デビュー即人気グラドル→わずか5年で芸能界引退 20kg激太りも話題になった38歳・小阪由佳の今

元タレント・小阪由佳は、2004年にミスマガジンでグランプリに輝き、華々しくグラビアアイドルとしてデビューした。人気は急上昇。テレビ出演も重ねたが、突如、09年に芸能界を引退した。その後、20キロ増の激太りをした姿をブログに投稿。世間を騒がせた。15年の時を経て、彼女は昨年11月にグラビア復帰。デビュー時と変わらぬスタイルを披露した。芸能界を離れた後は、保育園事業を手がけるなどし、現在はタレントへのメンタルコーチ業、芸能プロダクション社長、自らのグラビア活動と多彩な顔を持つ。あの“激太り騒動”から15年。38歳になった小阪が、騒動の真相とその後をENCOUNTに語った。

小阪由佳は2020年にタレント事務所を立ち上げた【写真:本人提供】
小阪由佳は2020年にタレント事務所を立ち上げた【写真:本人提供】

引退後の15年前に騒動「洗脳されていました」

 元タレント・小阪由佳は、2004年にミスマガジンでグランプリに輝き、華々しくグラビアアイドルとしてデビューした。人気は急上昇。テレビ出演も重ねたが、突如、09年に芸能界を引退した。その後、20キロ増の激太りをした姿をブログに投稿。世間を騒がせた。15年の時を経て、彼女は昨年11月にグラビア復帰。デビュー時と変わらぬスタイルを披露した。芸能界を離れた後は、保育園事業を手がけるなどし、現在はタレントへのメンタルコーチ業、芸能プロダクション社長、自らのグラビア活動と多彩な顔を持つ。あの“激太り騒動”から15年。38歳になった小阪が、騒動の真相とその後をENCOUNTに語った。(取材・文=白川ちひろ)

――いきなりですが、15年前に激太りしてしまった理由を教えてください。

「当時、信頼していた女友達に裏切られ、週刊誌に売られて事実無根のことを書き立てられてしまったんです。当時は人間不信になり、精神的に追い詰められてしまい、芸能界からの引退を決意しました。以降、メンタルが安定せず、その女友達には奴隷のように扱われていました。それでも親友だと信じていたのは、今思うと洗脳されていたのでしょう。『あれ、買ってきて』と言われたら、走って買いに行く使いパシリにされていました」

――女友達には裏切られた上に、精神的に支配されたということですね。

「はい。何でも言うことを聞いていました。当時、引退したのに世間からの注目を浴びたいと思っていた私に対して、彼女は『今より20キロ太ったら、注目されるんじゃない』と提案したんです。そして、言われるがままにカツカレーにバターをのせた高カロリーなものをたくさん食べるなどして、別人のように太った姿をブログに載せました。その姿がネットで拡散され、あの激太り騒動になりました」

――その友達を恨む気持ちはないのでしょうか。

「どうなんでしょう。あの経験があったからこそ、人のせいにする考え方もなくなりましたし、それは良かったのかなと。その子も最初から私を陥れようとして近づいてきたわけではないと思うんですけどね。ものすごく落ち込んでいた私が、その子にプライベートなことをしゃべり過ぎたので、アドバイスをしていくうちに『利用できるかも』と思わせてしまったのかなと……。普通に考えたら、弱っている友達を洗脳して激太りさせて、そばにおいて使いパシリにしようとは思わないですよね。もしかしたら、彼女も何かで悩んでいたのか、嫉妬などもあったのかもしれません。そういった意味ではその方も辛い何かがあったのかなとは思います」

――では、騒動後のことを教えてください。

「高校の在学中にスカウトされて芸能界に入り、下積みもないままに売れてしまいました。社会人経験もなかったので、引退後も自分が何になりたいのかが分からなかったんです。そこで、もともと子供が好きだったのと、『保育士さんになりたい』という小さい頃の夢を思い出して、すぐ行動に移しました。保育士の資格はなかったので、保育補助としていくつも面接を受けたのですが、本名の小阪由佳でタレント活動をしていたので、ネット検索をされて『騒動の人』『不採用』が続きました。芸能活動をしていたことを隠して採用されたこともありましたが、すぐにバレてクビ。本気で本名を変えられないかを考えました。その状況でも、ある保育園に就職できて、子どもたちと関わったことでだんだん心が正常に戻っていき、私を洗脳していた友達の言っていることが『おかしい』と気づきました。そして、日に日にその方に不信感をいだきだすと、態度が生意気だと殴られました。それで完全に目が覚め、離れることができました。それからは連絡を取っていません」

