山谷のゲストハウス「コロナ前以上」 インバウンド効果で連日満室、年末年始「1人も日本人はいない」

約120軒の簡易宿が密集する東京・山谷地区のゲストハウスにインバウンド効果が波及している。リーズナブルな宿への海外旅行客のニーズは高く、連日満室が続く宿からは「コロナ前以上」との声も聞かれる。一方で、需要があっても安宿が増えない課題も。そこにはコロナ禍の影響が色濃く残っている。

カンガルーホテルの小菅文雄さん【写真:ENCOUNT編集部】
カンガルーホテルの小菅文雄さん【写真:ENCOUNT編集部】

ネット販売→「瞬殺みたいな状態」 値上げの影響も皆無

 約120軒の簡易宿が密集する東京・山谷地区のゲストハウスにインバウンド効果が波及している。リーズナブルな宿への海外旅行客のニーズは高く、連日満室が続く宿からは「コロナ前以上」との声も聞かれる。一方で、需要があっても安宿が増えない課題も。そこにはコロナ禍の影響が色濃く残っている。

 山谷の中心部に本館、別館の2棟を構えるカンガルーホテル。ロビーの横の共用部分のテーブルには、コロナ禍から変わらずアクリル板が設置されていた。

 オーナーの小菅文雄さんは、「最近インフルエンザも流行しているので、もうちょっと、という感じでしょうか」と話しつつも、こう続けた。

「ただ、お客さん自体はコロナ前と同じような、あるいはそれ以上な勢いで戻ってきていると感じています。おかげさまで連日満室が続いているような状態で、完全にコロナ前の状況よりよくなっていますね」。全30~32室がこの1年を通じてほとんど満室という盛況ぶりだ。

 年末年始も予約で埋まっている。「全部外国人ですね。1人も日本人はいないです」。コロナ禍の影響で、一時は1泊2500円まで下げた価格を3600円に戻し、さらに曜日やシーズンによっては4000円、5000円と値上げした。金曜日、土曜日は2泊以上と条件もつけた。それでも需要はひっきりなしだ。「曜日によってはネットで販売するとすぐに売れてしまう。もう瞬殺みたいな状態になっています」。旅行比較サイトが料金で検索しやすいシステムを整えたことも追い風になっているとの見方を示した。

 国別にはアジアからの旅行客が最も多い。「韓国のお客さんが目立ちますね。前は若い女の子のグループもそこそこいたんですけど、今は若い男の子同士が多いです。3分の1が2人組じゃないですかね。中国は個人旅行が緩和されていますけど、以前よりは少ないです」。旅のスタイルにも変化が見られている。「旅行のスタイルが個人主義的になっていると感じます。それこそ1970年代とかのバックパッカーカルチャーみたいなことでいえば、こういう場所に泊まって、若者同士で情報交換したり、友人になったりするというのがベースにあったと思うんですよ。今はどっちかと言えば個人で旅行して、インスタ映えじゃないですけど、そういう観光スポットに行って、イケてる写真を撮ったりするのを最初から計画していて、その計画を実行するための旅行みたいな感じです。しかも、ネットでいくらでもリサーチできるじゃないですか」

 誰もがスマートフォンを持ち、世界中どこからでも情報を入手できる。SNSには無数の写真や動画がアップされている。ゲストハウスを通じての情報交換や交流という目的は薄れている。ホテルのフロントに、お勧めの場所を聞くというような旅行客の姿もほとんど見られなくなった。

「前はもう、『僕にとってあなたが思うとっておきの日本の滞在プランを教えてください』というように聞きに来たりしたんですけれども、今は逆にノーアイディアで来られると僕らも困ったりします。そんな無茶ぶりっていう感じで(笑)」

山谷にある城北労働・福祉センター【写真:ENCOUNT編集部】
山谷にある城北労働・福祉センター【写真:ENCOUNT編集部】

人気の街は浅草、秋葉原 一極集中の傾向

 山谷は南千住駅から日比谷線やつくばエクスプレスで浅草、上野、秋葉原、銀座、六本木にアクセスできる。

「六本木は最近、聞かなくなりましたね。遊び場というよりは観光スポットに行きたい。浅草だったら昔ながらの日本、秋葉原だったらサブカルみたいな、分かりやすい意味での観光スポットが人気です。オーバーツーリズムとか言われていますけれども、あるところに一極集中しているなと感じています。僕なんかはもっと日本のよさを知ってもらう意味で、例えば路地裏にある風情だとか、そういうのを見せたいなって昔は思っていたんですけども、あんまりそういう方向にはシフトしていないですね。もっと言うと、ポケモンがいっぱい出るからだとか、ちょっとミーハー的なものに引っ張られているかなって」

 価格の安さから人気を集めるゲストハウス。一方で、需要があっても、数が追いついていないことは業界全体の課題として受け止めている。

「宿泊施設が少なくなっちゃったんですよね。こういうリーズナブルなゲストハウスライクな宿泊施設は浅草とかにはいっぱいあったんですけども、コロナで辞めちゃったり、休業って出ているけど、再開のめどが立ってないところが多いです。リーズナブルに泊まれる宿の受け皿がなくなっています」

 小菅さんによると、高級・中級ホテルに比べ、リーズナブルなホテルは資金力が乏しい。そのため、コロナ禍のような予期せぬ事態の影響を受けやすいという。それがリスクを回避する動きにつながっている。

「バックパッカー向けの宿が実業家の人にとってあまり魅力的なビジネスではないんだろうなと思っています。コロナだけじゃなくて例えば戦争とかいろんなことが影響してくるとは思うんですけれども、そういうことの二次的な要素で、この商売はぜい弱で、打たれ弱いなという印象がついてしまった。新規でやろうという人たちはいなくなりましたね」

泪橋交差点の景色。立派なビルが並ぶ【写真:ENCOUNT編集部】
泪橋交差点の景色。立派なビルが並ぶ【写真:ENCOUNT編集部】

山谷に続々と建設されるマンション 変わる街並み

 山谷にはかつて、一部の宿泊施設の間で、安宿で有名なタイ・バンコクのカオサン通りをイメージし、バックパッカー向けの宿を集める構想もあった。小菅さんも、どのように事業を始めたらいいか、個別に相談を受けることもあった。生活保護受給者や日雇い労働者の街に新風を吹き込もうという動きは起きていたが…。

 現在、建設現場では新しい宿よりも、マンションを建設する光景がおなじみとなっている。

「今、古い建物が取り壊されて新しい建物がいっぱい建っています。この辺では珍しい東京大空襲を免れた建物が近くにあって、このかいわい最古の建物だと思うんですけど、それも取り壊しになった。壊されて何ができるかというと、ほとんどマンション、集合住宅ですね。集合住宅ができれば若い人が住んで生活に便利なお店が増えてくる。それは悪いことじゃないなと思っていますけど、昔のイメージとはちょっと変わってくるかなって」

 インバウンドでうるおいを取り戻しつつも、業界を挙げて盛り上げていこうという雰囲気にはなっていない。その中でも時は流れ、山谷のゲストハウスが置かれている状況も刻一刻と変わっている。

「今は自分の収入も上がってきましたけど、コロナで落ち込んだ分を単純に取り戻しているだけだっていうふうに考えれば、まだまだ安心はできないです。僕も若くないですけど、まだ体は動くので、できるうちはやっていこうかなと思っています」と小菅さんは結んだ。

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