「今の選挙報道はおかしい」斎藤元彦知事の再選巡るTVコメントに元テレ朝法務部長が異論

兵庫県知事選(17日投開票)では、不信任決議を受けて失職した斎藤元彦氏(47)が再選を果たした。その原動力となったのはSNSの影響力とされ、既存のマスコミとの比較が話題となっている。だが、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「そもそも今の選挙報道はおかしい」と指摘した。

西脇亨輔弁護士
西脇亨輔弁護士

西脇亨輔弁護士

 兵庫県知事選(17日投開票)では、不信任決議を受けて失職した斎藤元彦氏(47)が再選を果たした。その原動力となったのはSNSの影響力とされ、既存のマスコミとの比較が話題となっている。だが、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「そもそも今の選挙報道はおかしい」と指摘した。

「マスコミの敗北」「SNSがテレビ・新聞を超えた」

 兵庫県知事選での斎藤元彦氏の逆転劇を伝えるニュースでは、そうした言葉が躍った。テレビではさまざまなコメンテーターが、制約がないSNSと比較してこんな弁明を繰り広げた。

「既存メディアは公職選挙法に手足をしばられている」「放送法があるので選挙期間中は平等にしないといけない」

 しかし、「この弁明は間違っている」と断言できる。私はテレビ局で法務部長をしていたが、その立場からはっきり言う。

「選挙報道をむやみにしばる法律など、存在しない」

 まず公職選挙法。選挙期間中の放送について定めているのは主に「政見放送」と「選挙運動」の規制だ。政見放送はきちんと放送しなければならないし、番組が特定候補の「選挙運動」になると問題だが、それ以外は「ウソは放送してはいけない」など当たり前のことしか書かれていない。逆に公職選挙法は選挙の報道や評論について「自由を妨げるものではない」と明記し、選挙期間中でも「報道の自由」を尊重している。

 そして、放送法。ここでいつも話題となるのが次の決まりだ。

「政治的に公平であること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」

 しかし、よく見て欲しい。この放送法の条文にはひとことも「選挙期間中は」とは書かれていない。「公平」や「多角的」であることは選挙であろうとなかろうと日頃から気を付けないといけないことで、選挙期間中だけ「特別扱い」される話ではない。

 では、この「公平」や「多角的」とはどういう意味なのか。選挙期間中になると各候補をほぼ同じ秒数ずつ当たり障りのない内容で放送し、詳細な選挙の実態は投票後にしか明かさないことが、「公平」で「多角的」なのか。

 このことについてテレビ業界の放送倫理のお目付け役であるBPO(放送倫理・番組向上機構)は、2017年にある決定を出した。タイトルは「2016年の選挙をめぐるテレビ放送についての意見」。それはこれまでの選挙報道を痛烈に批判するものだった。

「出演する政治家や立候補者の発言回数をカウントし、あるいはストップウォッチで発言時間を管理し、質問のテーマも画一化して、司会者の質問の内容や批判の程度についても均等になるよう神経をすり減らすという話を聞くこともある。しかし、求められているのは、そのような配慮ではない」

 BPOはそう断言し、求められているのは放送時間など「量」の公平ではなく「質」の公平だとした。特定の候補をえこひいきしたり、問題点を隠したりせず、報ずべきものは報じるという「報道姿勢の質」が保たれれば、結果としてある候補の放送時間が長かったり短かったり、良く見えたり悪く見えたりしても、問題はないとされたのだ。普段は「こんな放送はしてはいけない」としかるBPOが、「自粛しすぎるな」とテレビ局に喝を入れる異例の決定だった。

 しかし、この決定から7年。選挙報道は今も画一的なままだ。

 なぜか。それはその方が「ラク」だからだ。

 選挙期間の報道は当落に直結するので、候補者や政党は少しでも自分達に不利だと思えば放送にクレームを入れるだろう。それを跳ね返せるように慎重に取材を重ね、放送前には入念にチェックするというのは大変なエネルギーを要する作業だ。一方、全候補を同じ秒数だけ同じに見えるように放送すれば、クレームは来ないので安心だ。

 だが、それでいいのか。

 今回の兵庫県知事選の選挙戦では、SNSで数々の真実ではない投稿が飛びかったと指摘されている。斎藤氏の対抗陣営に身の危険を感じさせる事態が生じたとも報じられている。そうしたことがあったのか、なかったのか。あったとしたら選挙にどのような影響が考えられるのか。それを報じればSNSの情報の波のただ中にいる有権者に一つの大きな手掛かりを提供できたかもしれない。だが、その機会は放棄されてしまった。

 選挙をめぐる情報の中で何が真実なのか。選挙運動で一体何が行われているのか。それを報じることは、有権者が正しく1票を投じ、真の民意を示すためには不可欠だ。そして、その報道こそが民主主義の礎であり、報道機関の存在意義なのではないか。

 長年、目を背け続けてきた選挙報道の本来の姿を見つめ直さねばならない。その瞬間が来たのだと思う。

□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いた。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。今年4月末には、YouTube『西脇亨輔チャンネル』を開設した。

トップページに戻る

あなたの“気になる”を教えてください