――一般人として保育園に長く勤務していた聞いています。保育の現場に関わり、どのような活動をされていたのでしょうか。

「何年か勤務するうちに、当時の『保育』という環境が閉鎖的であることと、先生たちの人数と園児の人数の比率が合っていないことに疑問を感じました。子どもは1人1人性格が違うのに、規定で先生が面倒を見る子どもの人数比率を決められてしまう。夜になると先生は事務作業をしなくてはならないのに、親がお迎えに来なくて園に残っている子どもは1人遊びをしなきゃいけなくなる。そうしたことを見て、『この環境を変えたい』と模索し始めました。結果、『自分で保育園経営に関わるしかない』と思い、ご縁があって千葉県市原市の保育園をプロデュースする仕事に携わることになりました。そこから8年が経ち、体調を崩して保育園を辞めることになりました。ただ、法律の改正で保育園の環境が変わったこともあり、この時点で保育の仕事はやり切った思いになりました」

――その後、芸能人へのメンタルトレーナーを経て、2020年にタレント事務所を立ち上げています。

「タレントのセカンドキャリアを事業にしたらどうかと思い、100人以上のタレントの卵たちにアンケート取りました。芸能人になりたい知人もたくさんいて、『仕事がない』などと相談をされることがありました。その最中、引退前から仲良くしていた制作会社の方に、経営者交流会で再会。それをきっかけに仕事のオファーをいただき、それをタレントたちに渡していたら、『これ、芸能事務所じゃん』と思いました。そこから一念発起して、事務所を立ち上げました。事務所を設立後、今のタレント事務所はSNSでフォロワー数が多い子をスカウトするパターンが多いなと感じたんです。そして私たちの時代は、自分が何をしたいと決める間もなく、与えられた仕事だけをやっていました。将来のことを考える暇もありませんでした。そして、漠然と時間が過ぎました。中には露出が高い作品を嫌々出してしまうタレントさんもいました。後悔をしても作品の権限は事務所のもの。これってとても怖いことなんです。これからのタレントは、事務所の人形にならず、自分のしたいことを明確にして動いていくことが大事だと思っています」

YouTubeチャンネルも開設した小阪由佳【写真:本人提供】
YouTubeチャンネルも開設した小阪由佳【写真:本人提供】

昨年11月にグラビア復帰 「16時間断食」でダイエット成功

――昨年11月には、小阪さん自身もグラビアに復帰しました。

「当初は事務所の子たちに芸能活動についてアドバイスをしても、なかなか伝わらないことが多く悩んでいました。そんな時に『自分が背中を見せるのが一番速い』と思い、芸能界復帰を決めました。普段から体型維持には努めていましたが、グラビア復帰のための体づくりは、オートファジーで整えました。ダイエットは成功してリバウンドもしていませんが、今でもたくさん食べた後は、次の食事まで16時間空けるなどして調整しています。我慢すると窮屈な気持ちになるので、あえて食べたいものを買い、『明日になったら食べよう』と言い聞かせる。これなら頑張った自分を褒めながら、よりおいしくいただけるのでお勧めです」

――復帰と同時にYouTubeチャンネルも開設。今後、どのようなコンテンツを発信していく予定でしょうか。

「YouTubeは『所属タレントの個性を見せたい』と思ってスタートしましたが、まずは地盤を固めてからだなと思い、今は私がメインで出ることが多いです。目標は江頭2:50さんのチャンネルで、出演メンバーによる『ブリーフ団』のようにメインで私がいて、他のタレントも出演させる形です。そして、自社タレントの人気が出てきたら、その子をメインにした企画を出していきたいです。企画から撮影、編集などは、全てうちのタレントの花屋ユウが手掛けていますが、今の段階から『編集のクオリティーが高い』とYouTube業界の方からお褒めの言葉をいただいています」

 デビューから20年。紆余曲折あったものの、小阪は自分ならではの道を着実に歩んでいる。

□小阪由佳(こさか・ゆか) 1985年6月27日、神奈川県生まれ。高校在学中にスカウトされ芸能界入り。2004年、ミスマガジンでグランプリを獲得。グラビアアイドル、タレント、歌手として活動し、09年に引退。その後、保育事業や芸能人のメンタルトレーナーとして活動。22年、元俳優の男性と結婚。現在は芸能事務所cheer leadの代表として、YouTubeチャンネル『小阪由佳のまぢでリアフォー!?』の動画を日々発信。169センチ。血液型A。

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