去る8月25日、後楽園ホールで行われた、SEAdLINN NG（シードリング）BEYOND THE SEAシングル選手権試合。王者・中島安里紗はSareeeに敗れた。壮絶な試合だった。試合から8日後、中島を直撃する機会を得た。ベルトを失った中島は何を語るのか。（取材・文＝“Show”大谷泰顕）

「ホントにあれだけやりあえる相手がいないなかで、こうやって巡り会えたのはよかったし、ボコボコにやり合えて、私を負かしてくれるのはありがたい。私のプロレス人生を考えたらありがたいことなんじゃないかと思います」

“冷酷の悪魔”と呼ばれる中島安里紗がそう言った。

　試合から2日後、勝者・Sareeeは左の脇腹に大きな湿布を貼っていた。両腕には大きなアザができていて、他にも全身、あちこちに激闘の痕跡が見られた。

「自分も腕全部、真っ青になるくらいアザになってました。でも、もう引きました。私、治りが早いんですよ。回復が早い分。カラダが痛いなんて当たり前のことだけど、それぐらいで済むのは、私プロレスラーだなと思う」

　そう口にした中島は、続けて「ダメージで起き上がれないくらいの試合をしないと、やった気にならない。だから心地よかったです」とコメントしたが、試合を振り返ってもらおうとすると、「結局、試合は終わったら忘れちゃう。過ぎ去っていくものだから。だから覚えてない」と言ってニコリと笑った。

　とはいえ、試合後の中島は、敗れた悔しさよりも、どちらかというと安どの表情に近い開放感を漂わせていた。Sareee戦では達成感があったのか。

「達成感は違いますけど、負けているから。でも充実というか、これだけ殴っても（Sareeeは）壊れないんだっていうのもあるし、こんなにボコボコにしてくれるんだっていうのもあるし、プロレスラーとして充実していたんだろうなと思います。あの瞬間、すごく。結局、やってやられてができない相手と試合をしても時間の無駄なので、無駄のないというか、ちゃんと魂をかけて試合ができたのはよかったなと思います。そういう相手がいない分ね」

　そこまで話した中島は、「ホントは毎回ああいう試合をしたいと思います。でもそれができないからこそ、そういう相手に出会えてよかったなと思います」と続けた。

「出し切ったっていうのはもちろんそうかもしれないけど、結局、楽しいんですよ。そもそも私がどうしてプロレスラーになったのかってところまで行って、私は人を殴ってお金をもらえたらそれでいいと思って、これだけやってやられたら、もう楽しくてしょうがない。それ以上のものなんてないじゃないですか。弱いヤツに勝つよりも、すげえ強いヤツとやって負けたほうが楽しいんだっていうことに気づいた。悔しいですよ。でも結果がすべてなので、って思っちゃいますね」

　言い換えるなら、肉体言語を駆使して闘っている、ということなのだろうなと思った。

「でも、レスラーからすれば、終わった試合だから、次、観に来てくださいしか……ないので。やった本人からしたら、この後のほうが大事なので。でもこれからきっとすごい試合があるだろうし、お互いにね、と思います」

　たしかに中島VS Sareeeはすごい試合だった。率直にそれは認める。前代未聞とは言わないが、おそらく令和の女子プロレスにおいては唯一無二に近い壮絶さがあったに違いない。とはいえ、課題がないわけではない。

　たとえば試合後、勝ったSareeeに対し、誰も挑戦の名乗りを上げてこなかった点。これに関してSareeeは「あの試合（中島戦）を見て、ビビっちゃってるのか」と憤慨していたが、中島に水を向けると、「でもそうだと思いますよ」と同意した。

「だって、あそこで名乗りをあげるって、空気を読めなければ、なにもできない人だと思うし。まあ、そういう人って大事なんですけどね。でも、私はあの時はあの時というか……。でも、私もたぶん勝っていたら、Sareeeと同じことを言うと思います」

　それだけ「ちょっと待った！」と両者の間に入るのは、ハードルが高かった、ということなのか。

「異様な空気でしたよね、始まる前から。あの空気だと出られないかな。でも、あそこで出たら、“勇者”でしたけどね、とは思います。そういう時に“勇者”って呼ばれるんだなって思います」

　面白かったのは、試合後、SEAdLINNNGを創設したメンバーの一人、高橋奈七永が自身のSNSに「私、これ持ってんだけどなー。中島、Sareeeに負けたね」と言って、「永久挑戦権」と書かれた画像を投稿していたことだった。

