「お前もっと頑張れよ」王者Sareeeに挑戦するウナギがまさかのエール、令和女子プロレス界への危機感
“悪魔”中島安里紗が引退した令和女子プロレス界だが、早くも最初の山場が訪れた。SEAdLINNNGで実施される王者Sareee対ウナギ・サヤカのタイトル戦(23日、カルッツかわさき)がそれだが、この一戦は勝敗以上に、両者の考え方の違いに注目が集まっている。片や強さを全面に打ち出すSareeeに対し、ウナギは「強さ以上に夢を見せるのがプロ」とのスタンスを崩さない。そこで今回は挑戦者ウナギを直撃。同一戦にかける意気込みを聞いた。
中島安里紗の引退は「かなりの財産を失っている」
“悪魔”中島安里紗が引退した令和女子プロレス界だが、早くも最初の山場が訪れた。SEAdLINNNGで実施される王者Sareee対ウナギ・サヤカのタイトル戦(23日、カルッツかわさき)がそれだが、この一戦は勝敗以上に、両者の考え方の違いに注目が集まっている。片や強さを全面に打ち出すSareeeに対し、ウナギは「強さ以上に夢を見せるのがプロ」とのスタンスを崩さない。そこで今回は挑戦者ウナギを直撃。同一戦にかける意気込みを聞いた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)
「ホントにマジで概念としては正反対のレスラーだと思うんですよ、私とSareeeって。でも、みんな正義と概念ってちょっとずつ違うかもしれないんですけど、でもそこに対しては本気じゃないですか。だから本気の者同士が違う正義と概念を持って闘うのって、一番ワクワクすると思うので、そういう意味ではこの一年のなかで一番ワクワクしてるのかもしれないです」
23日、カルッツかわさきで、SEAdLINNNG(シードリング)BEYOND THE SEAシングル王座をかけて、王者Sareeeの持つベルトに挑戦するウナギ・サヤカがそう言った。
ウナギといえば、“宇宙を翔ける歌舞伎者”と呼ばれるだけあって、どんなものにも食らいつき、自分の価値を高めることに貪欲な姿勢を崩さない。たとえそれが男子レスラーだろうと、どんなルールだろうとリスクをリスクと思わずに突き進む。そんな必死さが不特定多数の人々に伝わったのか、令和女子プロレス界屈指の人気者になった。9月2日には後楽園ホールで自主興行を成功させると、「来年4月26日に両国国技館で!」と爆弾発言。一人の女子プロレスラーが主催者となって国技館進出とは前代未聞というか異例中の異例に当たる。
そんなウナギが、不思議と言っては失礼だが、意外な言動を行った。
「中島安里紗がいなくなって、私がここ(シードリング)を一番盛り上げてやるよ。つまりお前のベルトを取ってやるって言っているんだよ!」
8月23日に後楽園ホールで引退した“悪魔”中島の名前を出しながら、なぜかウナギがSareeeへの挑戦をぶち上げたのだ。いきなり何が起こったのか。ウナギがその理由を説明する。
「正直、私も会社つくって、自分でやって、そこに生じる責任とか負担。自分で自主興行をやってみて、ホント信じられないくらいやることあるんですよ。今までだったらその場所に行って、試合をするだけでよかったけど、自分たちでやるって、結構、寝込むんじゃねーのってぐらい、ホントにシンドさがあって。今は(シードリングに)若い子たちもいますけど、デーモン(中島)って一人でずっとエースをやってきて。それをやってきた人がいなくなるって、プロレス界で考えたら、かなりの財産を失っているというか。(中島が引退宣言をしたのが)いきなりだったじゃないですか。やっぱり寂しいですよ、普通に……」
中島とは「絶対にやりたくないと固く決意した」
ウナギがそこまで中島への思いがあったとは、説明を聞いても、唐突すぎてすんなりと合点がいくことは難しいが、ウナギの話をじっくり聞いていくと、何やらその糸口が見えてきた。
「マジでやりたくなかったですよ」
過去にウナギは何度かリング上で中島との接点があったが、ウナギは当初、中島との対戦を避けたいと考えていた。
