「怒られるといなくなる」 師匠・堀田が語る引退直前“悪魔”の新人時代「何もかも舐めてる感じ」
“令和女子プロレスの悪魔”こと中島安里紗が引退する(8月23日、後楽園ホール)。中島は、全日本女子プロレス出身者の堀田祐美子、下田美馬らに師事し、AtoZでデビューを果たしたが、当時から型破りな存在感を発していた。そこで今回は師匠・堀田を直撃し、当時の様子を聞いてみた。
いきなり『引退』を選んだのは(中島)安里紗らしい決断
“令和女子プロレスの悪魔”こと中島安里紗が引退する(8月23日、後楽園ホール)。中島は、全日本女子プロレス出身者の堀田祐美子、下田美馬らに師事し、AtoZでデビューを果たしたが、当時から型破りな存在感を発していた。そこで今回は師匠・堀田を直撃し、当時の様子を聞いてみた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)
「首の調子が良くないとは聞いていたけど、『引退』って言葉はもうちょっと後かなと思っていたし、あれだけのキャリアがあれば、だましだましやることはできたと思うのに、いきなり『引退』を選んだのは(中島)安里紗らしい決断かなとは思います。あの子の性格上、ハッキリしているから、『引退』と聞いた時には心が痛くなったというか、グサッと刺さりましたね」
中島の師匠である堀田は淡々とそう語った。中島と堀田が初めて出会ったのは、堀田らが全日本女子プロレスを退団して立ち上げた、AtoZの新人オーディションの会場だった。
「彼女が15歳の時でしたね。こっちとしては新人が来てくれるのはうれしかったですよ。(中島)安里紗はオカッパ頭の田舎の女の子でした。この話はいつも中島と酔っ払った時に話すんですけど、『ホントにお前はブサイクだったな』って(笑)。本人は『ヤメてくださいよー』なんて言いながら一緒に飲むんですけど、その頃の安里紗は顔中にニキビがブワーッとあって、太っていて。あのカラダを見たら、運動だってしていなかったと思う。だから何もかもがなめている感じでしたよね(苦笑)」(堀田)
堀田いわく、AtoZは比較的ビジュアル重視の団体だったという。
「だから、容姿がそこそこよければまた考えたかも知れないけど、とにかくブサイクだったし、かといって運動ができたりすれば合格させて育てることも考えたのに、腹筋も背筋も5回できなかったと思います。腕立て伏せに関しては1回もできなかった。『何しに来たの?』って感じでしたよ。たぶんまだ15歳だったし、何も分からずに軽い気持ちで来たんでしょうね。プロレスそのものも分かっていなかったのかな。ボケッとしていて何もできないし。下田と、『これは落とそう』って話して、『その気があるなら1年後にまた来なよ』って帰したんですけど、絶対に来るわけがないと思っていたら、1年後にまた来たんですよ。だから下田から『あの子、また来たね』って聞いて驚きましたね」(堀田)
しかも、その時の中島は1年前と違ってカラダを絞り、腹筋や背筋など項目をクリア。「そこまで有望という感じはしなかったけど、1年間の成長が見られたから、その点を評価して取ったんですよ」(堀田)
ところが、入門させてからが大変だった。
シードリングとの出合いが“悪魔”の良さを引き出した
「中島は練習で注意するとふてくされるんですよ。よく下田には怒られていましたね。『あんたさあ、やるのかやらないのかハッキリしろよ!』って言っても返事をしないし。だから『ふざけるなよ』って言ったら、バーっていなくなるんです。勝手にリングを降りちゃって。だから(中島の直接の先輩だった)阿部幸江に『どこ行ったの? 探して来て』って言ったら、しばらくして阿部が『トイレにいたんですけど、出て来てくれません!』って泣きながら報告してくるんですけど、『なんであんたが泣いているんだよ!』って。そんな思い出がありますね」(堀田)
中島の大物ぶりを感じさせる話は他にもある。
「事務所に行くじゃないですか。例えばその時、たまたま横になっていたとしても、もうすぐ先輩が来そうだなってなってドアを開ける音がしたら、パッと起き上がって、『おはようございます』ってあいさつするじゃないですか。だけど中島は平気で横になってましたからね」(堀田)
中島は当時から型破りな新人だったようだ。
「だから、今の中島安里紗は想像つかないです。あそこまでなるとは思わなかったし。それと中島はその頃からとげがありましたよ。ただ、根性はあったんでしょうね。我の強さというか」(堀田)
結局、中島はAtoZに2年間所属し、団体が活動を停止してからはJWPに身を寄せ、フリーになったりもしながら、それなりに女子プロレス界で存在感を示し始めていた。
「まだ我の強さは抜け切ってない感じだったけど、それが取れたらいいなとは思ってましたね。一時期はそれがマイナスに出ちゃっていると思ったから。プロレスにしてもガチンガチンと痛いことをすればいいだけ、みたいな。たぶん、安里紗が(2017年に)シードリングに入ってから、『心でプロレスを』というか、『気持ちでプロレスをするんだ』ってことが、ようやくリング上に出てきたというか。大人になって周りも見えるようになってきたのかな」(堀田)
師匠である堀田は、シードリングとの出合いが、中島の良さを引き出したと見ている。
「中島は、もっと早く人気が出てもよかったけど、結果的にはシードリングに入ってから、本物の選手になっていったのかな。シードリングにはみんなが一致団結してまとまりましょうっていう雰囲気があったんでしょうね。そこに中島の空回りしていた気持ちが収まったんじゃないですかね。だけど、中島の当たりが強かったとしても、ホントに強い選手だったら、『中島、やってやるよ』みたいな子がもっともっと出て来たらいいだけなんだけどね。そういう子がいたら、たぶん、もっともっと人気になっていたと思うけど、そこまでカラダを痛めてでもやれた中島はすごいと思いますよ。私もこの前、シードリングの会見に出たけど、そこにいたみんなが、『中島の強い当たりで強くなれました』って言ってたじゃないですか。だから本来は、それを知れば知るほど、もっともっと選手としての幅が広がっていくと思いますけどね」(堀田)