SNSの「晒し」文化、誹謗中傷はなぜ起きる「優しさとか愛情がない」「自信のない自分を守っている」【青木が斬る】

2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)。複数の書籍も出版し、文筆家としての顔も持つ。また自ら「note」でも発信をし続け、青木の“考え方”へのファンも多い。ENCOUNTでは青木が格闘技の枠に捉われず、さまざまなトピックスについて持論を語る連載「青木が斬る」を5月に始動した。連載4回目のテーマは「SNS時代のメンタルケア」。今回は産業医や労働衛生コンサルタントとして活躍する心療内科医の内田さやか氏を招き対談してもらった。後編。

誹謗中傷を青木真也が斬った「愛がない」【写真:山口比佐夫】
誹謗中傷を青木真也が斬った「愛がない」【写真:山口比佐夫】

連載「青木が斬る」vol.4 後編…青木真也×心療内科医・内田さやか氏

 2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)。複数の書籍も出版し、文筆家としての顔も持つ。また自ら「note」でも発信をし続け、青木の“考え方”へのファンも多い。ENCOUNTでは青木が格闘技の枠に捉われず、さまざまなトピックスについて持論を語る連載「青木が斬る」を5月に始動した。連載4回目のテーマは「SNS時代のメンタルケア」。今回は産業医や労働衛生コンサルタントとして活躍する心療内科医の内田さやか氏を招き対談してもらった。後編。(取材・文=島田将斗)

◇ ◇ ◇

 決してなくなることのないSNSでの誹謗・中傷。最近では、交流やコミュニティーの形成が目的ではなく「晒し」の場になってきてしまっているのが現状だ。また個人情報や虚偽の情報が拡散されてしまうこともある。この問題に立ち向かうにはどうすればよいのか。

――ネット上で簡単に個人情報を「晒す」ことが増えています。

青木「最近だと演者として表に出ている人間が『俺の取材をちゃんとしろ』っていうところまで言うのは良いけど、出役でない素人の顔をSNSにさらして『みんなで叩け』って犬笛吹くのは違うんじゃないのって思いますね。線引きというかモラルというか」

内田「モラルの線引きで『え?』っていうこと起きますよね。社会の変化なのかなと思っているところもあるんです。日本国内で“労働者がどれだけストレスを抱えているか”という調査が4~5年おきにあるんです。これまでは大体60%の人がストレスを抱えていたんですけど、近年は80%(※)なんですよ。理由まではまだ分析しきれていないのですが、戦争だとか“失われた20年”という言葉が出てきたリする景気、人口減少など先行き不安で、ネガティブな方向に考えかちでフラストレーションを抱えているのが大きな背景なのかなと考えています」

青木「モラルというかプライドというか意地、これらがカッコよさを定義する上での一つの基準なのかもね」

内田「(モラルなどの欠如が)ダサいとなる風潮になればいいと思います。そう思っている人はたくさんいるはずなんです」

青木「与太話なんだけど、五輪期間にオリンピックソングって何かなって考えたら俺は大黒摩季の『熱くなれ』。1996年アトランタ五輪。2024年、今年の夏はずっと大黒摩季(笑)。それで“正義が社会を救えないなら愛しかないでしょう”って歌ってるわけ。何か誹謗中傷とか全部含めてそこに帰結する気がしたんだよね。いろいろトラブルはあるんだけど、結局正論じゃ全部片付けられなくて、本当に近い距離での人を助ける気持ちしかこれらの問題を解決できないんじゃないかなって。

 正義と幸福は両立しにくいよね。正義を言い続けることは理想だし大事。でも、現実社会を生き抜いていくことだけを考えるとシンプルなコミュニティーですよね。それが家族なのかもしれないし、チームの仲間かもしれない。社会っていう大きな枠のコミュニティーでは、みんなで思いやることが理想ではあるけど、そうはならない。もっと小さい共同体で助け合うしかないんじゃないかっていう」

内田「半径3メートル以内に助けてくれる人がいると何とかなるというか。例えば炎上している人に引用リポストで援護することはできなくてもDM(ダイレクトメッセージ)を送るとか『大丈夫?』の1個でも救われるかもしれない。テキストの良さもあると思う」

青木「優しくないんだよね。何年もずっと言い続けてるじゃん。本当に加減というか限度みたいなものを知らない。ユーモアがないって言い方をしているけど、『これ危ないかもしれない』ってときにやめるとか一声かけるとかそういう優しさとか愛情がないよね」

――10年以上前はツイッター(現在はX)ってこんな殺伐とした場所ではなかったと記憶しています。

内田「最近は小さいコミュニティーでも殺伐とするんですよ。資本主義に侵されるではないですけど、ただ人がつながり合うサードプレイス的な場所だったのにビジネスの発信の場にも変わりましたよね。例えばアテンションが高ければお金になるとか。そういうところから単なるつながりの場でなくなって、巨大なものになったのかなと」

