シンガー・ソングライターの樋口了一（59）が『いまダンスするのは誰だ？』（10月7日公開、古新舜監督）で映画初主演を果たした。仕事一筋の主人公が若年性パーキンソン病と診断され、自らの生き方を見つめ直していくストーリー。自身もパーキンソンと闘う樋口が俳優に初挑戦したワケは？（取材・文＝平辻哲也）

『水曜どうでしょう』のエンディングテーマ『1/6の夢旅人』や、第51回日本レコード大賞優秀作品賞（2009年）を受賞した『手紙～親愛なる子供たちへ～』で知られる樋口。07年ごろからギターが弾きにくく、声が出しづらいといった不調を感じ始め、09年にパーキンソン病と診断された。今も故郷の熊本を拠点にパーキンソン病と闘いながら音楽活動を続けている。

　本作は、元証券マンで12年にパーキンソン病と診断された松野幹孝さん（22年3月死去、享年67歳）が「病気の現状を知ってもらおう」と自身の体験を基に映画化を企画したもの。当初は、古新監督から主題歌の提供という形でオファーが来た。

「主題歌は、私が作るべきだと感じて、2つ返事で了承しました。監督が詩を書くという話があって、完成したら送って欲しいとのことでした。監督が私の仕事場に来て、どんな歌がいいかなどの話をして、飲みに行きました。数時間の中で仲良くなったのか、東京に帰られた1か月後に、主役のオファーの手紙が来たんです」

　日本映画でパーキンソン病当事者が主演するのは初めて。演技経験はゼロだったが、迷いはなかった。

「映画の主役というのは、人生で一度きりのチャンスだと感じました。ただ、やったことがないからという理由で拒むのは、表現者としてどうかと思いました。既に脚本を読んでいましたが、ドキュメンタリーのようなリアルな印象を受けました。主人公のキャラクターの怒りっぽいという特徴には少し疑問に思いました（笑）。監督は、自分のお父さまをモデルにして脚本を書いたそうで、リアルな映画を作りたかったのかもしれません」

　主人公は建設会社で働く40代のサラリーマン。いよいよ勝負というときに体の不調が襲い、パーキンソン病という診断を受ける。体の不調から周囲に当たり散らすこともある。主人公は手の震え（振戦）が大きな特徴だが、樋口自身は薬によって症状を緩和させることができ、振戦は出ていない。

「その手の震えなどがうそっぽく見えることが一番避けたかったので、リアリティーを大事にしました」

　演技自体には難しさは感じなかったというが、体調の変化には苦労したという。

「調子が良いときと悪いときの差が大きいです。薬を飲むと約30分で体が楽になる感じがしますが、食事の後や睡眠不足の時には、効果が感じられないこともあります。稼働時間が長い撮影だったので、どう薬を配分するかに一番気を使いました。体中が非常に痛くなることもありましたが、その苦痛を乗り越えた結果、良い表情や演技ができたと思います」

　最も大変だったのは、クライマックスとなるダンスシーンだ。

「キレッキレのダンスを踊ろうと意気込んだんですが、簡単ではありませんでした。映画の中では、パーキンソン病の私が、娘に対して『諦めたら終わりだ』と言って踊り始めるシーンがあります。その踊りは完璧ではありませんが、その完璧でない部分が、リアルさを出していると思います」

　昨年8月にはコロナにも感染し、ホテルでの隔離生活も体験した。

「撮影中に免疫が極端に落ちたんですよ。撮影の過酷さを体験して、命を削るような感じがしたんです。音楽を制作するのも大変ですけど、映画の制作の規模はケタ違いでした。この経験が今後の音楽制作にも、いい影響を与えてくれると感じます」。新たなフィールドで大きな刺激を受けたようだ。

□樋口了一（ひぐち・りょういち）熊本県出身。1993年『いまでも』で東芝EMIからデビュー。『水曜どうでしょう』エンディングテーマの『1/6の夢旅人2002』はインディーズながらCD15万枚を売り上げ、『手紙～親愛なる子供たちへ～』は16万枚を超えるヒットとなり、日本レコード大賞優秀作品賞、日本有線大賞有線音楽優秀賞を受賞。SMAP、郷ひろみ、石川さゆり、中島美嘉らに楽曲を提供している。