松本人志側は文春側の「失敗待ち」か 気になる“薄い”訴状を弁護士が指摘「1つの裁判テクニック」
本日発売の週刊文春は「松本人志『5.5億円訴状』を公開する」と題した記事を掲載し、松本氏から届いた訴状の一部を公開した。松本氏は性加害疑惑をめぐる週刊文春の記事で名誉を傷つけられたとして、1月22日に発行元の文藝春秋社などを提訴。同誌によると、訴状が被告側に届いたのは今月15日だったという。元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は同誌の記事に書かれた訴状の中身から、気になる点を指摘した。
訴状の一部を公開した週刊文春の記事から読み解く
本日発売の週刊文春は「松本人志『5.5億円訴状』を公開する」と題した記事を掲載し、松本氏から届いた訴状の一部を公開した。松本氏は性加害疑惑をめぐる週刊文春の記事で名誉を傷つけられたとして、1月22日に発行元の文藝春秋社などを提訴。同誌によると、訴状が被告側に届いたのは今月15日だったという。元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は同誌の記事に書かれた訴状の中身から、気になる点を指摘した。
訴状到着を受けた週刊文春の記事を読んで、私はまずこう感じた。
「松本人志氏の訴状が薄い」
そもそも分量が比較的「薄い」。記事によると訴状はA4版で13ページ。同じく性加害報道が問題となったサッカー日本代表伊東純也選手が証言者の女性を訴えた裁判では、訴状は55ページだ。単純比較はできないが、名誉毀損裁判の訴状には、どの表現が問題かを示すため、記事の問題箇所がそのまま書き写されていることが多い。訴状が13ページしかないと、「文春記事のコピペ」以外の主張の正味の分量は限られているのではないだろうか。
内容面にも「薄さ」が気になる。松本氏の訴状には、事実の詳細が書かれていないようなのだ。松本氏は女性と個室で2人きりになったのか。キスをしたのか。全裸になったのか。「一体何があったのか」という具体的な事実について訴状は言及していないという。週刊文春にはこの点に「違和感を覚える」という専門家のコメントも掲載されていた。
ただ、この点は松本氏側の裁判テクニックの1つとも考えられる。「自分から積極的に事実を主張するのではなく、相手の失敗を待つ」という戦略だ。
文春側にも感じる「万全とは言えない」 鍵は複数女性の証言
名誉毀損の裁判を起こすとき、訴える側がしなくてはならないのは「週刊誌にひどいことを書かれて、名誉が傷ついた」という主張だけだ。その先の「記事は真実で、正当な報道といえるかどうか」については、報道機関側が証明する責任を負う。訴える側が「記事はウソだ」という証明をしなければならないわけではなく、報道機関側が「記事は真実だ」という証明に失敗したら敗訴、という仕組みになっている。
そこで松本氏側は今回の裁判で(1)とりあえず訴状では「記事はでたらめだ」とだけ述べておく(2)文春側からの「記事が真実だ」という反論や証拠を待つ(3)その反論の弱点を探し、文春側が証明に失敗するのを待つ という「待ち」の戦法をとろうとしているのかもしれない。
訴状には、文春記事は「松本氏が明らかに女性の意思に反して『無理やり』性的行為をした」という内容だったなどと主張されているようだ。松本氏のしたことが、女性の意思に「明らかに」反して「無理やり」だったことの証明に文春側が失敗するのを松本氏側は待とうとしているのか。
しかし、文春側の主張に弱点が出てくるとは限らないし、そう簡単に失敗してくれるとも考えにくい。むしろ、松本氏側から積極的に「その日、何があったのか」を詳しく説明し、記事のどの部分がどう間違っているのかを具体的に主張した方が、裁判官を説得しやすいようにも思える。さらに言うと、「待ち」の戦法は裁判の長期化にもつながりやすい。
それでも、訴状で「待ち」の戦略を取った松本氏側には何か狙いがあるのか。それとも文春側の失敗を「待つ」しか、今はできることがなかったのか。その答えは裁判が進むにつれて見えてくるだろう。
一方で、「文春側も万全とは言えない」と感じた。今回の記事を読んで、「女性の証言以外に有力な客観証拠はなさそう」との印象を受けたからだ。
女性の証言を裏付ける画像や音声などの客観的な証拠があれば、裁判の行方はあっという間に決まる。しかし、今回の記事で文春側が主張した「客観的証拠」は、(1)女性が知る松本氏の電話番号が本物だった(2)女性が話した松本氏の髪の色や交友関係、ホテルの間取りなどが正しかった というものぐらいだ。
以前の記事には、スピードワゴンの小沢一敬氏が女性を誘うLINEの画面などがあったが、これも決定的な証拠とは言えない。結局、文春側の立証はその多くを女性の証言の信用性に頼ることになるだろう。
ただ、ここで1つ文春側の味方になり得る事実がある。それは「同じような被害を訴えている女性が複数いる」ことだ。
1人や1グループの証言だと、信用できるのかどうか慎重に見極めないといけない。だが、互いに何も利害関係がない複数の人たちが同じように声を上げている場合、その証言は互いに信用を高め合う。
今回、裁判になっている第1弾の文春記事で被害を訴えた女性は2人。第2弾以降の記事では、さらに多くの女性が声を上げている。その声を1人でも多く法廷に届けることができれば、文春側の勝算は高まるだろう。
高い注目を集める法廷で証言することは、勇気がいる。その勇気をもって証言台に立ってくれる人がどれだけ現れるか。そのことが、この裁判の帰趨(きすう)を決するのかもしれない。
第1審の裁判が終わるまでには短くても1年以上かかるだろう。第1回口頭弁論期日は3月28日。長い道程が始まることになる。(元テレビ朝日法務部長、弁護士・西脇亨輔)
□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ) 1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。弁護士登録をし、社内問題解決などを担当。社外の刑事事件も担当し、詐欺罪、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反の事件で弁護した被告を無罪に導いている。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。