さらば森田、ギャンブル狂の過去「消費者金融の限度額ギリ」 ブクロは両親と3人でパチンコへ

お笑いコンビ・さらば青春の光がABEMAで放送中のパチンコを題材にしたバラエティー番組『パーラーカチ盛り ABEMA店』にMCとして出演している。同じくMCを務める見取り図・盛山晋太郎とともに、息の合ったやり取りでパチンコ・パチスロの魅力を伝えている。過去には、どっぷりとギャンブルにハマっていた時代もあったと語る2人。当時の思い出やギャンブルとの向き合い方について話を聞いた。

インタビューに応じたさらば青春の光・森田哲矢(左)と東ブクロ【写真:ENCOUNT編集部】
インタビューに応じたさらば青春の光・森田哲矢(左)と東ブクロ【写真:ENCOUNT編集部】

個人事務所はまさに「ギャンブル」 ヒリヒリを楽しみ続ける“人生観”

 お笑いコンビ・さらば青春の光がABEMAで放送中のパチンコを題材にしたバラエティー番組『パーラーカチ盛り ABEMA店』にMCとして出演している。同じくMCを務める見取り図・盛山晋太郎とともに、息の合ったやり取りでパチンコ・パチスロの魅力を伝えている。過去には、どっぷりとギャンブルにハマっていた時代もあったと語る2人。当時の思い出やギャンブルとの向き合い方について話を聞いた。(取材・文=中村彰洋)

――パチンコにまつわる番組のMCとなりますが、出演が決まった心境はいかがでしたか。

森田哲矢(以下、森田)「僕は海物語とジャグラーぐらいしかやっていなかったので、それでもよければといった感じでした(笑)」

東ブクロ(以下、ブクロ)「僕は一時期は毎日のように行っていたぐらい。しばらくパチンコから離れていたので、この番組が決まって、久々にパチンコ屋に行ってみて、『やっぱり楽しいな』と思いましたね」

――森田さんは過去にパチンコで200万円借金されたともお聞きしましたが、海物語とジャグラーで背負ったのでしょうか。

森田「ほぼ海です(笑)。あとは北斗(の拳)ですね。当時は毎日のように行ってました」

――お2人がパチンコを始められたきっかけは?

森田「バイト先の先輩に連れられて行きましたね。1番最初は『アラジンA』を打ってました」

ブクロ「僕は両親がどちらもパチンコをやるので、2人に付いて行ったのが最初です。その時にちょっと連チャンしたことが気持ちよくて、それからも家族3人で行ってました」

――家族3人でパチンコ店へ出かけるのも珍しいですね。

森田「コイツんとこはパチンコだけじゃなくて、ゴルフも行くっていうね」

ブクロ「ゴルフもそうですね。今はさすがに一緒には行かなくなりましたけどね。昔は、よくゴルフ行って、帰りにパチンコに行ってみたいなことやってましたね」

――とても仲が良いんですね。

ブクロ「共通の趣味みたいなもんやから、そこは共有できていましたね」

森田「でも昔って親父に連れられて、みたいなのありましたよね。昔は緩かったので、小さい子でも店内に入れたりして、景品をもらった記憶もありますね」

――その後、お2人ともどっぷりとハマられたと思いますが、どのタイミングで辞められたのでしょうか。

森田「仕事が忙しくなってきて、やる時間もなくなったのが1番の理由ですかね」

ブクロ「僕は、東京来てからもやっていましたね。でも10年ぐらい前に、朝起きて1日中打っている日というものを俯瞰で考えた時、なかなかの生活しているなって思ってしまって。パチンコ番組の取材で言うのもあれですけど(笑)」

森田「いや、ゴルフもそうやろ!」

ブクロ「それやったら、まだゴルフやってる方がいいわってなって、そこから徐々にゴルフに行く頻度が増えて、パチンコから離れてしまった感じです」

過去にはパチンコ店で倒れたことも…「薄れゆく意識の中で文鎮を必死に守ろうと」

――当時はどういった心境でハマっていたのでしょうか。

森田「やっぱヒリヒリ感ですよね。『負けたらやばいぞ』って時にやっていたので。消費者金融の限度額ギリ、なけなしの1万2000円。『もう1万2000円しか借りられへん』みたいな時だったので、ヒリヒリ度はすごかったっすね」

――本当に絵に描いたような展開ですね。

森田「『これ負けたら終わりや。死ななあかん』っていうのは何回かありますね(笑)」

ブクロ「僕は借金まではないですけど、ギリギリで助けられた日もありましたね。でもどちらかというと、新台を触りたくなるんですよ。『今はこんな演出なんや』って。新台触ったら、他の新台に移動してみたいな感じだったので、お金をかけて新しいゲームをしている感覚でした。途中からはあまり勝ち負けにこだわらなくなっていた気がします」