青木「もっと生産性のない場所だったんですよ」

内田「『スタバなう』で良かったんですよね」

青木「だって津田大介のTsudaるって言葉があったぐらい。インターネットって牧歌的な場所だったのにどんどん殺伐としていって本当にいまは優しくない場所になりましたよね。これはずっと言ってるけど、インターネットに限った話ではなくて、優しさと人とのつながりでしか解決しない。実のコミュニケーションこそ大事だから。それを最近は雑にしてんだよね」

――誹謗・中傷するユーザーはどんな心理なのでしょうか。

内田「依存にも近いのかな。攻撃的なことを言ったりしてアテンション集められるとそれに酔っちゃうんじゃないかなと思います。それでみんなに注目されると高揚感が出るので。あとは人間には“防衛”というものがあって、攻撃的にすることが自分を守ることになっているのかもしれないです。はねつけるキャラで実は自信のない自分を守っている。わ~っと何かを言う人は実は自信のないところがある。コンプレックスとかその裏返し。だからと言ってやっていいわけじゃないよねって話です」

――誹謗・中傷される側の青木さんはどうですか。

青木「俺は本当にずっと誹謗・中傷にさらされてきた。いろんな人がいて、信頼に気付く場所でもあるんだよね。要は炎上したり、大きな負けをしたりで人が離れていく。すごく整理になる。俺は『こいつこのときこういうことしやがった』っていうのを克明に覚えていますね。逆に『こいつこのとき助けてくれたんだよな』っていうのもあります。

 話は少しそれるけど、貸し借りを大事にしているんだと思います。このとき助けてくれたから、絶対になにかあったら助けるって気持ちはずっと持ってる。地上波で長島☆自演乙☆雄一郎にいかれた時(2010年大みそか)にインターネットで『脱糞』って言われたんだよね。うんこ漏らしたって言われてそのワードがネットに駆け巡った。漏らしたか漏らしていないかって確認できないじゃん。それをずーっと言われて、その度に『この野郎』と思ってた。『お前は汚いやつ』『お前はずるいやつ』って言われるわけですよ。腕折って中指立てたのもいまだに言われるわけですよ。結局、時間が経って思うのはこれがあるおかげでまだご飯が食べられているんだなって」

内田「10年以上経ってそう思えるようになったんですね」

青木「でも、ちゃんと傷ついたというか、人を信じられなくなりましたよ。あの当時もやっぱり理屈が通っていない叩き方をした選手もいるんですよ。それはいまだに覚えてるもんね。誰とは言わないけど」

内田「(やられた側は)忘れないですよね」

青木「俺も人を叩くというかいじる。いじってても必ずその人が上がるようにする。愛は持ってる。好きじゃなきゃやらないもん。本当に『死ね』と思ったらいじらないよ。いじったら必ず最後は上げるからね。俺は逆張りとか天邪鬼だねって言われるけど、『これみんなで叩いたら危ねぇじゃん』っていう視点がある。インターネットいじめ、するじゃん。犬笛吹いてみんなで叩くじゃん。『これあぶねぇぞ』っていうのは何件かある。そういうとき、俺は逆いく」

内田「ネットいじめで不幸になってしまっている事例も実際にありますよね。免疫がない人ほどそうなる可能性もありますしね」

青木「自殺とか本当にダメージを食らうって本当に多いじゃん。“ない話”では全くないから俺は危ないと思うんだよね」

内田「炎上やネットいじめの被害者になるような強烈な経験は精神疾病の引き金になることが十分にあるので、すごい人の人生を左右するかもしれない。誹謗・中傷は安易に反射的にすべきではないです。リポストとかも反射的にせず、1秒でも2秒でも待つ優しさがほしいですね」

(※)令和5年「労働安全衛生調査」(厚生労働省)の「個人調査」の結果は82.7%。

心療内科医・内田さやか氏【写真:本人提供】
心療内科医・内田さやか氏【写真:本人提供】

いまからでもできるメンタルケア「動物であればみんな一緒」

――すぐできるメンタルケアはどんなものなのでしょうか。

内田「いままで話したこともそうなんですけど、もっとベーシックなことを言うと『食う・寝る・遊ぶ』です。食べられているか、逆に過食していないか、寝られているか。20時間寝ているのはそれはおかしいし、疲れてるのに寝られないのもおかしい。余暇時間がないくらい忙しいのもおかしいし、楽しめていたことが楽しめなくなっちゃうの変。これって万人に当てはまることで、動物であればみんな一緒みたいな感覚です」

