“セクハラ”デマでためらう例も…AED、女性への“配慮”が物議 「最優先は人命」販売元の願い
女性へのAED(自動体外式除細動器)使用を巡る議論が後を絶たない。SNS上では、女性に処置を行う際に肌に手が触れたり、場合によっては衣服を脱がす必要があることから、一部の男性から「セクハラで訴えられる可能性がある」「リスクがあるのに助けるメリットがない」といった心ない声も上がっている。心停止という一刻を争う状況で、女性へのAED使用率を上げるためにはどんな心構えが必要なのか。AEDの販売を手掛ける株式会社ヤガミに話を聞いた。
高校生では男女での使用率に30ポイント近い開きも
女性へのAED(自動体外式除細動器)使用を巡る議論が後を絶たない。SNS上では、女性に処置を行う際に肌に手が触れたり、場合によっては衣服を脱がす必要があることから、一部の男性から「セクハラで訴えられる可能性がある」「リスクがあるのに助けるメリットがない」といった心ない声も上がっている。心停止という一刻を争う状況で、女性へのAED使用率を上げるためにはどんな心構えが必要なのか。AEDの販売を手掛ける株式会社ヤガミ(https://aed.yagami-inc.co.jp/)に話を聞いた。
AEDとは、心停止の際に機器が自動で心電図の解析を行い、電気ショックによる救命措置を行う医療機器のこと。動作が自動化されているため、救助者が非医療従事者であっても使用できるのが特徴だ。一方で、使用に際してはパッドを肌の適切な位置に密着させる必要があり、衣服を脱がせることから女性への使用がためらわれるケースも起こっている。また、ネット上では「女性にAEDを使用したらセクハラで訴えられた」というデマや、「男性に触られるくらいなら死んだ方がマシ」といった女性からの声も上がっており、物議を呼んでいる。
実際、2019年に京大などの研究グループが全国の学校で心停止となった子ども232人を対象に行ったAEDの使用率に関する調査では、小中学生では明確な男女差はなかったものの、高校生では男子生徒83.2%に対し女子生徒は55.6%と使用率が30ポイント近くも低くなっており、救助者が女性の服を脱がせることに抵抗を感じている実態が明らかとなった。この結果を受け、近年では女性へのAED使用に対する心理的抵抗感の軽減を目的に、東京都保健医療局などの公的機関から、「服をすべて脱がさなくても、AEDは使用できます」など、女性に配慮したAED使用方法の普及啓発が行われている。
そもそもAEDとは、どのような状況で使用するものなのか。AEDを販売するヤガミの担当者は「不整脈の一種である心室細動は、心臓がけいれんを起こしているような状態で、発症すると脳に酸素が行き渡らずすぐに意識を失います。倒れてから1分ごとに約10%ずつ、助かる確率が落ちていきますが、消防庁の令和5年版の発表では、119番通報から救急車の到着まで全国平均で10.3分かかるとされており、何もしなければ助かる可能性はかなり低くなってしまいます」と説明する。
救命の手順としては、まず救助者の安全を確保。次に意識があるかを確認し、反応がない場合はすぐに119番通報とAEDの手配を行う。その後、呼吸が確認できない、あるいは判断に迷う場合には、胸骨圧迫(心臓マッサージ)をしつつ、AEDが到着次第速やかに措置を行う。
「現在では市民が行う一次救命処置(BLS)に脈を取るという手順はありません。また、人工呼吸も、やり方に自信のない場合や、ためらいがある場合には行う必要はありません。胸骨圧迫は、機能不全を起こした心臓のポンプを代わりに手で押すことで前身に血流を送るための措置。押してから胸が元の高さに戻るようにしっかりと圧迫を解除する事が大切で、1分間に100~120回のリズムで続けます。AEDが到着したら、電源を入れると音声によるアナウンスが流れるので指示通りに措置を行い、その後も胸骨圧迫を継続する。これを意識が戻るか、救急隊が到着するまで続けます」
「女性への配慮やちゅうちょで措置が遅れてしまっては本末転倒」
実際に実物のAEDを起動してもらうと、「衣服をどかして胸をはだけてください」「パットをフィルムから剥がしてください」「パットを患者の裸の胸に絵のように貼り付けます」という救命措置の手順を伝える音声が大音量で流れた。アナウンスは適切な処置が行われるまで繰り返され、パッドには貼る位置のイラストも描かれているため、AEDを初めて触る人でも戸惑うことなく使用することができそうだ。また、胸骨圧迫の際には適切なリズムを知らせるメトロノームの音が鳴り、テンポが早すぎたり遅すぎたりする場合には「もっと早く押してください」「落ち着いてください」など冷静な救助を呼びかけるものもあるという。
ただ、機器のアナウンスでも「裸の胸に」とあるように、一刻を争う状況の中、どこまで女性の羞恥に対する配慮を行うべきなのかという疑問は残った。確かに、パッドを装着したあとにタオルなどをかける、パッドに干渉しない下着などはずらすだけに留めるといった最低限の配慮はあって然るべきだが、パットと皮膚の間に衣類が挟まると機器が正常に作動しない可能性があり、場合によっては服を脱がす必要性があることも事実だ。いずれにせよ胸骨圧迫の際には胸部に触れる必要があり、ヤガミの担当者も「女性への配慮やちゅうちょで措置が遅れてしまっては本末転倒。最優先は人命です」と訴える。「体に触れなくても救助できる」「服は一切脱がさなくてもいい」という誤ったメッセージが一人歩きして、適切な救助の妨げとなることはあってはならない。
一方で、貧血で倒れた場合など、本体AEDの必要がない場面で「とりあえず」「念のため」などと言って服を脱がしたり体に触ったりしてトラブルとなる事例もある。この点に関して、ヤガミの担当者は「AED使用の判断は救急車の要請が必要かどうか。119番通報をせずに、AEDだけを使うといったことはありません」と明確な基準を示している。
AEDが普及して20年余り。これまで述べ8000人が命を救われた一方で、女性への使用を巡り公になった訴訟は1件も起こっていない。ただ、女性への使用に限らず「面倒事に関わりたくない」「他人の命に対し責任を持つ勇気がない」という考えの人間がいることも残念ながら事実だ。
ヤガミの担当者は一部のネットの声に対し、「AEDばかりがクローズアップされがちですが、AEDはあくまで人命救助の一環に過ぎません。要救助者に触れるのが怖いという場合には、119番通報したり、周囲の人間に協力を求めたり、人垣になって野次馬からの目隠しになるだけもいい。あと10分で亡くなるかもしれない人がいるという状況の中、やれることはたくさんあるはずです」と冷静かつ善意ある行動を呼びかけている。