邦画に増えた「映適」マークって何? 『新米記者トロッ子』など8月末で20本公開、変わる映画界の働き方

最近、日本映画に「映適」マークを見つけた人も少なくないだろう。これは映画制作に携わる人材の就業時間、安全、ハラスメントなど体制整備が基準に適合していることを示している。認定を行っているのが、昨年4月に事業を開始した一般社団法人「日本映画制作適正化機構」(理事長・島谷能成)だ。映適とは何か、どんな取り組みをしているのか。

映適認定された『新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!』の一場面【写真:(C)2024「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」製作委員会】
映適認定された『新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!』の一場面【写真:(C)2024「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」製作委員会】

1年5か月で申請89本 最多は東映グループ作品

 最近、日本映画に「映適」マークを見つけた人も少なくないだろう。これは映画制作に携わる人材の就業時間、安全、ハラスメントなど体制整備が基準に適合していることを示している。認定を行っているのが、昨年4月に事業を開始した一般社団法人「日本映画制作適正化機構」(理事長・島谷能成)だ。映適とは何か、どんな取り組みをしているのか。(取材・文=平辻哲也)

 青春もの『新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!』、特撮ヒーロー『爆上戦隊ブンブンジャー 劇場BOON! プロミス・ザ・サーキット』『仮面ライダーガッチャード ザ・フューチャー・デイブレイク』、ホラー『あのコはだぁれ?』、アクションサスペンス『逃走中 THE MOVIE』、政治コメディ『もしも徳川家康が総理大臣になったら』……。

 これらタイトルは現在、公開中の邦画。ジャンルは異なるが、エンドクレジットに全て「映適」マークが入っている。これは制作現場での作業環境が適切に行われたことを認定した証。具体的には1日最大13時間以内などの就業ルール、ハラスメントに関する体制が整備され、適切に運用されたことを示すものだ。

「今年の8月末時点までに映適マークが入った作品がすでに20本ほど公開されました」と話すのは、映適の事務局長の大浦俊将さんだ。

 大浦さんは元プロデューサー。1995年に東宝株式会社に入社し、ビデオ営業などを経て、98年に東宝映画に出向し、制作、企画を担当。『ゴジラ FINAL WARS』(04年)などゴジラのミレニアムシリーズに関わり、豊川悦司主演の『愛の流刑地』(07年)ではプロデューサー、広末涼子主演の『ゼロの焦点』(09年)では企画プロデューサーを務めた。2010年に本社復帰後は契約業務に携わり、「TOHO animation」の体制整備に関わるなど制作現場の実情、労働法務にも詳しい。

「私が制作現場にいた頃は、映適の基準に比べると、少し労働時間をオーバーしている感じはあったと思いますが、労働組合もあったので、現場で社員スタッフが集まって『いつまで撮影するのか』を話し合う場面もありました。ただ、社員監督なら、そういう話し合いもできるのですが、当時は外部から監督が来て、社員スタッフが少なくなっている端境期でもありました」

 以前と違っているのは、制作現場の環境が適正であるか、世間の関心が集まっていることもある。そんな中、映適の役割はますます大きくなっていくだろう。

「それは強く感じています。日用品や食料品の業界では『フェアトレード』という言葉が使われています。例えば、コーヒーの多くは発展途上国で作られていますが、いくら安価な豆でも、生産者が搾取されて生産されたものは買いません、という消費者の方は多いと聞きます。映画業界でも、面白ければ良いという段階から、制作過程を気にされる方は増えてきたかもしれません」と大浦さん。

「映適」誕生のきっかけは2019年に経済産業省が実施した「映画制作現場の実態調査」だ。同調査ではフリーランスがスタッフ全体の7割以上を占め、労働状況、安全管理、契約書・発注書の不交付など多くの問題点があることが指摘された。個人事業主のフリーランスは雇用関係ではないとされるが、実態に「労働者性」が認められる可能性があると指摘された。この場合は労働関係法令を遵守しなければならない。

 当時の「日本映画製作連盟」(映連)の岡田裕介会長(故人、20年11月死去)はこれを重く受け止め、映画界を持続的に発展させるためには制作現場の適正化が必要だと考え、制作プロダクションの集まり「日本映画製作者協会」(日映協)、8つの職能団体からなる「日本映像職能連合」に呼びかけ、3団体が協議の末に映適が発足した。

 映適が手掛ける機能は2つ。一つは映画制作に携わる人材の就業関係・取引環境の改善を目的とした審査機能=作品認定制度(映適マーク)、もう一つは、フリーランスを中心にスタッフの処遇改善・人材育成を支援するスタッフセンター機能だ。

