補償完了の元Jr.橋田康、引退する先輩・東山紀之へ率直な思い「いつの日か復帰して」

旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)の創業者、故ジャニー喜多川氏からの性被害を告白したダンサーで俳優の橋田康(38)が、同社からの被害補償が完了したこと、同社の東山紀之社長への思いなどをENCOUNTに語った。告発時から続く自身に対する誹謗中傷の現実も明らかにした。

インタビューに応じた橋田康【写真:徳原隆元】
インタビューに応じた橋田康【写真:徳原隆元】

完了後も誹謗中傷は止まらず「来ない日がない」

 旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)の創業者、故ジャニー喜多川氏からの性被害を告白したダンサーで俳優の橋田康(38)が、同社からの被害補償が完了したこと、同社の東山紀之社長への思いなどをENCOUNTに語った。告発時から続く自身に対する誹謗(ひぼう)中傷の現実も明らかにした。(取材・文=柳田通斉)

 橋田によると、今月初旬に被害補償の合意書にサインをし、15日にはSMILE-UP.から補償金が振り込まれたという。

「補償金は最初に提示されたままの額です。ただ、合意文書では自分の活動に規制がかかったり、発信することができなくなったりすることがないように細かく確認しました」

 橋田は5月に週刊文春で初めて被害を告白し、同26日には、東京・丸の内の外国特派員協会で記者会見した。直後にジャニーズ事務所側から連絡が入り、同日中に藤島ジュリー景子氏(当時社長)と面会している。

「御本人が会見でも話された通り、ジュリーさんとジャニーズJr.の接点はほとんどなく、僕自身も所属時はごあいさつをした程度でした。そして、こうした形で初めてお話をしましたが、ジュリーさんは『私は(ジャニーズ氏の)性加害を知ろうとしなかった。苦しめてしまってごめんなさい』などと謝罪されました」

 ジャニーズ事務所は9月7日の記者会見でジャニー氏による性加害を認め、正式に謝罪。藤島氏は引責辞任、東山紀之の社長就任が発表された。そして、橋田は同月下旬に東山、井ノ原快彦と再会した。

「東山さんからは会った瞬間に『久しぶり』と言われました。覚えていてくれてうれしかったのですが、自分が退所した時のことを思うと、こういう形での再会は本意ではありませんでした」

 橋田は1998年にジャニーズ事務所に入所。ジャニーズJr.内の4人組グループ・HisH(エイチイズエイチ)で活動する“デビュー候補組”だった。少年隊のミュージカルや東山のディナーショーなど、レベルの高さを求められる舞台に立ち、東山からは「ここ(ジャニー事務所)にいる限り、俺が面倒を見るよ」と言われていたという。

「東山さんにはとてもお世話になりましたし、たくさんのことを勉強させていただきました」

 だが、グループのメンバー2人が03年に退所。結果、残る2人はジャニーズJr.内での活動も難しくなり、橋田は19歳だった05年に退所するに至った。その際、マネジャーを通して東山との面会を希望したが、かなわなかったという。

「東山さんにありがたい言葉をいただいたのに退所することになり、謝罪と感謝を伝えようと思っていました。再会した際、そのこともお伝えしましたが、東山さんは『それ(橋田が面会を希望していたこと)は聞いていなかった』と話されていました」

 橋田は井ノ原のバックで踊ったこともあり、東山とともに思い出話もしたが、ジャニー氏から被害を受けたことも踏まえ、伝えるべきことは伝えたという。

「そこの部分はシビアに話しましたし、ピりついた雰囲気もありました。それでも、僕を尊重してくださっている感覚はありました。東山さんからは『長く苦しい思いをさせてしまって申し訳なかった』と謝罪がありましたし、、井ノ原さんは『威圧感があったり、苦しかったら、すぐにお声かけください』と気遣ってくださいました」