「(中島とは)仙台で初めて対戦したんですよ(2023年8月14日、夢メッセみやぎ 西館ホール)。これ、言っていいのかな。その時、聞いていたカード、私はデーモンと同じチームだったんですよ。それをパッと見た時、『うわー! デーモンと同じチーム! よかったあ!』みたいな。こいつとの対戦だけは、やっぱ(中島は危険だと)聞くし、(危なそうな)映像が(SNSに)流れてくるじゃないですか。だから絶対にやりたくないと思って、それは固く決意したんですよ。中島安里紗とは試合しないって。こんな危険なヤツとはやりたいわけがないじゃないですか」
しかし神様のいたずらか。ウナギが次に対戦カードを確認すると、なんと中島安里紗の名前が対戦する側に入っていたという。
「マジかよ! と思って。もう結構、『終わった……マジか……』みたいな感じで(会場に)向かって。ぶっちゃけ、これがシードリングで中島安里紗と対戦するのとはわけが違うじゃないですか。(お互いの)ホームでもない。お祝いみたいな試合で、さすがにそんなやらないよね、みたいな甘い気持ちと願い。やっぱり私も生きて帰りたいので……。ちゃんと仙台に行ったので牛タンとか食べたいじゃないですか」
「生きて帰りたいので」とは多少大袈裟な気もするが、中島がそれほどまでに対戦相手を恐怖のドン底に陥れる人物として、業界内にその名を轟かせていたことが分かる話だった。
結局、ウナギはまさかの戦地に赴くような覚悟を強いられながらリングへと向かった。
「本当は私も、心の余力とカラダの余力を残して帰りたかったんですよ。でも、マジでそんなわけなくて。こんなことある? っていうぐらい。ウチらマジでボコボコにされたんですよ。もう、口の中が切れすぎて牛タンとか食べられなくて。大惨敗させられて」
それでもウナギは試合翌日だったか。中島が自身のXで、中島も同じく口の中を切っていたことを知る。
「こっちがやられるのは分かっていたけど、それでも引けないので、思い切り(中島の)顔面にブーツを入れて。そこからちょっとはじまったというか、中島安里紗のおいしさを知って、そこからもう1回か2回、対戦があったのかな。でも、気づいたら引退しますってなってて……」
4月に引退宣言をしてから引退試合となった8月まで、なぜか中島は各団体からの引きが増えていった。それまでは対戦を拒否されるパターンがそれなりにあったのが、引退前には「記念に……」とばかりに中島と闘っておきたいと考えた選手や関係者が急増したのか。結果的にウナギは、せっかく中島のおいしさが分かってきたにもかかわらず、引退まで対戦が行われる気配がないままに……。そこでウナギは強硬手段、いや、中島に直談判を試みる。
中島の“殺人エルボー”は「その人にしかないもの」
「おい! デーモン中島、私と試合を組め。お前のプロレス人生の間にもう一度試合を組め。絶対に組め」
ウナギは5月13日の午前中に、中島のXにあて、対戦を直訴した。あれだけ嫌だったはずの中島との対戦直訴。当然、「殺人エルボー」と呼ばれる中島の得意技を浴びることは避けられない。それでもウナギは、最後の中島戦を望んだ。
ウナギに対し、「中島のエルボーは他の選手のエルボーとは違うのか」と問うと、「あー、これこれこれ! にはなりますね。やっぱりその人にしかないものなので、最後に絶対に体感しないまま終わるのは嫌だなと思ったんですよ……」と答えた。
だが、ウナギの訴えも虚しく、シードリングの残された大会における、中島の対戦相手は、すでにほぼ決定していて空きがない。それでもウナギとしては「願わくばシングル(一騎打ち)をやりたかった」という思いこそかなわなかったものの、結局は、中島がシードリングの大会内で1日に2試合を行うことになり、5月17日、新木場1stリングで、タッグマッチながらウナギと中島の最後の対戦が実現した。
「あの日、(中島は)2試合をやってましたからね。そこはデーモンの優しさというか、プロレスラーとしての礼儀を果たしてくれて。やっぱやりたいヤツとやれないのって、レスラーとしてはストレスというか。ボコボコにやられるより嫌なので。あそこで(中島との対戦を)組んでもらえたっていうことはすごいうれしかったし。だから単純に、レスラーとしてすごいなって思ってたんでしょうね」
ウナギが稀有なのは、相手の過剰さを素直に認めることだろう。
