『課長 島耕作』から40年…島耕作の波乱万丈すぎる出世遍歴
1983年に『週刊モーニング』(講談社)で連載を開始した『課長 島耕作』(作・弘兼憲史)は、2023年にシリーズ連載40周年を迎えた。初芝電器産業に勤めるサラリーマン・島耕作を主人公に、好景気の1980年代が描かれている。連載当初、島は出世にまったく関心はなかった。しかし、本人の意思とは関係なく出世街道を歩み始めるのだ。本記事では、島がどのような出世遍歴をたどったのか、彼の歴史を振り返ろう。
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1983年に『週刊モーニング』(講談社)で連載を開始した『課長 島耕作』(作・弘兼憲史)は、2023年にシリーズ連載40周年を迎えた。初芝電器産業に勤めるサラリーマン・島耕作を主人公に、好景気の1980年代が描かれている。連載当初、島は出世にまったく関心はなかった。しかし、本人の意思とは関係なく出世街道を歩み始めるのだ。本記事では、島がどのような出世遍歴をたどったのか、彼の歴史を振り返ろう。
70年に初芝電器産業に入社した島は、上司にしかられながらも愚直な性格で成長していく。新入社員のころの姿は、2001年より『イブニング』(講談社)にて連載された『ヤング島耕作』で楽しめる。
1976年には主任になり、77年に最初の妻・怜子と結婚。仕事人間のイメージの強い島だが、結婚当初は週に2、3度夕食を作る意外な姿が描かれている。仕事と家庭を両立する島の姿は2006年より『イブニング』で連載された『ヤング島耕作 主任編』で確認できる。
10年から『イブニング』で連載された『係長 島耕作』では、1980年に係長になってクセのある上司のもとで働く姿が描かれる。その3年後の83年に課長に昇進。偶然が重なったことから始まる島の浮気からスタートする本作は、ニューヨークへの単身赴任、妻との離婚など、公私ともに大きく変わる環境を島が懸命に生き抜いていく。
92年に島は部長に昇進。その姿は92年より『週刊モーニング』で連載された『部長 島耕作』で読むことができる。現実の社会情勢と連動するように、転落する日本経済の中で、島は新たな仕事に挑戦していく。
そして50代後半を迎えた島は、2002年より取締役に昇進。05年には常務、06年には専務、そして08年にはついに社長に就任する。それぞれ『週刊モーニング』にて02年~05年、05年~06年、06年~08年、08年~13年に連載された。
入社時は出世に関心がなかった島がついに社長にまで上り詰めたのだ。その後、13年には総合電機メーカー「テコット」の会長職となった姿が『週刊モーニング』で連載された『会長 島耕作』で描かれている。島は会社内に留まらず、経済団体や国益のための活動など国内外を飛び回ることに。島の代名詞でもある女性関係の奔放さは、このころには沈静化し、ほどよい夫婦関係が描かれている。
年齢も70歳を越え、会長の座を辞した島は『モーニング』で19年から連載された『相談役 島耕作』にて、テコットの相談役を務めることに。さらに、22年には相談役も辞し、かつての同期の会社の社外取締役となった。その姿は『週刊モーニング』で22年から連載されている『社外取締役 島耕作』にて描かれている。
1980年代から現在まで長きにわたり務めあげた島の姿に、SNS上では「その時々の時代背景が分かるので、どの時代を読んでも面白い」「出てくる女性がみんな島のことを好きだし、左遷されても女性にモテて出世するのが羨ましい」といった幅広い世代からさまざまなコメントが寄せられている。
今回紹介した作品以外では、『逢いたくて、島耕作』(作:諏訪符馬、協力:弘兼憲史)や『転生したら島耕作だった件』(作:弘兼憲史、伏瀬、川上泰樹)などのスピンオフ作品も、一風変わった島耕作ワールドを楽しめる。自分自身の年齢に合った作品を読むもよし、過去の自分と照らし合わせるもよし、さまざまな読み方が楽しめる作品だ。