渡辺いっけい、俳優の原点と葛藤 「劇団☆新感線」いのうえひでのり氏のスパルタ演出
テレビ、ドラマ、舞台で幅広く活躍するベテラン俳優の渡辺いっけい(60)は、「劇団☆新感線」が学生劇団だった時代に参加した数少ない俳優だ。主宰のいのうえひでのり氏(62)から受けたスパルタ演出の日々を明かした。
「猿回しの猿だった」と当時を回顧
テレビ、ドラマ、舞台で幅広く活躍するベテラン俳優の渡辺いっけい(60)は、「劇団☆新感線」が学生劇団だった時代に参加した数少ない俳優だ。主宰のいのうえひでのり氏(62)から受けたスパルタ演出の日々を明かした。(取材・文=平辻哲也)
最新主演映画『オジさん、劇団始めました。』(8月18日東京・池袋シネマ・ロサほか公開、監督・山本浩貴)では、家族との絆を取り戻すため、突如、劇団員になる主人公のサラリーマンを演じた渡辺。自らも劇団員だっただけに思い入れもある。
「役者を志したのは高校生のとき。でも、実力がないと役者にはなれないことはわかっていたので、演劇を学べる大阪芸術大学に入学しました。1年生の年度末に『ロミオとジュリエット』の発表会があったんですが、それが進級試験も兼ねているんです。観客は親や先輩だけ。2つ上の先輩いのうえさんがオレの演技を見て、『なんか気持ち悪い奴がいる』と言って、新感線に勧誘してくれたんです」
『髑髏城の七人』などを始め、史実を下敷きに疾走感あふれるエンタメで、今や日本を代表作する人気劇団も当時は学生劇団。故つかこうへいさんの代表作『熱海殺人事件』や『飛龍伝』を上演していた。
「オレが参加した『蒲田行進曲』(1983年5月)は、すでに映画ヒット作。映画で平田満さんが演じていたヤス役でした。当時は何も演技ができなかったので、いのうえさんからはスパルタでしごかれました。『一挙手一投足、オレが言った通りにやれ』と言った感じで、猿回しの猿でしたね。人間としての尊厳が損なわれるくらいの罵詈雑言を浴びせられました。今の御時世ならとがめられるレベルです(笑)」
それでも、その厳しい稽古を経て本番を迎えることに。初日の幕が上がる前、緊張で震えていたという。
「とにかく『下手だ、下手だ』と言われ続けたので、もう無理だと思ったんです。でも、制作の先輩からは『あれだけ稽古したんだから、言われた通りにやればいいんだ』と励まされ、なんとか舞台に立ちました。その通りに演技をすると、予想外にお客さんの反応が良く、笑いを誘っていました。後半になると、すすり泣く人までいるんです。でも、そこに自分の表現は一切ない。意図せずやっているので、ただビックリするだけで、手応えはまるでない。多分、(演出が)正しいから、そのような反応を得られたのでしょう」
4日間の公演は大成功。拍手喝采を浴びて、その高揚感も味わったが、同時に、若さにありがちな根拠のない自信は見事にペチャンコにされた。公演後、2週間、学校にも行けなくなり、ずっと学生寮でぼんやりしていた。
「部屋にいても、セリフが回って、おかしくなるくらい。あんな経験は後にも先にもない。今でもセリフが頭の中で動いていることはあるけど、大学の頃の感覚とは違いますね」
「この人たちとの関わりは最後だ」と思っていたが、打ち上げでは、いのうえ氏から次作のオファーも受けた。それは『スター・ウォーズ』を下敷きにしたSFファンタジー『スター・ボーズ~ジェダイ屋の女房』(1983年9月、バナナホール)で、ロボット役だった。
いのうえ氏は当時から才気と野心の持ち主だった。
「20歳の頃、稽古場でマイケル・ジャクソンの『スリラー』を見ていたとき、彼が突然落ち込んだことがあります。マイケルが彼と同い年で、大成功を収めていることにショックを受けていたんです。オレはちょっと笑ってしまいましたが、いのうえさんは本気なんです。『スター・ボーズ』の時は、ライブハウスを会場に借りたので、彼は観客が突然総立ちになって、コンサートのような光景になることを想像していたんですね。酒の席で『あー、奇跡は起きなかったな』って言うんですよ。同席したみんなは引いていました。でも、いのうえさんはそんな風に実現させた舞台もあるんだから、とんでもない人ですよ」
渡辺は大学卒業をきっかけに劇団を退団。それは、いのうえ氏が大阪で演劇を続けることを決意し、「東京に行きたいやつは出ていけ」と言ったからだった。
「いのうえさんは既に大学を卒業していました。下の学年を知らなかったので、『お前たちができると思ったヤツを一人連れてこい』と言われて、オレが誘ったのが古田新太でした。筧利夫が入ったのも同じ頃です。同級生は橋本じゅんを連れて行ったんです。彼こそ新感線に入りたがっていたんですが、『即戦力としてはダメだ』と言われて、1回は蹴られてしまうんです。お手伝いしているうちに1、2年かけて入ることになりました。逆に古田は新感線にまるで興味なくて、オレが『稽古場に行かない?』と誘って、断れず来たんです。それで、いきなり、いのうえさんに才能を見抜かれました」
以降、いのうえ氏、新感線との縁は途切れるが、舞台出演の際には観劇に訪れることもあったという。
「いのうえさんが観客として芝居を見に来ると聞くと、どんな反応をしているのか気になります。多くの役者が特定の人を意識して演技をすることがあると聞きますが、僕の場合、いのうえさんです」
2017年には劇団☆新感線の代表作『髑髏城の七人 Season月〈上弦の月〉』(IHIステージアラウンド東京)に狸穴二郎衛門役で出演。
「マネジャーが新感線のファンなので、今も売り込もうとしているんですけど、本当にやめてくれと思っています。『髑髏城の七人』のときは、昔に比べては楽しくできるようになった部分もありますが、完全には過去のトラウマを乗り越えられていないんですね。オレの中での『劇団』は深くて沼のようなものです。まだ完全に解決できていない部分があります」
つらい経験もあったが、劇団☆新感線での体験は俳優・渡辺いっけいの原点になっている。「いのうえさんとの時間は本当にかけがえのないものでした。マンツーマンで指導を受ける時間は貴重、本当に恵まれていたと思っています。忘れられない、大切な時間でした」と振り返る。劇団を舞台にした主演映画最新作は、そんな若き日の思いをかきたてる作品にもなったようだ。
□渡辺いっけい(わたなべ・いっけい)1962年10月27日、愛知県出身。1992年NHK連続テレビ小説『ひらり』にて人気を博して以降、数々の作品に出演し、名バイプレーヤーとして活躍。若い世代にも『ガリレオ』シリーズでの福山雅治演じる湯川学の助手役として馴染みが深い。映画では2018年『いつくしみふかき』にて初主演。人気アニメシリーズ『おしりたんてい』では声優も務めるなど、活動の幅は今も広がり続けている。大阪芸術大学在学中の劇団☆新感線への参加や、卒業後に唐十郎を主宰とする状況劇場へ入団など、劇団とも関わりが深い。