それは9月19日に実施された、王者Sareeeとのタイトル戦調印式の直後に行われた会見でも、「私、中島のこと好きだったのかな、もしかして…」とまさかの告白を口にしたことに集約されているように思う。
いずれにせよウナギは、「デーモンの引退ロードに入って組まれたカードだったので、そういう意味でもシードリングには返したいものもある…」と言い、それ以降、シードリングに継続参戦し、この度、一気に王者Sareeeとのタイトル戦にまでこぎつけた。
「(シードリングのキャッチフレーズは)『魂の女子プロレス』でしたっけ? 古いですよね、なんか。でも『魂』メチャクチャあると思うんだよ、私。それこそ何もものも申さない。キャリアだけ重ねている、確かに強いけど、印象に残らない人はいっぱいいるじゃないですか。…のほうが『魂』じゃなくない? って私は思うので。だってSareeeだって絶対に勝てなかった時期もあったでしょう。だからそれを強いから弱いから、勝てないから負けないからっていうことだけで判断されるのは、それこそホントにプロレスラーじゃないですよね」
「Sareee、お前もっと頑張れよ」
ちなみに中島はSareee戦が決まったウナギに対し、「いい試合をしようと思うな」とアドバイスを送っている。
「そもそも別にいい試合をしようと思って試合をしてないというか。リングに立ってからは、今できる精一杯をやるしかないので、そういう意味ではいい試合をしようと考えたことはないかもしれない。後輩には後輩で、自分のやり方でぶん殴らなきゃいけないし、かといって私なんかはまだまだ先輩ばっかりなので、勝ちたいともちろん思っているし」
そこまで話したウナギは、「レジェンドをひっくり返していかないと、絶対に新しい時代は来ないと思っているので」と口にした。おそらくこの発言の先にあるものがウナギの目標であり、野望なのだと直感した。
「今プロレスを知らない子たちにプロレスラーって知ってる? って聞いたら、結局みんな『アジャ・コングとかでしょ?』ってなるじゃないですか。それってウチらが今、自分の命をかけてカラダを張ってすべてをかけてプロレスをやってるのに、自分たちが届いてないんですよ、まだ。それが一番問題あることだと思っているので、そこにウナギ・サヤカを届けないと終われないですよね。っていうのが絶対的にあって。そういう意味も含めて、昔のレジェンドレスラーたちをひっくり返したいと思っているし。でもレジェンドだって絶対に望んでないじゃないですか。今、生きているプロレスラーが、(Netflixでの配信がスタートした)『極悪女王』の時代の人たちに助けられてちゃいけないので、私たちは今のやり方でプロレスというものを届けていかないといけない」
そこまで話したウナギは、我に返ったように、王者Sareeeに対する不満を口にした。
「そういう意味でSareeeなんてめっちゃ強いのに、何をやっているんだって感じですよね? お前もっと頑張れよ。顔もそこそこいいんだから、ホントに。あの人こそ、世に見つかるべきなんじゃないですか? それをなに、ヌボーっとただベルトを巻いて座ってんだよって感じですよ、私は」
見方にもよるが、両国国技館大会をぶち上げたウナギのほうがスケール感ではSareeeを上回っていると言われても、たしかにその通りかもしれない。
「私はギャンブラーなんでね。しょうがないですよね。でも、絶対に挑戦はしていかないと世には知られないし、認めてもらえないと思うので。本気ですよ。すべてですよ。私はリングの上だけ頑張ればいいと思っていないんです、もう今は。1日24時間すべてをかけて、自分ができるすべてでウナギ・サヤカっていうのを上げる、取りに行くっていうのを全力でやらないと、今生きている意味ないので。それだけですよ」
今回のタイトル戦、通常であれば、実力的にもウナギがSareeeに勝つことは難しいとの見方が有力だ。しかしSareeeは、昼にマリーゴールドの後楽園ホール大会で高橋奈七永戦を闘い、その直後、川崎に移動してウナギの挑戦を受けるダブルヘッダーになっている。それが勝敗にどう関わるか。
いずれにせよ、両者の激突が何を生むのか。“悪魔”中島がリング上を去った今、令和女子プロレス最初の天王山がこの一戦だと断言する。果たして、鬼が出るか蛇が出るか――。