日本のレジェンドが手がけた“レア仕様”高級車 “ひび割れ状態”からこだわりレストア、職人技に感銘

世界を見渡しても、貴重でユニークなロールス・ロイスが存在する。「バリバリのひび割れ」状態から中古で手に入れ、コツコツと修復中。物珍しいワゴン仕様車には、愛好家たちが紡ぐ情熱の物語があった。

激レア仕様のロールス・ロイスに驚き【写真:ENCOUNT編集部】
激レア仕様のロールス・ロイスに驚き【写真:ENCOUNT編集部】

『Rolls-Royce and Bentley Owners’ Club of Japan』のレジェンド・涌井清春氏が手がけた1台

 世界を見渡しても、貴重でユニークなロールス・ロイスが存在する。「バリバリのひび割れ」状態から中古で手に入れ、コツコツと修復中。物珍しいワゴン仕様車には、愛好家たちが紡ぐ情熱の物語があった。(取材・文=吉原知也)

 特徴的な女神のエンブレム、重厚なグリル。高級感を漂わせる、“ザ・ロールス・ロイス”のフロント外観だ。

 裏へ回ってみると、優美なオーラを放つ真っ白なボディーは、リア部分が箱型デザイン。なんと、セダンとは対照的なワゴンになっているではないか。

 シルバースパー シューティングブレーク。1988年式の車両で、特別で珍妙なカスタムが施されている。

 50代経営者の男性オーナーは「変態ですよね(笑)」とにんまり。シューティングブレークとは平たく言うとワゴン仕様を指すとのことで、「もともとは貴族が狩猟用に荷物を多く積めるようカスタムしたことが起源だと聞いています」と笑顔。ロールス・ロイス シルバースパーでは世界的にも珍しく、日本でカスタムが手がけられた希少な1台だという。

 このレア車には深い歴史がある。ロールス・ロイスとベントレーのオーナーの全国組織『Rolls-Royce and Bentley Owners’ Club of Japan』の発起人・名誉会長で、名車・希少車のコレクションを所蔵する『ワクイミュージアム』(埼玉・加須)館長を務めた涌井清春氏が手がけたのだ。

 日本のレジェンドが作った、唯一無二のワンオフ車両。その逸品が何人かの手に渡り、ワクイミュージアムに戻った。その後、乗り物愛好家の男性オーナーと“運命の出会い”を果たしたというわけだ。

「中古車情報を調べていたら、『何これ?』と目に入りました。『これは面白そう』と見に行って、衝動買いでした」。独創的なフォルムに、まさにひと目ぼれだった。

 ただ、35年以上前に製造された車だ。経年劣化は避けられない。外装の塗装はひび割れが見受けられ、あちらこちらに修理が必要。ちょっと大変な状態だ。「それでも、このまま朽ち果てさせてはいけない」。使命感に火が付いた。

 ワクイミュージアムの整備士の手を借りながら、できる範囲で自分でもレストア。「内装のウッドの修復は自分でやっています。ウレタンでしっかり塗装をして。ルーフレールは自分で取り付けましたが、実は船の部品を活用しています。僕自身の体重でレールを曲げてデザインしました(笑)」。

 なんと「船遊びは50年」といい、船艇は7つ保有。バイクも趣味で、ドゥカティやホンダ・CBXなど6台。愛車は「ロータス、ポルシェ、マツダ・ミアータ、アルファード、レクサスと……」。数えきれないほど持っているというからびっくり仰天だ。

特別なロールス・ロイス【写真:ENCOUNT編集部】
特別なロールス・ロイス【写真:ENCOUNT編集部】

「会長、ぜひサインを書いてください」

 職人たちの伝統と技術の粋が詰まったロールス・ロイス。部品の裏を見ると、印や文字が刻まれており、丹精を込めて組み立てられたことがありありと感じられる。「まさに、クラフトマンたちの手仕事ですよね。現代は設計の段階からコンピューターで行っていると思いますが、当時は、人が考えて設計し、人の手で作られています。最後のところはやすりで削って調整する、そんなイメージが伝わってきます。自分で修理をしている時に、その面白さ・興味深さも感じることができるんです。このクルマを直していると、なんでこんな部品の付け方をしたんだろう? と驚いてしまうこともあります。なんでこんな手間のかかることをしたのかと。でもそれが、『人が作った』ということなんです。スイスの手作りの時計の感覚と似ています」と熱っぽく語る。

 自分の手元に来たからには、「元の姿よりきれいにする。これがモットーです。そして、次の世代に残していきたいです。ゆくゆくはオールペン(全塗装)もしないといけませんね。少しずつ、きれいにしていきたいです」。ものづくり精神の尊さに触れながら、大切に整備を重ねていくつもりだ。

 同クラブが横浜赤レンガ倉庫で開いた新年会のイベント。激レア車の生みの親で、名誉会長の涌井氏の姿もあった。

 男性オーナーは、涌井氏に愛車の現状を報告し、「会長、ぜひサインを書いてください」と懇願。涌井氏はちょっと気恥ずかしそうにしながらも、ダッシュボードのウッドパネルに直筆のサインをしたためた。涌井氏は自らが手がけた思い出深い1台をしげしげと見つめ、「きれいになったねえ。こうやって、若い人たちが直してくれて、うれしいよね」。満面の笑みを浮かべた。

 熱い思いを乗せたこの特別なロールス・ロイス。これから先も、何代にわたって、ずっとずっと引き継がれていくだろう。

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