　中島にその話を振ると、「懐かしぃ～！」と答え、「（2021年12月に奈七永がSEAdLINNNGを）辞める前に書いたんですよ。奈七永が辞める直前に、私がタイトルを取ったんですけど、その時に私が書いた」と話した。

　そして、「だからタイミングが悪いんですよ」とひと言。

　ということは、あの紙は、中島が王者だった場合には有効だが、それ以外の選手には無効になってしまうのか。

「残念……。でも関係ないですよ。好きにしたらいいんですよ。私はチャンピオンじゃないから」

　この言葉の真意を読み解くと、挑戦する相手を決めるのは、新王者・Sareeeでしかない、ということなのだろう。

　それを知ってか知らずか、　最近、Sareeeが自身のSNSにそんな投稿をした。

「いつ何時、誰の挑戦でも受ける！」

　実際、あれだけの激闘を制した自信が伝わってくる言葉だったが、SEAdLINNNGのベルトは「強さの象徴」だと位置付けていた中島からすると、どんな思いがあるのだろう。

「Sareeeに期待することは、そこですよね。これだけ女子プロレス団体がすごいたくさんあって、数えきれないほどベルトがあって。そのなかでSEAdLINNNGはどういう位置にあるのっていったら、やっぱり『強さの象徴』じゃなければいけないとずっと思って、そうやってきたので、それは継いでほしいなって思います」

　そこまで言うと、中島は「でも、ベルトっていうのはチャンピオンのものなので好きにしたらいいと思うけど、それをやってくれる人だと思っているので」と続けたが、基本的な理念は似通っているに違いない、という思いは十分に伝わってきた。

　とはいえ、先にも書いた通り、少なくとも現段階でそれらしい意志を表明したのは奈七永しかいない気もするが、SEAdLINNNGには中島以外に、後輩の海樹リコがいる。それもあってSareeeは、試合の2日後に話を聞くと、「（所属選手の）お前が上がってこなきゃどうするんだよ」と声を荒げていた。

　これに関して中島は「ハッタリも大事だと思うんですよ。でも、今のリコがどう思っているのかはちょっと分からない。（リコを）現実的に育てすぎたかもしれないですね。（無鉄砲なところがあっても）いいかなと思います、まだ」と期待を込める。

　世の中には「若気の至り」という言葉がある。若いからこそ許される、というか、そのくらいの無自覚な勢いがなければ、それがどのジャンルであっても生き残ってはいけないだろう。

「若気の至りやハッタリも大事だよねっていうことを、たしかに教えていなかったかな。私はもう、クソ弱いくせに一生強気でしゃべっていたので、そういうところを学んでもいいかもね。でもリコはリコなので……、こうやって私が甘やかしちゃうからいつも怒られるんですよ、（代表の）南月（たいよう）さんに」

　そう思っていたら、来週15日に新木場1stリングで開催される大会で、SareeeVS海樹リコの試合が緊急決定した。

「リコはSareeeと初遭遇。人数の少ない団体なので“ベルト流出”とはちょっと違うかな、と私は思っていますが、果たしてリコはどうなんでしょ。言葉はいらないので試合で教えてほしい」（6日に投稿された中島のSNSより）

　たしかに中島VS Sareeeのような「殺気」や「凄み」、「負けん気」のあふれた「絶滅危惧種」を増やしていくのは並大抵のことではない。

　だからこそ、リコに対する合格点が自然と上がってしまうが、そこはどう思われようと、SEAdLINNNGに所属したのが運のつき、と割り切ってもらうしかないと思う。

　そして、それ以上に気になるのは、王座をSareeeに奪われた中島が今後、どんな展開で巻き返しをはかるのか。そこにはこれまで以上に注目させざるを得ない。

「そこは試合していかないと分からないですね。今は一切ベルトは見てないので。逆に昔やってたけど、今は疎遠っていうか闘う機会がない人ともやりたいなと思うし、っていう感じですかね？　ベルトを持ってたらできないことも多少はあったと思うし、そういうことをやっていきたい」（中島）

　ちなみに「あの試合を今日やれといわれたら？」と問うと、即座にこう答えた。

「いや、できますよ。元気です、今。元気いっぱいです。どこも痛いところはないし、腕を折られてないので。右腕折られてないので、全然」

　清々しいくらい、平然とそう答えた中島。たしかにSareeeには敗れたが、試合前にSareeeが予告した腕折りはさせなかった。ならば中島には来るべき日に備えながら、今は英気を養いつつ、捲土重来を期してもらいたい。中島にはまだ、やるべきことが残っていると思うから。