「どういう動物なのかな」→検索結果に衝撃 人生をサイにささげる女性「これからも退屈することはないと思う」
人生の転機はいつ訪れるか分からない。日常が変わるきっかけは思いもよらないところに転がっているものだ。東京都の今泉木綿子(ゆうこ)さんは子育てを終えた2011年3月、上野動物園でサイを見たことから保全運動に熱中。折り紙で作ったサイは1万頭を超えるなど、今や日本随一の“サイ愛好家”だ。「これからも人生に退屈することはないと思う」という今泉さんに、不思議な運命について聞いた。
動物園の愛らしい姿とは違った残酷な現実
人生の転機はいつ訪れるか分からない。日常が変わるきっかけは思いもよらないところに転がっているものだ。東京都の今泉木綿子(ゆうこ)さんは子育てを終えた2011年3月、上野動物園でサイを見たことから保全運動に熱中。折り紙で作ったサイは1万頭を超えるなど、今や日本随一の“サイ愛好家”だ。「これからも人生に退屈することはないと思う」という今泉さんに、不思議な運命について聞いた。(取材・文=水沼一夫)
11月7日から東京・文京区のギャラリー・フィールドで開幕した「サイ展」(12日まで)。展示されているのは個性豊かな7人の作家による30点のサイアートだ。サイのみを扱った展示は日本初で、訪れた人からは、「作品も素晴らしかったですし、サイに注目することはなかったのでもし次見る機会があったらじっくり見ちゃおうかなと思いました」といった声が上がった。
企画したのは、認定NPO法人「アフリカゾウの涙」でサイ担当理事を務める今泉さん。
「日本で初めてのサイのアート展、以前からやりたいと思っていた。参加作家は、私がサイの活動を始めてから個展などを通じて知り合った方がほとんどで、動物を題材とした創作活動を動物を守ることにつなげたいという思いがある方ばかり。今回のサイ展への参加をお願いしたところ皆さん、快諾してくれた。思い描いていたコンセプト通りの展覧会が7人の作家の方々のおかげで実現することになり本当にうれしい。夢がかないました」と声をはずませた。
犬や猫の保護活動に取り組む人は多い中、なぜサイというマニアックな動物に関心を持ったのか。
きっかけは13年前にさかのぼる。ちょうど東日本大震災が起きる数日前だった。たまたま上野動物園を訪れていた今泉さんは、サイ舎の前で立ち止まると、しばらく離れられなくなるほどに引き込まれた。
「どういう動物なのかな」
普段はフランス語の翻訳家で、特別サイについての知識がなかった今泉さんは帰宅後、インターネットで検索。
すると、そこで目にしたのは予期せぬ報道の数々だった。
「日本語で調べるとあまり記事は出てこない。なので、英語、フランス語で検索かけると、いろんなことが出てきた。密猟でひどい目に遭っている画像が出てきて、信じられなくて、こんなことが起こっているなんて想像もしていなくて、大変な状況を知ってショックでした」
角の部分を根こそぎチェーンソーでそぎ取られ、顔を真っ赤に染めて息絶えている写真。その悲惨なサイの姿と残酷なまでの密猟方法に言葉を失った。
「サイの角は密売価格が高いからちょっとでもむだなく取りたい。角が見えている部分だけじゃなく、顔から下を生きているところでえぐり取るんです。サイを撃って動けなくしたところで初めてそういうことができる。サイはえぐり取られた後もまだ死ねなくて、何日も生きていることもある。ものすごい痛みが続く。子連れだと親を密猟している間、邪魔だと言って子どもを切りつけたり、殺したりする。子どもは生き延びたとしても飢え死にするか、ライオンやハイエナに食べられるか。運がよければサイの孤児院に保護されて育つけど、トラウマが大きくて死んでしまう子もいます」
1万頭の「折り紙サイ」に込められた意味
サイの角の末端密売価格は金と同じと言われ、1キロあたり1000万円ほどで取り引きされる。主にベトナムや中国の富裕層に需要があり、「万能薬」とけん伝されるが、科学的根拠はない。密猟には国際犯罪組織が関与し、アフリカの貧困問題も絡んでいる。
日本の動物園ではゾウと同じように大きい動物として人気のサイ。しかし、このままでは地球からサイが消えてしまうかもしれない。
