賃貸暮らし「今住んでいる部屋を買いたい」 オーナーと直接取引は可能か? 弁護士に聞く注意点
都心の新築マンションの平均販売価格が1億円を超える中、マンションを買いたくても買えない人が増えている。同時に、中古マンションの価格も上昇しているため、長く賃貸生活から抜け出せないという人もいる。そんなとき、「もし今借りている部屋をオーナーから安く買うことができたら……長年家賃も払っているし」と頭をよぎる人もいるだろう。不動産の仲介業者を介さず、部屋の持ち主と直接交渉するということは可能なのだろうか。弁護士に聞いた。
「では、5000万円でお譲りします」 売買契約を進めることは可能
都心の新築マンションの平均販売価格が1億円を超える中、マンションを買いたくても買えない人が増えている。同時に、中古マンションの価格も上昇しているため、長く賃貸生活から抜け出せないという人もいる。そんなとき、「もし今借りている部屋をオーナーから安く買うことができたら……長年家賃も払っているし」と頭をよぎる人もいるだろう。不動産の仲介業者を介さず、部屋の持ち主と直接交渉するということは可能なのだろうか。弁護士に聞いた。
都内に住む40代の男性は、この夏、部屋のオーナーに一通の手紙を書くことを本気で考えている。分譲マンションの2DKを賃貸で借りて3年がたつ。3人家族で部屋はやや手狭だが、駅から近く利便性は抜群。本来ならもう少し広い新築・中古マンションを購入したい希望はあるものの、価格の上昇で手が出ない。居住エリアを郊外に広げても、いくら探しても物件が出てこなかった。そのため、現在住んでいる部屋の所有者である個人オーナーに連絡を取り、将来的に売却の予定があるかどうか確認したいという。
つまり、男性は契約している仲介の不動産業者を通さず、オーナーと部屋の売買について直接交渉したい意向だ。
オーナーは気前のいい人で、「もしかしたら相場より安く売ってくれるかもしれない」との願望も抱いているが、一方で、手紙を書くことによるリスクも懸念している。「強欲であるという悪い印象を与えて、賃貸契約を打ち切られたら……」との不安も持っている。
果たしてこのようなケースで、個人が部屋の本来の所有者であるオーナーと売買交渉を始めることは可能なのだろうか。
「不動産取引といえども、法律的に言えば、単なる売買契約の一種に過ぎず、買主や売主の属性に制限はなく、仲介業者を使うことも義務的ではありません。そのため、現在、物件の賃借人が賃貸人に対して物件の買い取り申入れをするということも問題ないといえます。ただし、商業的に反復継続(不動産を何度も売却すること)して不動産の売買を行う場合は宅建業に当たりうるため、その場合はこの限りではありません」
こう話すのは、弁護士法人 永総合法律事務所の菅野正太弁護士だ。
仲介業者を介すことは必ずしもメリットだけとは限らない。
「一般的には不動産取引は不動産仲介業者を入れて取引することが多いと思います。これは、一般的に取引の対象となる不動産自体が高額であることや、法令上の規制、不動産の詳細な現況の把握等、いわゆる『プロ』の手を借りて契約を進める方がトラブルを回避でき、安全であることが多いからです。他方で、仲介業者を介在させる場合は、仲介手数料(多くの場合売却価格の3%+6万円+税)がかかるため、費用負担が余計に生じてしまうことや、仲介業者のスタンスによっては、当事者の意思がなかなか反映されにくいこともあり得るため、自己取引を希望する場合があるというのも理解できます」と解説した。
手紙を出すというのはそのこと自体はとがめられる行為ではないと言える。では、仮に、オーナーが「では、5000万円でお譲りします」と合意した場合、売買契約を進めることはできるのだろうか。
「価格について合意できれば基本的な売買の枠組みはできているため、契約に進めることは可能です。ただし、当事者のみの場合、そもそも売値の5000万円が妥当であるのかをきちんと検証する必要があると思います。不動産業者に依頼すれば対象物件の簡易査定を無料で取ることができますし、インターネットなどの物件情報サイトを見れば周辺物件の相場などもわかるでしょう。また、『REINS Market Information』と呼ばれるサイトでは、実際に成約に至った物件事例を把握できるので、こうした情報から値段が適正であるかは確認すべきでしょう」
必ず相場を見て納得してから契約に進みたい。
ただ、契約書の作成は注意が必要だと指摘する。
「仮に値段が適正である場合は契約書の作成や必要書類の準備に進むこととなります。契約書の作成と一口にいっても、手付金の要否、所有権の移転時期、固定資産税の精算、抵当権の抹消、ローン利用の有無、その他法令上の物件負担の説明等、不動産の売買ではあらゆる事項をカバーする必要があり、これらの不備は即トラブルのリスクが生じるため、不動産仲介業者を頼まないにしても、司法書士等に契約書作成の相談をするべきといえます(不動産売買の場合、所有権移転登記などの必要があるため、いずれにせよ司法書士のアシストは必須でしょう)」
専門的な知識のない素人が自己判断で進めるのはあまりに危険。ぜひプロの手を借りたい。
手間や労力、そして万が一のトラブル…… 最も安心な方法は?
一方、菅野弁護士は、並行して賃貸契約をしている仲介の不動産業者にも報告することを勧める。直接取引が実は契約違反という可能性もあるという。
「売主の側であれ、買主の側であれ、そもそもお付き合いのある不動産業者がいるのであれば、売買契約の前に事前に相談をしておく必要があると思います。もし、不動産売買の取引に関連して専属専任媒介契約などを仲介業者と結んでいる場合は、当事者間の自己発見取引自体が制限されているため仲介業者との関係で契約違反になりかねません。
加えて、自己発見取引ができるとはいえども、不動産売買にかかる手間や労力、当事者間で契約の不備が生じた場合のトラブル解決のコストを考えれば、結局仲介業者に依頼するほうが労力もコストも安くすむことのほうが多いと思います。したがって、基本的には自分の判断でいきなり交渉を進めるのではなく、付き合いのある仲介業者に相談して売買契約を進めていくべきでしょう」と付け加えた。
交渉自体は否定しないものの、菅野弁護士は高額な不動産の売買では、さまざまなリスクを念頭に置くべきと主張する。オーナーから相場より高い提案を受けた場合は、そもそも交渉がややこしくなってしまうことも考えられる。トラブルの種はあちこちに転がっている。安心感があり頼れるのは、やはり仲介業者ということになる。
ただ、買取の申し出によってオーナーの心象を悪くしたばかりに、賃貸契約を打ち切られることはないそうだ。
「建物所有目的の賃貸借契約は、借地借家法で保護されており、今回の場合借家契約ですが、賃貸人側の更新拒絶や解約申入れには正当事由が必要とされています。何が正当事由にあたるかというのはもちろん事案にもよるのですが、貸主側であれば、一般的に建物の老朽化(に伴う建替え)であるとか、貸主自身が当該物件に居住する必要が生じた場合など、自己がその建物の使用を必要とする事情、その他契約の経緯等を総合的に考慮して決めるものですので、買取の申し出が気に入らないからといった感情的な理由で賃貸借契約を終了させることはできません。そのため、直接取引において、貸主の顔色をうかがう必要はありませんが、すでに述べたとおり、素人知識で不動産の売買契約を締結しようとするとかえってトラブルになるリスクがあるため、不動産取引に際しては仲介業者を付けることを原則とするほうが良いと思います」と結論づけた。