「IQ150超の神童」が夢破れて就職氷河期で苦難…27浪の末に慶大合格 なぜ“受験マニア”に?
「苦節27年、このたび慶応義塾大学一般入試に正規合格いたしました」。驚がくの大学受験に成功した人がいる。貧しかった家庭の事情で地方を転々とし、学生時代は東大・京大を目指す夢を断念。中堅の大学院を出たものの就職氷河期世代で、入社試験100社落ちを経験。社会人になってからは“大学受験マニア”として年間1000時間以上の研究・分析を重ねる傍ら、ほぼ毎年、試験会場に足を運んできた。今回、初チャレンジで栄光の慶応ブランドを勝ち取った。長い長い27浪を“卒業”し、春からは働きながらの“2度目の大学生”として通い始めるという。なぜそこまでして大学受験にこだわるのか。45歳男性の数奇な半生に迫った。
27浪の社会人 慶応・法政・関大などに次々合格 貫き通す『先づ隗より始めよ』の精神
「苦節27年、このたび慶応義塾大学一般入試に正規合格いたしました」。驚がくの大学受験に成功した人がいる。貧しかった家庭の事情で地方を転々とし、学生時代は東大・京大を目指す夢を断念。中堅の大学院を出たものの就職氷河期世代で、入社試験100社落ちを経験。社会人になってからは“大学受験マニア”として年間1000時間以上の研究・分析を重ねる傍ら、ほぼ毎年、試験会場に足を運んできた。今回、初チャレンジで栄光の慶応ブランドを勝ち取った。長い長い27浪を“卒業”し、春からは働きながらの“2度目の大学生”として通い始めるという。なぜそこまでして大学受験にこだわるのか。45歳男性の数奇な半生に迫った。(取材・文=吉原知也)
男性は東京・世田谷区生まれ。「IQ150超の神童」として幼少期は注目を集めたが、両親の貧困・仕事の都合で地方へ転居することに。「インターネットのない時代に進学校のない山間部地域で生活を送りました。中学受験で筑波大附属駒場中学校または開成中学校に入学し、東大などの超名門大学を受験するようなルートを描くつもりでした。しかし、家庭の事情によってその夢が絶たれました」。
現役受験生の時はそこまで背伸びしない受験勉強にとどめた。「1浪で日東駒専レベルの大学に合格。その後は同レベルの大学院を修了し、卒業後は氷河期ながら大手教育系企業に就職しました」。文章力には自信を持っている。教育学を専攻した大学院では入学して1か月で早くも修士論文を作成。「指導教員に見せにいったら、手直しをすればものになるとの評価をもらいました。論文は5万6000字ぐらいでした。私は文章を書くことはまったく苦になりません」と、さらりと言ってのける。
就職は苦労の連続だった。活字や文章に携わる仕事がしたいと、新聞メディア業界を志望。一般紙は筆記試験を全てパスし、スポーツ紙2紙の最終面接まで進んだ。しかし、あと一歩のところで涙を飲んだ。教育に関わる仕事に就き、妻も大学に社会人入学するなど、夫婦で学ぶことが好き。充実した社会人生活を送っている。
一方で、“受験への意欲”がくすぶっていた。捨て切れない思いをずっと抱えていた。大学に入学後も趣味で毎冬の受験にエントリー。社会人になってからも、「本命は東大・京大の大学院」を目標に掲げ、挑戦を続けてきた。
自他共に認める“入試のプロ”で熱烈なマニア。これまでの受験歴を聞くと、びっくり仰天だ。浪人数は便宜的に高校卒業時から通算したものだという。
「現役:東京理科大、東洋大、武蔵工業大(現・東京都市大)不合格
1浪:国学院大や日東駒専などに合格 早稲田大、明治大、法政大に不合格
2浪~6浪頃(大学生):主に早稲田大の一般入試、AO入試、編入学試験などを受験するもすべて不合格
7浪~24浪頃(社会人):主に東大の学部、大学院などを受験するもすべて不合格
12浪(社会人):早大教育学部に合格(30歳で社会人として脂の乗っている時期だったため入学辞退)
25浪(社会人):静岡大、独協大、日本大、東洋大、神奈川歯科大に合格(入学辞退)
26浪(社会人):同志社大、法政大、旭川市立大、千葉科学大に合格(入学辞退)」
そして、今回の“戦績”だ。
「27浪(社会人):慶応大、法政大、関西大、武蔵大、東京都市大、近畿大、順天堂大、北里大、東海大(医)に合格」
自身初受験となった慶応大の入試問題は、当日試験会場で初めて見た。過去問すらも閲覧したことがなかったという。それに英語が苦手という弱点を持っていたが、得意の必殺技を繰り出した。「英語はおそらく5割を切る点数だったと思います。それじゃあということで、小論文で思いっ切りぶちかましました。とてつもない点数だったのではないかと推測しています」と振り返る。
