二階堂ふみが「いまだに答えがない」と語る問題作『月』 津久井やまゆり園事件がモチーフ

宮沢りえ主演の映画『月』(10月13日公開、脚本・監督石井裕也)は、2016年7月、神奈川県立の重度障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件をモチーフにした同名小説(辺見庸)の映画化。本作で施設職員を演じたのは、俳優の二階堂ふみ(29)。映画化に大きな意味を感じながらも、その答えはまだ見いだせていないと語る。

インタビューに応じた二階堂ふみ【写真:荒川祐史】
インタビューに応じた二階堂ふみ【写真:荒川祐史】

19人が殺害された事件「私たち自身の話としてしっかりと向き合わなくてならない」

 宮沢りえ主演の映画『月』(10月13日公開、脚本・監督石井裕也)は、2016年7月、神奈川県立の重度障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件をモチーフにした同名小説(辺見庸)の映画化。本作で施設職員を演じたのは、俳優の二階堂ふみ(29)。映画化に大きな意味を感じながらも、その答えはまだ見いだせていないと語る。(取材・文=平辻哲也)

 映画は、性別、年齢不明、目が見えず、動けない重度障害者「きーちゃん」の心象世界、職員「さとくん」との交流が、文学ならではの表現で描かれた小説を大胆に改変。重度障害者施設で新たに働くことになる元有名作家、堂島洋子(宮沢)の視点から描いている。

「実際の事件が起きた日のことをはっきりと覚えていて、それが個人的な感情としても、社会的な視点からもまだ消化しきれない、消化できない問題だと感じていました。それを作品でどう描くのだろうという思いはありました。私が一番良くないと感じていたことは、この事件に対して社会が忘れていくことです」

 演じた坪内陽子は、作家志望の施設職員。同じ音の響きを持つ洋子に共感しながらも、何者でもない自分に苛立ちも抱えている。陽子は物語の導き手でもあり、事件の目撃者でもある。

「施設や社会問題に関する記事なども読みました。これは誰か他人の話ではなく、私たち自身の話として、しっかりと向き合い、自覚をもって考えていかなくてはならないと思って、この作品に参加しました」

 2012年には主演映画『ヒミズ』で最優秀新人賞に当たるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞している若手演技派だが、陽子役は最も難しい役の一つだったという。

「明確な”こうであるべき”という答えが見えず、“彼女はどういう人間なのだろう?”と思いながら演じていました。洋子が一般的なマジョリティからどう映っているのか、そして、私自身が彼女をどう解釈するのか、すごく難しかったです。でも、それが逆に他人や物事に対しての距離感に似ているとも感じました。無理に解釈して演じるのではなく、事件そのものや社会問題に対して、人としてしっかりと向き合っていくことを大切に演じようと心がけました」

 陽子はふとしたことから同じ職員の「さとくん」(磯村勇斗)が起こす事件を目撃することになっていく。

「しんどい現場でした。答えも出せない現場で、答え合わせをする瞬間がない。実際に施設で働かれていた女性が事件を見ていたという話を伺いましたが、想像を超える体験だと感じました」

 事件をモチーフにした作品を制作する怖さも感じていたという。

「この作品を作ってしまっていいのだろうか? という思いが絶えずありました。毎日、作る理由を確かめながら、現場で自分がやる意味を考えていました。人が簡単に理解したふりをしてしまうのが恐ろしいとも感じました」

 さとくんは、重度障害者に「あなたに心はありますか」と問いかけ、それを確かめた上で犯行に及んでいく。

「当事者の感情を踏まえて見ないと、危険な作品だなと感じました。ですが、私たちが、この作品を作ったのは、彼の行動を肯定するためではない。むしろ、どれだけ彼がおろかなことをし、人として過ちを犯したのかをちゃんとみんなに感じてほしい」

 シリアスなテーマを扱っているが、撮影外では、出演者の重度障害者との温かな交流もあった。

「作業所で働かれている方々と一緒にお弁当を食べたり、プライベートの話を共有する楽しい時間もありました。素敵な関係に感謝しています。素直な感情を持ってアプローチしてくれ、その正直さにとても感動しました」

 宮沢との共演も大きな財産にもなった。

「いろんなお話をさせて頂きました。この作品に関わる重要な問題についても深く話しましたし、普段の生活について、一緒に暮らす犬や猫の写真をお互いに送り合ったりもしました。私の誕生日の次の日がクランクアップの日だったのですが、プレゼントにワインをくださり、『おめでとう!』と言ってくださって、本当に素敵な方でした。りえさんと一緒にいると、役柄である陽子が持つ孤独感がいい意味で、かき立てられました」

 撮影から1年を経過した今も、作品の答えが見つからないという二階堂。

「作品自体も、キャラクターとしても、私は答えを出せなかったし、出してはいけないと感じました。ですが、そんな中でも現場ではとても心地の良い時間があり、そこで多くを学びました。さとくんは『本当に愚かな人だな』と思いますが、考えることを諦めないでほしい。そして、私たちも彼が行ったことに何らかの形で加担していたかもしれないという自覚を持って、考えていかなければいけないと思います」。二階堂は、映画を作った意味、自らが感じた疑問が観客に正しく届くことを祈っている。

■二階堂ふみ(にかいどう・ふみ)1994年9月21日、沖縄県出身。役所広司の初監督作『ガマの油』(09/役所広司監督)のヒロイン役で映画デビュー。『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』(11/入江悠監督)で初主演。以降の主な出演作に『ヒミズ』(12/園子温監督)、『悪の教典』(12/三池崇史監督)、『私の男』(13/熊切和嘉監督)、『リバーズ・エッジ』(18/行定勲監督)、『糸』(20/瀬々敬久監督)。『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』が2023年公開予定。

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