東大出身の直木賞作家・小川哲さん、執筆に“雑音”が欠かせないワケ「こういう場所の方が受験も成功しやすい」

最新短編集『君が手にするはずだった黄金について』(新潮社、税込1760円)を刊行した直木賞作家、小川哲さん(35)は発表作が全て受賞するミスター・パーフェクト。その作品の多くはチェーン店のカフェで生み出されてきた。その理由とは?

インタビューに応じた小川哲さん【写真:ENCOUNT編集部】
インタビューに応じた小川哲さん【写真:ENCOUNT編集部】

直木賞生み出した場所はチェーン店のカフェ

 最新短編集『君が手にするはずだった黄金について』(新潮社、税込1760円)を刊行した直木賞作家、小川哲さん(35)は発表作が全て受賞するミスター・パーフェクト。その作品の多くはチェーン店のカフェで生み出されてきた。その理由とは?(取材・文=平辻哲也)

 直木賞受賞後は、TOKYO FMでラジオ番組を持ち、読売新聞では新刊の良作を選ぶ読書委員を務めるなど本業以外で多忙な日々を送っている小川さん。最近では「作家業はスキマ時間や帰宅後の夜を当てている」と笑うが、普段は昼間、喫茶店で執筆することが多いという。

「自宅ではあまり捗らないんです。よく使う近所の喫茶店が10か所ぐらいあって、ローテーションしながら使い分けています」

 よく使うのは、エクセルシオールカフェ、タリーズなどチェーン展開しているカフェだ。

「昔ながらの喫茶店には行きません。お店の人に『あの人は何の仕事しているんだろう』と思われてしまうでしょうから。なるべく店員さんの印象に残らないようにしています。中には、2時間制を取っている店もありますが、ルノアールは一番長居できます。電源も使えますし、接客もいい。絶対に『出ていけ』感を出さないので、ありがたい。客層もいいですし、ちょっとトイレに行きたい時もパソコンを置いたままでも安心です」

 カフェの良さは程よい雑音があること。その中で集中した時間を過ごせるという。その習慣は中学、高校時代に遡る。小川さんは千葉市出身。小中は千葉大学教育学部附属で、高校は全国屈指の進学校、渋谷教育学園幕張高等学校だった。

「受験勉強もザワザワしている場所の方が捗りました。こういう場所でやっている人の方が受験も成功しやすいと思うんです。受験当日にはいろんな人がいるじゃないですか。物音、消しゴムを消す音、鼻をかむ音などノイズが入ってきます。そんな気配が気になって、集中できずに失敗する人も多いです。大学で卒論を書いた時も、最初の小説も同じような環境で書いていました」

 小川さんは東大大学院時代、ドイツのエニグマ暗号機の解読に尽力した英数学者アラン・チューリングの研究もしていた。チューリングはAI(人工知能)の父と言われる。昨今、AIの進化によって、いろんな業種が淘汰されていくと言われるが、作家に及ぼす影響はどのように見ているのか。

「将来的には、作家も補助的にAIを使う時代が来ると思っています。昔は紙の原稿用紙に筆で書いていたわけですが、今はパソコンのキーボードを使って打ち込んでいますよね。そういう風に変わっていくんだと思います」

 実際にも、小説生成ツール『AIのべりすと』を使って、AIに小説(『凍った心臓』)を書かせるという試みも行っている。

「これは、『SFマガジン』編集長に『SFマガジンがAI小説をやらないと、まずいと思うから、やりましょう』と通してもらった企画だったんです。ソフトに僕の文章を学習させてから、僕が文章を書き、その続きをAIに出力させることを繰り返したのですが、僕が書いたものに近い部分もありました。ただ無茶苦茶な部分も多々あって、僕が普通に書いた方が早いかな。AIは統計からランダムで言葉を選んでくるので、普通なら最初から切り捨てるようなアイデアを平気で出してくる。見る限り、まだまだクリエイティブの領域にはまだ及ばないとは思いましたが、面白い経験ではありました」

次回作は起業家の物語「大学の同級生に起業家がたくさんいるので、すごく取材しやすい」

 デビュー作のSF『ユートロニカのこちら側』(2015年)を出発点に、クメール・ルージュ時代から現代カンボジアを舞台にした歴史ドラマ『ゲームの王国』(17年)、短編集『嘘と正典』(19年)、明治から昭和の満州を舞台にした直木賞受賞作『地図と拳』(22年)、ミステリー『君のクイズ』(22年)など多彩なジャンルを繰り出してきた。

「どっちかと言えば、構造や書き方の部分で自分なりに課題を見つけて、作品ごとにクリアしていくという書き方なので、ジャンルを意識したことはないんですけど、今後もこだわらず続けていきたいなと思います」

 次回作はベンチャー企業を起こす人の物語。来年以降、地方紙などに連載の形で掲載される。

「大学の同級生に起業家がたくさんいるので、すごく取材しやすいです。ネットにもいろんな情報が出ているので、参考にしていますが、知らなかった知識が増えて、面白いですね。1年間で原稿用紙約800枚程度の長さだと思います。新聞連載は初めてなので、新たなチャレンジになります」

 8月には漫画家の山本さほさんと結婚したが、「独身生活と変わらない。そう思って、結婚したんです」と話す。独身時代から自分で料理をするそうで、「何がどうなって、この味になるのかが興味あるんです。とんこつラーメンも一から作ったこともありますよ。人に出すとしたら、焼きそばか、チャーハンかな」。小川さんは探究心の塊だった。

□小川哲(おがわ・さとし)1986年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年、『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。『ゲームの王国』で第31回山本周五郎賞、第38回日本SF大賞を受賞。23年、『地図と拳』で第168回直木三十五賞を受賞。『君のクイズ』で第76回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞。

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