本命の東大・京大は毎年苦杯をなめてきた。慶応大には特別なこだわりは持ってはいなかった。正直、「人生経験のつもり」で記念受験のような感覚もあった。それでも、自らが設定していた基準を満たしていた。「『東大、京大、一橋、早稲田、慶応なら入学する』と決めていたので進学することにしました」。進学への決断の理由を明かした。
「27年間、年間1000時間以上、継続して趣味である大学研究をしました」
ここまでの熱中ぶり。受験勉強のメソッドはどんなものなのか。
まず、自身が研究家であることを強調。「私は全然勉強しませんが、異常なまでの大学へのこだわりで、大学情報や入試情報を調べることは苦ではなく、27年間、年間1000時間以上、継続して趣味である大学研究をしました。その中で、入試制度の変更で自分に有利そうなものがあれば受験に行くなどしていました」。こうして“狙える”大学を見極めて、出願をしてきた。
そのうえで、「受験で苦労したことは思いのほかありません。大学受験することが好きでしたし、他の人がゴルフや飲み会で楽しむように、私は大学受験を楽しみました。また、育ちが貧困家庭、非進学校出身で、学習習慣というものが身に付いておらず、それには苦労しましたし、最後まで直りませんでした。もう本当に、5分勉強したら5分休むようなそんな勉強のスタイルです。何時間も自主的に勉強したことなど人生で一度もありません」。いわゆる“ガリ勉”ではないという。
ウイークポイントの英語はどう補強したのか。
「英語はTOEIC400点台前半、英検2級にも落ちるレベルの苦手さで、東大と京大と大学院入試のために英語用の家庭教師を雇いました。院試は英文和訳だけ出題されるのでその対策のみの依頼内容でした。合間に受けた英検2級に合格したので、この合格を活用して法政大、関西大などは(英語資格・検定試験を利用する)英語外部試験方式で合格しています」。ある種の作戦勝ちで合格の実績を重ねてきた。
25浪だった頃、受験報告をしていたXのアカウント・えぐざま(@ut_examer)がバズるようになり、フォロワーが激増。「学部の一般入試は受けないのか?」というリクエストに応じた側面もある。SNSアンチからの悪意を持った書き込みもあるというが、フォロワーやユーザーの存在がいい意味の刺激になっているという。
何がここまで突き動かすのか。単刀直入に聞くと、こんな答えが。「私にとって、『取り戻す』が人生のテーマの1つなのです。つまり、『目の前にあったごちそうを取り上げられた感覚』です。クマは与えられた食事を取り上げられると、何キロも走って必死に取り返しに執着するそうですが、私の大学受験とはそのような感覚で、幼少期に取り上げられたものを取り返すのが目的です。学歴、教育環境、研究環境においてです」と言葉に力を込める。
ライフワークは「来歴を端緒とする学歴の経済格差・地域格差を研究していきたい」
東大・京大の大学院は「ゆくゆくは考えています。ぜひ行きたいです」。本命の夢は捨てていない。まずは、縁があって合格した慶応大のキャンパスライフだ。どんな学びを実現したいのか。テーマは明確にある。それは、日本の未来に必要なことだ。
「私は慶応大及び今後進学するであろう大学院で、来歴を端緒とする学歴の経済格差・地域格差を、後半半生として研究していきたいと考えています。経済格差はだいぶ知られてきましたが、地方にいるだけで大学進学率が低いなど学歴獲得が厳しい情勢であることはまだまだ知られていません。この研究を通じてそれらのことを世に伝え、格差を是正するような考察をしていければと思料しています」。強い信念が貫かれている。
大学一般入試の利点は「何歳でも受けていい。オープンに開かれているところにあると思います」。多様性が重視される時代に、「社会人が学んでいたって、私のような受験マニアがキャンパスにいたっていいじゃないですか。今の学生は、自分が浪人生であることを隠したがるという話を聞きました。異なる世代が関わり合って、いい意味で人が混ざり合ってぐちゃぐちゃになっている。これが大学だと私は思っています」。学問を追求し、貴重な人脈を構築できる。そんな大学の理想像を実現するために、自らが動くことを決めた。
「日本の大学は25歳以上の大学生が通信制や夜間部を含めても2%しかいないという、世界的に見ても極めてまれな国家です。リカレント教育・リスキリング教育、いわゆる学び直しが浸透していないことは、少子高齢化が進む中で重大な課題です。他国のように、社会人経験者がキャンパスに多数いることで、若い学生にも大人の視点やキャリア観を伝えていくことができ、双方がWin-Winな関係を築くことができます。そのような状況になれるよう『先づ隗より始めよ』の精神で、自分がまずその立場として、大学に入学して、役割を果たしていく所存です」。その決意表明は、日本の大学教育に輝きをもたらすだろう。