トランスジェンダーの魔法使いアキット「この立場だから見えることがある」…こだわる“心に訴える”演技
2022年10月にトランスジェンダーであることを告白したマジシャンの魔法使いアキットが、12月14日、15日に東京・恵比寿のエコー劇場で単独公演「魔法使いの頭の中~ひとりのコロボックル~」(全4公演)を開催する。物語の中にマジックを散りばめる手法で、マジック界では「唯一無二の存在」。ステージには男の姿で立つが、「今回も自分の人生を隠し味みたいに入れたい」と話している。
『Magician of the year』を受賞した魔法使いアキット
2022年10月にトランスジェンダーであることを告白したマジシャンの魔法使いアキットが、12月14日、15日に東京・恵比寿のエコー劇場で単独公演「魔法使いの頭の中~ひとりのコロボックル~」(全4公演)を開催する。物語の中にマジックを散りばめる手法で、マジック界では「唯一無二の存在」。ステージには男の姿で立つが、「今回も自分の人生を隠し味みたいに入れたい」と話している。(取材・文=柳田通斉)
アキットは今年3月、過去1年間に国内で最も活躍したマジシャンに贈られる「MAGIC ACADEMY AWARD 2023 『Magician of the year』」を受賞した。
「日々、『お客さんを楽しませたい』という思いだけで活動していましたが、この賞は長く1人でマジックに取り組んできた自分にとって、大きな励みになりました」
4歳でマジックに興味を持って以降、独学でスキルを磨いてきた。高校時代には、プロとして仕事を受けるようになった。一方で、幼少から生物学的性と性自認が一致していないことを自覚し、中学時代に確信。母親には、17歳でトランスジェンダーであることを打ち明けていた。
「母は『間違って(男性に)生んでしまってごめんなさい』と言い、女児が生まれた際につける予定だった愛樹(あき)という名前をくれました。それを基に自分の芸名をアキットにしました」
以降、アキットは2つの人生を生きている。「アキ(愛樹)」として過ごす女性としての日常では、「本来、女性として生きるはずだった時間を取り戻しています」。一方で、アキットとしてステージに立つ時は、頬に赤いマークを入れた男性の姿でいる。「森に住むコロボックル(小人)」がテーマの今回公演もそうだ。
「アキットは魔法使いの男の子が基本にあり、公演によってホラー映画の主人公、ロボットなどに変身します。今回は森での物語を考える中、小学校低学年で知ったゲーム『牧場物語』のコロボックルを思い出し、『自分にも生活を手伝ってくれるコロボックルの存在がいたらいいな』という思いで作ってきました」
発想から1か月半。アキットは自ら脚本、演出、美術制作を手掛け、既視感のないマジックの新作も多く準備している。さらにはアキットのイラスト入りグッズ(缶バッジ、クリアファイル、トートバック、ボールペン、鏡など)もデザインしている。
「よく『アキットが7人いるのか』と言われますが、自分としてはいつも『命を懸けた公演にしたい』という思いでいます。だからこそ、やり切れています」
心掛けていることは、ただ、マジックを見せるのではなく「心に訴えかける」だ。
「マジックは生で見てこそのエンタメだと思っています。そして、私は懐かしさ、童心に帰れる世界観を大切にし、人生の隠し味みたいにトランスジェンダーとしての思いも組み込んでいます。この立場だから見えるものがあるし、心の痛みに敏感になり、心の隙間にも入ることもできます。そして、この公演が一つの癒やしになることを願っています」
マジック後、女性の姿で講演も
アキットは東京で活動しながらも、地元長野にも住んで地域との交流にも積極的だ。
「先日は小学校でアキットとしてマジックを披露した後、女性の姿になって講演をさせていただきました。児童の皆さんは驚きつつも私の話をしっかりと聞いてくれました。今、中学、高校の制服が男女関係なく自由に選べるようになっていますし、トランスジェンダーへの理解は高まってきたように感じます」
「日本一」の称号を持つマジシャンであり、社会活動も展開する36歳。今回の公演でも観客へ手先と心で訴えかけていく。
□魔法使いアキット 本名・橋本憂。1988年1月31日、長野県生まれ。4歳でマジックに出会い、高校時代からプロマジシャンとして活動。ストーリー性のある演技を得意とし、クロースアップマジック、スプーン曲げ、イリュージョン、ジャグリング、サンドアート、アートバルーン、パントマイムなど多くのジャンルをこなす。全国のイベントやテーマパーク、テレビ・ラジオなどにも出演。SBC信越放送『ずくだせテレビ』には、コメンテーターとしてレギュラー出演中。