青木「動物なんだよね。だからさ、格闘技選手は死ぬまで病まねぇじゃん。くだらないんだけど、格闘技練習すると疲れるじゃん。寝ざるを得ない。飯も食わなきゃいけない。自然と食う・寝る・遊ぶができてるんだよ。だから最終死ぬまでやめないんだよ」

――武尊選手のパニック障害告白は意義のあることでした。

内田「はい。フィギュアスケート、新体操、陸上とか体重やプロポーション厳しい芸術性の高い競技だと『食う・寝る・遊ぶ』の食うがコントロールされてしまう。自分らしく整えたいもののはずなのに……だからキツイんですよ。体操の選手だと減量などで摂食障害になるケースもあるんです」

青木「格闘技でも減量して落ちなくなって『もうダメ』って究極の選択をすることもあるよね。追い詰められたこともあるし、減量するとメンタル的に落ち込むから冷静な判断ができないんだよ」

内田「ストレスって心理だけの話ではなくて、ストレスかかると人間って心拍数上がったりとか血圧が上がったりするんです。消化機能が落ちるとかもあるんで、そんな急激なストレスを試合中に与えるのは良くないだろうなとは思いますね」

青木「スポーツってなんのためにやるのって話だよ。日本のスポーツって教育なんですよ。学校スポーツだから。例えば空手、柔道は『礼儀正しくなる』とか教育ベースで打ち出される。だからどうしても精神性が高くなっている。そうでありながら競技でもある。本来のスポーツって豊かさを得るためのもの。何のためにやっているのかが問われている気がする。一番最初にこの軸がないと事故が起きる気がする。軽くして綺麗にしてどうしても勝ちたいからやるわけじゃない。豊かさを求めるためにやるならまた違う取り組みになってくるよね」

――どうしても金メダルを獲ることが目標の人はどう見えていますか。

青木「『勝つことが豊かさです』って言われたらそこまでなんだけど、そもそもスポーツは勝つためにやるものじゃなくて、豊かになるためにやるっていう打ち出しがまず大事だと思う。それをやった上で勝つことが豊かさになるのはいいと思う」

――最終的にストレスとどう向き合えばいいと思いますか。

青木「ストレスと向き合うのはなかなかできることじゃない。でも、必ず勝たなきゃいけないとか、どうにかしなきゃいけないっていうマインドからの脱却じゃないですかね。勝ち負けはあるけど、いい結果とか悪い結果とかどっちもないから。『負けたら良くない』『勝ったら良い』って自分が思ってるだけじゃん。フラットでいいんです。自分が思った感情をそのまま受け入れられればいいよね」

内田「ちゃんと自覚的になる。ストレスって怖いし嫌だけども、ある程度自覚的になって、ストレスを悪者にばかりしすぎない方が良い。ある程度のプレッシャーがあってこそいいものができる。格闘技選手もプレッシャーゼロでリングに上がったら危ないはずなんです。注意力、緊張がないってとても危ない。ストレスは危険察知のために我々に備わっているものなので、無自覚ではなくてある程度気づいていったほうがいいかなと。多すぎたら逃げるのもいいし、人と一緒に対処考えてみようとか手立てはいっぱいあるので」

□青木真也(あおき・しんや)1983年5月9日、静岡県生まれ。第8代修斗世界ミドル級王者、第2代DREAMライト級王者、第2代、6代ONEライト級王者。小学生時に柔道を始め、2002年には全日本ジュニア強化指定選手に。早稲田大在学中に総合格闘家に転向し03年にはDEEPでプロデビューした。その後は修斗、PRIDE、DREAMで活躍し、12年から現在までONEチャンピオンシップを主戦場にしている。これまでのMMA戦績は59戦48勝11敗。14年にはプロレスラーデビューもしている。文筆家としても活動しており『人間白帯 青木真也が嫌われる理由』(幻冬舎)、『空気を読んではいけない』(幻冬舎)など多数出版。メディアプラットフォーム「note」も好評で約5万人のフォロワーを抱えている。

□内田さやか 産業医、労働衛生コンサルタント、心療内科医、公認心理師、ビジョンデザインルーム株式会社・代表取締役社長、SAHANA Retreat Clinic 院長。2012年、日本医科大医学部卒。東邦大学医療センター大森病院にて心身医学を学ぶ。社会課題、職域の健康施策への関心から15年に独立。16年にビジョンデザインルーム株式会社を立ち上げ、これまでに20社以上の産業医を歴任。労働環境の改善、メンタルヘルスケア、ウィメンズヘルスの啓蒙活動に注力し、社内研修、地方自治体での研修講師も務めている。19年よりSAHANA Retreat Clinicを開業。22年より日本産業衛生学会代議員。23年よりNPO法人日本人材マネジメント協会執行役員。

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