「サイの悲惨な画像を見て、その意味を知り、到底そのようなことは認められない。今でもそのことを毎日思って、それが原動力になっています」
日本で密猟問題を知る人は少ないが、海外では著名人が野生動物の保護に積極的にかかわっている。特に英国王室は熱心で、ウィリアム皇太子はケニアにあるサイの保護区でプロポーズした。ヘンリー王子も長年サイの保護活動に従事している。
今泉さんは個人ブログを開設し、情報発信を始める。サイの密猟が主に行われているのはアフリカ大陸。特に南アフリカが最大のホットスポットだ。武装した密猟者と対峙したレンジャーが交戦の末、命を奪われることもある。こうしたサイの密猟にまつわるニュースを日本語に翻訳し、少しでも現実を知ってもらう狙いがあった。
2014年、「アフリカゾウの涙」のメンバーになると、動物園に企画書を出し、各地でイベントやワークショップを開催。16年からは1年間に密猟されたサイの数と同じ“折り紙サイ”を作って展示した。「とにかくサイがこんなにたくさん密猟されているっていうことを知ってもらいたい気持ちが強くて、どうしたら効果的に伝えられるか真剣に考えた」。最初はYouTubeを何十回も見て作っていたが、今では1頭あたり2~3分で仕上げる。「並べると迫力がある。実際にびっくりしてくれる」。同じように見える折り紙サイだが、「一つでも同じもののないように、お腹に柄の違う紙を入れています」。ここ15年で密猟されたサイは1万頭以上。今泉さんも協力してくれる知人と1万頭以上の折り紙サイを作った。
「最初の頃に比べたらサイに関心を持ってくれたり、知識のある人が増えてきた。あとは動物園が協力的になってくれた感じがしますね。サイに関してのイベントの後に密猟に関しての掲示を出してもらうこともあるし、飼育員の人が積極的に考えてくれたり、取り組みの仕方がよくなってきた実感はあります」
サイに夢中になった妻に家族の反応は?
そして今回、念願だったサイ展の開催に至った。「サイの絵は作家によってそれぞれ手法が違います。アートを楽しんでいただいて、ちょっとサイのことが気になって知りたいなって思ってくれたら」。腹話術を習い始めた今泉さんは、サイの密猟孤児の「Gくん」の人形を携え、来場を待ちわびている。
母親として育児を終え、平穏な暮らしをしていたはずだった。しかし、いつの間にか生活はサイ中心に。全国の動物園を回り、土日はイベントで外出することもある。娘が使わなくなった自宅の6畳部屋は「サイ部屋」に変わり、ぬいぐるみや書籍など大量の“サイグッズ”に囲まれて過ごす毎日だ。
「起きてから寝るまでほとんどサイのことを考えています。孫とか生まれているんですけど、サイのほうが……(苦笑)。関心がどうしてもサイのほうに向いてしまいます」
気になる家族の反応は?
「夫も娘も協力もしてくれないけど、否定もしない。自由にさせてくれているのはとてもありがたい。サイ展のことだってほとんど何も話してない」
娘からは1回だけ誕生日にサイ柄のクッションをもらったことがあったが、それきりだ。干渉しない関係が逆にうまくいっているという。
一つの目標が実現し、新たな夢も芽生えている。
「一つは折り紙サイの数をギネスに申請すること。もう一つは、サイの密猟問題がリアルに描かれたフランスの漫画がある。全部翻訳しているので、いつか出版できたらいいなって思っています」
サイと出会って、人生が激変。「充実感」というスパイスが加わった。
「サイが私にくれたものはすごくある。これからも人生に退屈することはないと思う。自分探しとかしなくても済むようになった。いろいろな企画だって自分ではできるとは思わなかったし、動物園イベントの展示パネルを作るのだって、パソコンは得意じゃなかった。私がやるしかないと思って能力開発してもらった。サイが好きになってさまざまな人と出会えた。SNSで海外の人から声をかけられることもある。変な人だと思われているかもしれないけど、それは全然かまわない。サイがこんなに好きになっちゃってよくないことはなかった気がするので、サイには感謝している。密猟は減らすんじゃなくて、ゼロになってほしい」と力を込めた。