 その後、ジャニーズ事務所はSMILE-UP.に社名変更。橋田は同社が設定した被害者救済員会と具体的な補償交渉を行い、被害を公言している元ジャニーズJr.では最速で「補償完了」を宣言した。交渉には弁護士を立てず、1人で臨み続けた。

「僕は個人の被害を訴えることよりも、『性加害の事実を事務所が認めて、謝罪して再出発してほしい』『より良い未来を築いてほしい』という思いだけで行動してきました。お金で闘わないことも決めていましたし、その場には弁護士さんの知識、闘う武器は必要ない。『個人で貫き通したい』と思いがずっとありました」

 一区切りがつき、願うことがある。それは、年内でのタレント引退を表明している東山のカムバックだ。東山は9月7日の会見で「年内で表舞台から退く」と表明し、10月2日の会見では新たに設立するマネジメント会社の社長も兼務することを明かした。しかし、今月に入って設立が発表されたSTARTO ENTERTAINMENTの社長には、コンサルティング会社経営の福田淳氏が就任。東山は被害者補償に特化し、補償終了後に廃業するSMILE-UP.の社長に専念することになった。今月26日のディナーショー(ANAインターコンチネンタルホテル東京)がラストステージになる。

「『お前らが追い込んでおいて、どの口が言っているのか』と思われるかもしれませんが、東山さんには『いつの日か復帰してほしい』と願っています。やはり、誰もが認める最高のエンターティナーですし、多くの需要がある方だからです。SMILE-UP.社には今後も丁寧に被害者と向き合って補償を進めて欲しいのですが、タレントとして活躍されてきた東山さんが矢面に立ち、それだけに専念して積み上げたキャリアを終えてしまうのは残念としか言いようがありません」

先輩・東山紀之への率直な思いを口にした橋田康【写真:徳原隆元】
先輩・東山紀之への率直な思いを口にした橋田康【写真:徳原隆元】

性被害を訴えて失った仕事「リスクは予想通り」

 被害告発をしたことに伴う橋田への誹謗中傷については、「来ない日がない」という。

「昨日もXのダイレクトメールを開いたら、『お前は金に困って、ウソをついているんだろう』と書かれていました。投稿者のプロフィールを見たら、中1の女子。こうした犯罪的な行為を未来のある子がやってしまう現実……とても悲しいです」

 告発によって橋田の知名度は上がったが、その分、告発前に続けていた仕事に制限がかかっているという。

「(告発)以前はミュージカルのダンサーや俳優の仕事を継続的にいただいていましたが、今はそれが難しい状態です。性被害を訴えたリスクは予想通りで、道を歩いていても『橋田だ』と言われます。ただ、多くの芸能関係者の方々が気に懸けてくださいます。なので、今後もダンスのスキルを高めながら、さまざまなことに取り組んでいけたらと思います。いつの日か東山さんとステージで再会できる日も信じて」

 橋田らの告発によって、ジャニーズ事務所ら大手芸能プロとメディアの関係性が問われ、テレビ局が「忖度(そんたく)があった」と認める事態になった。結果、音楽番組ではSMILE-UP.と競合する事務所所属のグループが共演し、コラボする状況にも変わってきている。

 この変化について、橋田は「ずっと望んできたことです」と言った。橋田は芸能プロ社長の顔も持ち、男性1人、女性3人のタレントも抱えている。ここから先はエンターテイメントで輝くべく、自分達の未来も切り開くつもりだ。

□橋田康(はしだ・やすし) 1985年9月18日、東京都生まれ。98年に13歳でジャニーズ事務所に入所。ジャニーズJr.内の4人組グループ・HisH(エイチイズエイチ)などで活動し、ミュージカル『PLAYZONE』『SHOCK』など多数の作品に出演。19歳だった05年に退所した後はダンサー、俳優として活動。『キレイ』(Bunkamura)、『王家の紋章』(帝国劇場)など名作の舞台にも立ってきた。芸能事務所・PROF entertainmentの社長も務めている。

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