学校健診で上半身裸に…担当医特定が物議 日本医師会苦言「一番困るのは子どもたち自身」

学校健康診断における脱衣を巡る議論が、ネット上で大きな話題を呼んでいる。先月20日、神奈川・横浜の公立小学校で実施された健診では、4~6年生の男女児童計約100人が、性別を分けた上で上半身裸で受診。これを問題視した一部の保護者がSNS上に学校名を公開、健診を担当した学校医が特定されるなど、波紋が広がっている。児童の人権に配慮した学校健診の在り方が求められる一方、現場の学校医からは本業との兼ね合いやリソースの問題を巡り、切実な声も上がっている。一連の問題について、公益社団法人日本医師会に見解を聞いた。

日本医師会館【写真:ENCOUNT編集部】
日本医師会館【写真:ENCOUNT編集部】

横浜の公立小学校で4~6年生の男女児童計約100人が、性別を分けた上で上半身裸で受診

 学校健康診断における脱衣を巡る議論が、ネット上で大きな話題を呼んでいる。先月20日、神奈川・横浜の公立小学校で実施された健診では、4~6年生の男女児童計約100人が、性別を分けた上で上半身裸で受診。これを問題視した一部の保護者がSNS上に学校名を公開、健診を担当した学校医が特定されるなど、波紋が広がっている。児童の人権に配慮した学校健診の在り方が求められる一方、現場の学校医からは本業との兼ね合いやリソースの問題を巡り、切実な声も上がっている。一連の問題について、公益社団法人日本医師会に見解を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)

 学校健診は、児童生徒の疾病をスクリーニング(ふるい分け)し健康状態を把握するという役割と、健康課題を明らかにし健康教育に役立てるという2つの目的で行われる。文部科学省では今年1月、「児童生徒等のプライバシーや心情に配慮した健康診断実施のための環境整備について」という通知を発表。検査・診察時の服装について「正確な検査・診察に支障のない範囲で、原則、体操服や下着等の着衣、又はタオル等により身体を覆い、児童生徒のプライバシーや心情に配慮する」「必要に応じて、医師が、体操服・下着やタオル等をめくって視触診したり、体操服・下着やタオル等の下から聴診器を入れたりする場合があることについて、児童生徒等や保護者に対して事前に説明を行う」とのガイドラインを示した。

 この通知を受け、日本医師会では、待機時間の服装について触れた「原則着衣」という表現が、診察時にも服を着たままで問題ないといった誤解を招いてしまう懸念があるとして、「実際に学校医が診る際には、必要に応じて体操着などをめくって聴診器を入れる場合がある」と記者会見であらためて解説。診察時の服装については「全国で統一・均一のルールを示すことは難しい」としながら、学校から保護者への説明と合意、相互理解が必要なことなどを説いていた。

 一連の問題について、日本医師会の渡辺弘司常任理事は「前提として、学校医のなり手が不足しているという背景があります」と説明する。

「開業医や勤務医などの本業を持った医師が、地域医療のために学校側と非常勤職員として契約を結ぶのが学校医です。地域や診療科の種類によってかなりの開きがありますが、国から自治体への交付金は学校医1人につき1校あたり年間平均14~15万円程度。この中から支給される金額で、各学年ごとの学校健診の他、運動会や修学旅行といった行事への帯同など、年に10日程度の業務があります。多くの学校医は、本業と比較して決して十分とは言えない手当でも、地域医療のためにと引き受けていますが、専門の小児科医だけではなく、内科医が受け持っていることも多いのが実情です」

取材に応じた公益社団法人日本医師会の渡辺弘司常任理事【写真:ENCOUNT編集部】
取材に応じた公益社団法人日本医師会の渡辺弘司常任理事【写真:ENCOUNT編集部】

医師によって着衣のままでは正確な診察ができないケースも

 慢性的な人手不足の現状に加え、短時間で多くの人数を診なくてはならない特殊性も相まって、医師によって着衣のままでは正確な診察ができないケースも多いという。

「ただ心音を聴きとれるのと、正確な診察ができるかはまた別の話。服を着たままでも分かるという先生もいれば、そうではない先生も多く、全国で統一のルールを示すことは難しい。また、脊椎側彎(そくわん)症は着衣で診察の精度が落ちるのは明らかで、皮膚疾患においては実際に診ないと絶対に分かりません。アザの痕から家庭内での虐待が発覚するケースもあり、そういった子ほど脱ぎたがらないというジレンマもあります」

 過去には学校健診での疾病の見逃しから訴訟に発展したケースもあり、「そういったリスクもある以上、学校医としては少しでも見落としを避けたいというのが心情。全員が脱げとは言いませんが、中には脱がせて診なければいけない児童も当然いる。どうしても脱ぎたくないという場合に、絶対に脱ぎなさいという強要はしませんが、診られる範囲しか診ませんという同意を書面で取る必要はあるかもしれません」と問題が起こった際の対応を語る。

 ネット上では「学校医からの説明が足りないのでは」という声も上がっているが、「説明の義務は学校側にある」というのが日本医師会の見解だ。

「医師は通常の診療では患者に治療についての説明義務がありますが、学校医としての業務ではあくまで診察のみ。かかりつけ医と違って、子どもや保護者との信頼関係を築くのは難しく、そこを取り持つのが学校の責務です。学校側が脱衣の可能性を事前に通知したといっても、それがプリントを配っただけなのか、保護者はどこまで理解しているのか、あるいは小学生の児童本人にその説明が正しく理解できるのか。学校やそれぞれのご家庭の責任の所在を棚上げして、学校医を責めるのはどうなのか」

 すべての児童に上半身裸となることを求めたとされる今回の事例については「学校側からどの程度の説明と合意があったのか確認できない以上、個別の事例は判断できない」としつつも、担当した学校医が特定までされてしまう現状には懸念も口にする。

「本業の時間を割かれ訴訟のリスクまで背負った上に、こうしたことまで起こってくると、『やってられない』という学校医の本音ももっともではないでしょうか。ごく一部の方のお気持ちで学校健診がなくなったら、一番困るのは学校や保護者、何より子どもたち自身。子どもたちには学校健診をしっかりと受けて、安心して学校生活を送ってもらいたい」

 児童の人権に配慮した学校健診の環境整備が求められる一方で、優先順位は何かを考え、感情的になることのない冷静な議論も求められている。

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