレビの対応が波紋を広げる中、23日に開かれた社員向け説明会でコンプライアンス推進室長が「トラブルを知らされていなかった」と話したとTBSが報じた。元テレビ朝日法務部長としてテレビ局の危機管理を担当していた西脇亨輔亨輔弁護士が、このニュースが意味する「悲哀」を解説した。
日枝久氏の下、築かれたフジ「内輪の集団」で意思決定か…西脇亨輔弁護士も驚き
元タレントの中居正広さんと20代女性の「性的トラブル」と報じられたことを巡るフジテレビの対応が波紋を広げる中、23日に開かれた社員向け説明会でコンプライアンス推進室長が「トラブルを知らされていなかった」と話したとTBSが報じた。元テレビ朝日法務部長としてテレビ局の危機管理を担当していた西脇亨輔亨輔弁護士が、このニュースが意味する「悲哀」を解説した。
ニュースを見た時、私は目に涙がにじんだ。
TBSによると、フジテレビ社員説明会でコンプライアンス推進室長は、週刊誌の取材を受けるまで中居氏と女性のトラブルを知らされず、「なぜ、相談してくれなかったのか」と嘆いたという。平社員ではなく「室長」という立場の人が、経営陣に内々に告げるのではなく公の場で会社の姿勢を告発したというのだ。自身の会社人生を懸けてでも黙ってはいられなかったのだろう。深刻なコンプライアンス問題なのに「蚊帳の外」に置かれた室長の悔しさとやりきれなさ。それをかつてテレビ局の危機管理に携わっていた私は、痛いほど感じた。
その一方、このニュースに驚きは感じなかった。会社のトップが「カリスマ」だと、コンプラ部門は往々にして悲しい扱いを受けるからだ。
本来、会社のコンプライアンス部門は独立性をもち、トラブルが起きたら真っ先に通報を受けるべき。組織がしっかりした会社ではそう運用されている。だが、テレビ局は知名度が高い割に社内組織はしっかりしていない場合も多い。フジテレビの従業員数は企業公式サイトによると1169人。数万、数十万という社員を抱えるメーカーや金融機関に比べると規模は小さく、よく言えば「家族的な経営」ができるが、経営者という「一家の主」が強すぎると、組織を無視した経営にもなりやすい。
フジテレビでは日枝久取締役相談役が37年前、初の生え抜き社長となった。現在もフジサンケイグループ代表を務め、「カリスマ経営者」とも呼ばれている。同社の意思決定はどうなっていたのだろう。
一般論だが、強いトップが会社の重要事項を全て判断し、その意に反する行動が禁じられると、従業員はトップの耳に心地よい提案しかしなくなる。異論を唱えると遠くに移され、トップの周りはその意向を忖度する人で固められていく。
さらにテレビ局が特殊なのは、番組作りや報道の「現場」を希望して入社する社員が多い点だ。その結果、経営者も「青春時代」を番組作りなどの「現場」で過ごした人が多くなる。日枝氏も1980年代には編成局長として辣腕をふるった。
そうした「青春時代」を送った経営者が心から信頼できる相手は、自分が寝食をともにした「現場」で近かった仲間や後輩になりやすい。このためテレビ局のカリスマ経営者の周りには番組制作で活躍した戦友や部下が集まり、会社の全てを決める内輪の集団「インナーサークル」ができあがることがある。
中居氏のトラブルを同局が23年6月に知った時、『東京ラブストーリー』などの大ヒットドラマを次々と作った大多亮専務(当時)や『とんねるずのみなさんのおかげです』などの大ヒットバラエティーを次々と作った港浩一社長は情報を共有していた。一方で同じ役員でも遠藤龍之介氏は、副会長なのに昨年12月に週刊文春の記者から取材を受けるまで事案を知らず、社外取締役も一切情報を共有されなかったという。これは取締役会という社内の意思決定機関でさえ、最重要事項を教えてもらえる「インナーサークル」とそれ以外に分断されていたことを示している。
そのような体制のもとで「インナーサークル」に入れてもらえないと、コンプライアンス部門はさほど大きくないトラブルの相談は受けても、「本当に大きなトラブル」の対応からは外される。そして、気が付くと「トラブル後の社内研修担当」の部署となりかねない。本来はそんなはずではないのに。
フジテレビがこの危機から立ち直るには、会社の意思決定のあり方を根底から変える必要があると思う。しかし、同局にそれができるのか。困難は多いだろうが私は希望も感じている。それは今回、コンプライアンス推進室長が自ら社内の実情を明らかにし、他の多くの社員も現状を批判する声を上げたからだ。その声は、まだフジテレビにコンプライアンスの火が消えていないことの「最後の証し」なのではないか。
声を上げた方々に、かつてテレビ局の法務部にいた人間として、この場を借りてお伝えしたい。
「この壁は、きっと皆さんにしか壊せない」
□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いた。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。昨年4月末には、YouTube『西脇亨輔チャンネル』を開設した。