インティマシー・コーディネーター第一人者、西山ももこさんが見た『先生の白い嘘』現場の問題点「ノーを言うことは時に難しい」

映画『先生の白い嘘』(公開中)で三木康一郎監督(54)が、主演の奈緒(29)サイドからの「インティマシー・コーディネーター(IC)を入れて欲しい」との要望を断ったことが物議を呼んでいる。綾野剛主演の『花腐し』(2023年、荒井晴彦監督)、テレビ朝日系ドラマ『東京タワー』(24年)、『湖の女たち』(24年、大森立嗣監督)などを担当したICの西山ももこさん(44)は今回の件をどう見たのか。

インティマシー・コーディネーターの資格を持つ西山ももこさん
インティマシー・コーディネーターの資格を持つ西山ももこさん

インティマシー・コーディネーターの現場での役割も具体的に紹介

 映画『先生の白い嘘』(公開中)で三木康一郎監督(54)が、主演の奈緒(29)サイドからの「インティマシー・コーディネーター(IC)を入れて欲しい」との要望を断ったことが物議を呼んでいる。綾野剛主演の『花腐し』(2023年、荒井晴彦監督)、テレビ朝日系ドラマ『東京タワー』(24年)、『湖の女たち』(24年、大森立嗣監督)などを担当したICの西山ももこさん(44)は今回の件をどう見たのか。(取材・文=平辻哲也)

 ICはヌードなどの体の露出、性描写のあるシーンに立ち合うコーディネーターで、現場を安全に導く専門職。米ロサンゼルスに本拠地を持つ団体「IPA(Intimacy Professionals Association)」が資格を認定しているが、日本の有資格者は数人しかいない。もともとロケコーディネーターだった西山さんは20年に資格を取得し、約4年間で映画、ドラマ、舞台など約50本に携わっている。

「最初の1年目(20年)は1本だけ。資格のトレーニング中も、正直、これ仕事になるのは、まだまだ先だろうなと思いました。ところが、この2年はICの起用がスタンダードになってきたと感じます。現在は常に5、6本が同時進行しています。私は映画以外に地上波のドラマが多いので、常に何かしらが動いている感じです。地上波のドラマでは性描写や体の露出の制限がありますが、それに関わらずICが入る現場が増えたのは、放送後の配信の影響ではないかと思います。肌の露出が多いサムネイル写真を使うと、視聴回転数が増えるというのを聞いたことがあります」

 今回の一件はX(旧ツイッター)のリポストで知った。過去にENCOUNTの取材も受けている西山さんは「原稿確認した際に、これがネガティブに受け止められると気づけなかったのか、と思いました。ただ、今まで見えなかったことが可視化されることが業界にとってはすごく大事なこと。変化のきっかけとなると思います。だから記事には感謝しています」と話す。

 さらにこう続ける。

「文章をチェックする方にはもっと危機感を持ってほしい。自分たちで判断できなければ、専門家に見せるなどをして、台本の中のセリフ、宣伝の文言、インタビューの発言などをちゃんと確認してほしい。どんなに丁寧に作品を作っていても、そこで表現を間違えたことで視聴者、観客の気持ちが離れてしまうと思います。なんでこれが出ちゃうんだろうと思うことが多いんです。そこに意図や狙いがあるわけではなく、無意識だからこそ問題だと思います」

 インタビューでは三木監督はICを入れなかった理由として「間に人を入れたくなかった」と語っているが、西山さんはどう考えるか。

「間に人を入れることをためらう監督がいるのは想像がつきます。実際に自分たちがどこまで役者とシーンについて話していいかという質問は多いです。ただ、40代になった私でも、パワーダイナミックが存在する中で、ノーを言うことは時に難しいと感じます。『大丈夫ですか』と聞かれたら、『大丈夫です』としか言いようがない。監督は、ご自分の持っているパワーに無自覚なのだなと思いました」

 西山さんのICとしての製作現場での動きはこうだ。

「まずは監督にシーンの意図やイメージなどをヒアリングします。監督によっては明確な演出があって、人形を使ったり、絵コンテを書いて動きを説明してくれる時もあれば、話し合いながら一緒に作っていくこともあります。その監督のイメージを役者に伝えて、『これはOK』『これはNG』『ちょっと避けてほしい』などと伺い演出、プロデューサーに戻します。この情報を共有するのは監督、プロデューサー、助監督のチーフなど最小限の人数にとどめています。そうして、現場にも立ち会い、確認をしていきます」