 年間、劇場公開される実写邦画は約350本。公開期間の短いインディーズ映画やドキュメンタリーを除き、日本アカデミー賞の選考対象となる実写映画は、2023年で115本。映適では本年度70本の申請・認定を目指している。

「映適スタート時の記者会見で、島谷理事長は、初年度は20本くらいと言っていたんですが、事務局としては事業計画上、40本で見込んでいました。実際には初年度3 月末時点でそれらを上回る60本の申請があり、1年5か月現在で89本まで申請本数が増えました」

 現在33作を認定し、56作を審査中。却下した作品は1本もない。審査に当たっているのは、制作経験のあるベテラン2人。クランクイン前、クランクアップ後、仕上げ終了の3段階で審査に当たり、審査料は25万円(総製作費1億円超)、20万円(同5000万円超~1億円以下)、10万円(同5000万円以下)となっている。

「週1本ペースなら50本審査できると考え、当初の審査員は1名でした。初年度は60本の申請で、なんとか1人で賄えたのですが、2年目になって、申請が増えることを想定して、6月から1名増員しました。基本的には自己申告制で、予定表、日報と照らし合わせて、チェックしています。申請作業の担当者にとって『一番手間のかからない方法で提出してください』とお願いしているので、共通のフォーマットはありませんが、日報などはフリーランスのメインスタッフにもチェックしてもらって提出する仕組みです」

 映適がホームページで公表している認定作品は28作品。記念すべき認定1号は映画「仮面ライダーギーツ 4人のエースと黒狐」(23年7月公開)。東映会長だった故・岡田裕介さんの肝いりとあって、東映グループ製作作品が12作と最多だ。特撮ヒーローものは親子で鑑賞するファンも多い。映適マークがあるのは、安心の一つにもなっているのではないか。

映適認定作品(認定順)

映画「仮面ライダーギーツ 4人のエースと黒狐」(東映/東映テレビ・プロダクション)
映画「王様戦隊キングオージャー アドベンチャー・ヘブン」(東映/東映テレビ・プロダクション)
Vシネクスト「仮面ライダーギーツ ジャマト・アウェイキング」(東映/東映テレビ・プロダクション)
『仮面ライダー THE WINTER MOVIE ガッチャード&ギーツ 最強ケミー☆ガッチャ大作戦』(東映/東映テレビ・プロダクション)
『ルート29』(ハーベストフィルム)

『六人の嘘つきな大学生』(東宝/KADOKAWA)
『邪魚隊/ジャッコタイ』(東映ビデオ/東映)
『恋わずらいのエリー』(松竹/松竹撮影所)
『鬼平犯科帳 血闘』(日本映画放送/松竹)
『九十歳。何がめでたい』(TBSテレビ/スタジオブルー)

『特捜戦隊デカレンジャー20th ファイヤーボール・ブースター』(東映ビデオ/東映)
『雪の花-ともに在りて-』(木下グループ/松竹撮影所)
『新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!』(東映ビデオ/レオーネ)
Vシネクスト「王様戦隊キングオージャーVS獣電戦隊キョウリュウジャー」(東映ビデオ/東映テレビ・プロダクション)
Vシネクスト「王様戦隊キングオージャーVSドンブラザーズ」(東映ビデオ/東映テレビ・プロダクション)

『Cloud クラウド』(日活/ジャンゴフィルム)
『GEMNIBUS vol.1「ゴジラvsメガロ」「knot」「フレイル」』(東宝/AOI Pro./白組/virgin earth, inc.)
『映画 おいハンサム!!』(日本映画放送/ヒント)
『スオミの話をしよう』(フジテレビジョン/エピスコープ)
『もしも徳川家康が総理大臣になったら』(東宝/TOHOスタジオ)

『逃走中 THE MOVIE』(フジテレビ/フジクリエイティブコーポレーション)
『本心』(ハピネットファントム・スタジオ/リキプロジェクト)
『カーリングの神様』(文化工房)
『あのコはだぁれ?』(松竹/ブースタープロジェクト)
『恋を知らない僕たちは』(松竹/松竹撮影所)

『仮面ライダーガッチャード ザ・フューチャー・デイブレイク』(東映ビデオ/東映テレビ・プロダクション)
『爆上戦隊ブンブンジャー 劇場BOON! プロミス・ザ・サーキット』(東映ビデオ/東映テレビ・プロダクション)
『十一人の賊軍』(東映/ドラゴンフライエンタテインメント)
(映適ホームページより作成)

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