森田「やばっ。そんなやつおるん?」

ブクロ「負けても『新台打てたからええや』という時期はありましたね」

――パチンコ店に通っていた中で、印象的なエピソードはありましたか。

森田「パチンコ屋で海(物語)を打っていて、3万円ぐらい勝ったんですよ。その日は、ずっと熱っぽいなと思っていたんですけど、玉を流して景品カウンターで文鎮(特殊景品)をもらって、交換所に持って行こうとしたら倒れたんです。そのまま救急車で運ばれたんですけど、薄れゆく意識の中で文鎮を必死に守ろうとしたのを覚えてます。救急車の中で目が覚めて『文鎮どこですか?』ってまず聞きました。救急隊員の方が『ここにあります』って(笑)。結果、インフルエンザやったんすけどね(笑)」

――本能で守り抜いたわけですね(笑)。東ブクロさんはいかがですか。

ブクロ「東京のパチンコ屋で、朝一からパチンコ打って、1000ハマりしてもうて、5万円ぐらい負けたんです。これでヤメるのも嫌やけど、このままだと負け続けるだけやなと思って、その台を諦めました。でも、朝一から育てた台だったので、やっぱ気になるじゃないですか。もう1回戻ってみたら大当たりしてるんですよ。めっちゃ悔しくて、どんなやつが打ってんねんと思って見たら、中尾明慶さんやったんです(笑)。その時は1番腹が立ちましたね(笑)」

森田「中尾明慶さんにハイエナされた男なんですよ」

ブクロ「それと同時に『これが東京やな』と思いましたよ」

――なかなかのエピソードですね(笑)。お2人がギャンブルを通して学んだことなどはありますか。

森田「ホンマに手をつけたらアカン金には、手をつけたらアカンっていうのはギャンブルを通して学びましたね(笑)。あとは、本当に徳は積んだ方がいいです。僕がようパチンコに行っていた頃は、とりあえず周りにジュースおごってました」

ブクロ「諦めることの大事さじゃないですかね(笑)。粘りすぎてもいいことは何もない。人生においてもそんな気がしますね」

男が憧れる欲求に素直なコンビスタイル「欲望でやりすぎてるなとは思います」

――お2人はギャンブルのみならず、エロコンテンツなど男の欲求を詰め込んだような番組にも出演されていて、男性ファンからの支持が厚い印象です。お2人は“丸くなろう”と考えたことなどはありますか。

森田「別にトガッているわけでもないんですよ。僕は結婚はしたいですね。丸くなろう、トガろうとかそういう感じではないですね。ただ、確かに欲望でやりすぎてるなとは思います。でもそれが皆さんから好評いただいているので、このまま行けるとこまで行こうかなっていう感じではあります」

――デビュー当時からスタンスは変わらないのでしょうか。

森田「そうですね。特にコイツ(東ブクロ)がスキャンダルあったりとかもあるから、もうクリーンでは無理だろって(笑)」

――東ブクロさんは一時に比べると落ち着いたイメージがあります。

ブクロ「まあまあ……。もうそんなムチャはしないです。でも単純にそういった好きなことが仕事になるのは、ありがたいですね。やりたい人も多分いっぱいおると思いますが、個人事務所やから余計に声も掛けてもらいやすいのかなとも思います」

――森田さんは『ラヴィット!』などで散財されているイメージもあります。いわゆる“稼ぎ”はどのように使われているのでしょうか。

森田「僕は、パチンコもそうなんですけど、カジノが好なんです。9月だけで韓国に2回行ったんですよ。で、フィリピンとかにも行く。正月は山添(寛)とマカオかどっかに行くんですよ。それで金が無くなる可能性も存分にあるので、めっちゃ怖いです(笑)」

――数年前にはFXで大敗したこともニュースになりました。やはりひりつくのが好きなんですね。

森田「僕はそういうのが好きですね~」

――そういう意味では、個人事務所でやられている点もひりつく要素ですね。

森田「そうですね、ゆうたらギャンブルみたいなもんですからね。でも、絶対に負けたくはないですね」

――『パーラーカチ盛り ABEMA店』をどのような番組にしていきたいですか。

森田「パチンコファンの方にも楽しんでもらえると思いますし、やったことない人の入口になるような番組なのかなと思っています。そういう方々にも見ていただきたいなと思います」

――初回に和田アキ子さんという大物がゲストに登場しましたが、今後出てほしい方などはいらっしゃいますか。

森田「そうですね。岸田(文雄前首相)さんとかですかね(笑)。いろいろ愚痴を聞きながら打ってもらいたいなって思います。久しく岸田さんがはしゃいでるのを見てないので(笑)」

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