 俳優たちに強調しているのは、「私(IC)に気持ちなどを言ったことで、あなたが不利益になることはないし、今大丈夫と言ってもやはり時間がたっていやだと思ったら、いつでも言って。一度自分でいいと言ってしまったからといって、もうやるしかないんだとは思わないでね」ということ。現場では何度も繰り返し伝えているという。

ICは現場での作業効率も意識「テイクが増えることで役者に負担」

 当初は自分自身もICとして入ることが現場のメリットになるのか、と自問することもあったという。

「プロデューサーにも聞いてみたんです。彼らが言っていたのは、今まで全部自分たちがやっていたことを任せられるのがいい、と。今まではふわっとしたイメージしかなかったものが事前にクリアになっている。監督の中にも、役者に気を使って言えなかった部分もあったので事前にコミュニケーションが取れていることで、現場がスムーズに進むようになった、すごく楽になりました、と」

 俳優だけではなく、そのシーンの見え方などについて事務所への確認も現場では西山さんが担うため、演出部スタッフも撮影に集中ができる。

『先生の白い嘘』の製作委員会の説明ではインティマシー・シーン撮影時は、絵コンテによる事前説明を行い、撮影カメラマンは女性が務め、男性スタッフが退出するなど、細心の注意を払ったとしているが、西山さんは「女性スタッフで集めたから、言いやすいとも限りません。シーンにもよりますが、女性以外の役者もいます。例えば相手役が男性の役者の場合はそちらには配慮をしなくてもいいのかなど疑問に思います。スタッフのジェンダーも大切だが、それだけで考えると作業効率が落ちる場合もあります」と指摘する。

「スタッフのジェンダーに縛られ、チーフレベルのスタッフが立ち会えない時に、効率が落ち時間がかかる、テイクが増えることも想定できる。その方が役者に負担が掛かると思います。性別だけで決めると言うより、『一番スムーズにいく体制にしてください』と伝えています。ただそこも含め演じる役者に聞いた方がいいし、最小人数で行い、そこにいるスタッフなどに対し疑問やリクエストがある場合はいつでも言ってねと伝えています」

 インティマシー撮影では、女性へのケアという部分に目を奪われがちだが、役の大小、性別に関わらず、すべてのコーディネートを担当する。

「メインキャストだけと思っていらっしゃる方も多いんですが、役の大きさは関係ありません。どのジェンダーの方に対しても同じです。性暴力、暴力を振るうなどのシーンでは、加害者を演じる男性側にも負担が大きいんです」

 今回、ICという職業が注目されたことには戸惑いもあるという。

「私はこの数日間、Xを見たくない、でも見てしまうというのを繰り返していました。というのも、日本ではICをやっている人は数人しかいないので、自分のことを言われているような気がして、重荷に感じました。私自身はスーパーヒーローではないので、全てを解決できるわけではありません。インティマシー・コーディネーターの役割は、あくまでも安全に円滑できるように現場をコーディネートすること。私自身はメンタルヘルスの専門家ではないので、精神的な部分でできることは限られています。そこは安全のために切り分け、専門家が必要だと感じています」

 最近では、心理士を入れて、俳優のケアやスタッフの相談窓口までチームとして活動する機会も増えている。今月29日には自身が代表社員を務める「セーフセットジャパン合同会社」を設立。より安全に安心に撮影を行うために専門家を集め、(1)インティマシーコーディネーター、(2)ハラスメント対策、(3)表現考査(文言チェックや監修)、(4)セットカウンセラー<心理士オンセット>、(5)プロダクションサービスの5つの軸で展開していくという。

□西山ももこ(にしやま・ももこ) 1979年8月23日生まれ、東京都出身。2001年、チェコの芸術大学に留学。帰国後の2009年、海外ロケコーディネート会社に就職、アフリカ専門のロケコーディネートを行い、2016年にフリーランスに転向。2020年、インティマシー・コーディネーターの資格を取得。著書に『インティマシー・コーディネーター 正義の味方じゃないけれど』(論創社)がある。

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