柿澤勇人、死力尽くして臨んだ大河で開いた新境地 舞台立つたび「辞めよう」と思った過去

俳優の柿澤勇人がミュージカル『スクールオブロック』で、破天荒な教師役を演じる。常に高みを目指す、ストイックな性格。佳境に入った稽古では、意識が飛びそうになる瞬間もあるという。「今より、もっと」を追い求める柿澤に、運命を変えた恩師との出会い、作品の見どころなどを聞いた。

ミュージカル「スクールオブロック」で、破天荒な教師役を演じる俳優の柿澤勇人【写真:ENCOUNT編集部】
ミュージカル「スクールオブロック」で、破天荒な教師役を演じる俳優の柿澤勇人【写真:ENCOUNT編集部】

祖父、曽祖父は人間国宝

 俳優の柿澤勇人がミュージカル『スクールオブロック』で、破天荒な教師役を演じる。常に高みを目指す、ストイックな性格。佳境に入った稽古では、意識が飛びそうになる瞬間もあるという。「今より、もっと」を追い求める柿澤に、運命を変えた恩師との出会い、作品の見どころなどを聞いた。(取材・文=西村綾乃)

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 同作はロックギタリストの主人公、デューイ・フィンが、ひょんなことから厳格な名門進学校の教師となり、無気力だった子どもたちとロックバンドを組んで大会に出場するまでを描く物語。2003年に公開された映画は全米で大ヒットし、15年にミュージカル『キャッツ』などを手掛けたアンドリュー・ロイド=ウェバーが、作曲とプロデュースを手掛け、米ブロードウェイでミュージカル化。今回日本で初上演される。

「アンドリュー・ロイド=ウェバーの作品は、デビュー作の『ジーザス・クライスト=スーパースター』や、『サンセット大通り』などに出演してきました。原曲のキーを変えてはいけないというルールもあるので、全身の力を振り絞っています。稽古は試行錯誤を重ねる分、本番で演じる時より何倍も大変といえますが、子どもたちの演奏に合わせて歌うと最高にいいものになるんです。本番は生徒たちのバンドが生むグルーヴに、うまく乗っけてもらおうと思っています」

 アーティストの西川貴教とダブルキャストで挑む舞台。西川からアドバイスなどはあるのだろうか。

「西川さんは音楽のプロなので、『演奏はこういう風にやった方が良いよ』など、ギターの技術的なことを多く教えていただいています。ロックの本質は楽譜通りに美しく演奏することではないですよね。僕自身は完璧を求めがちなのですが、元気無尽蔵の子どもたちと一緒に『心からの叫び』をステージに刻みたいと思います」

 担任を務めるクラスの生徒たちが音楽の才能を持っていることに気が付いたデューイは、子どもたちとバンドを結成。ありのままの自分を認めてくれるデューイと生徒の間には、絆が芽生えていく。柿澤自身は恩師との出会いがあっただろうか。

「小学校のときに出会った体育の先生は僕の恩師です。学校が終わると先生の家に上がらせてもらって、先生の家族と一緒に過ごしていました(笑)。友達とケンカしたとか、いじめられたとか、何でも話していましたね。多感な時期でしたから、恋愛や性のことなど、科目以外のことでもたくさん話を聞いてもらっていました。家族よりも多く話をしていたかもしれません。昔は僕が出る舞台にも足を運んでくださっていましたが、今はご高齢なのと、北海道にお住まいなので、テレビなどで僕の活動を見守ってくれています」

 幼少期にアルゼンチンのサッカー選手、ディエゴ・マラドーナに憧れ、プロを夢見た。J1・ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ1969)のジュニアユースに入団し、経験を積んだが200人以上の部員がいた高校ではレギュラーの座を手にすることが難しかった。高校1年生のときに課外授業で目にした劇団四季のミュージカル『ライオン・キング』に心をつかまれ、「あの舞台に立ちたい」と決意。2007年に、倍率100倍以上の狭き門を突破し劇団四季入りを果たした。

 08年に夢の舞台『ライオン・キング』に抜てきした演出家の浅利慶太に「役者の花が開くときは、人それぞれ違う。自分の時計を見ろ」と背中を押された。15年の間に、多くの主演舞台や、映画、連続テレビ小説、3本のNHK大河ドラマも経験した。現在35歳。柿澤の時計はどのくらい進んだのだろう。

「全然進んでないですね。なかなか求めている環境にたどり着かなくて……。昨年、出演した『鎌倉殿の13人』で演じた源実朝は、これまでにない役どころでしたね。社会に対してのいら立ちなどを大胆に表現する作品が多かった中で、まばたきなどの繊細な表現に力を注ぐことができた撮影中は毎日が本当に豊かな時間でした。『これだ!』と言い続けたほどに手ごたえがありました。もちろん死力を尽くしましたが、(義盛が殺された場面など)もっとできたかもと思う自分もいます。なかなか望むようには進みませんが、満足をせずに高みを目指すことで、思う場所に近づいていると信じたいです」

 止まらず前進し続ける柿澤。7月末には日本最大規模の総合演劇賞「読売演劇大賞」の中間選考会(23年上半期:1~6月の上演作が対象)があり、『ジキル&ハイド』の演技が認められた柿澤が、男優賞のベスト5に名を連ねた。

「大変な作品だったので、評価をしていただいたことを非常にうれしく思っています。模範的な好青年と暴力的な男。両極が混在する人物を演じ、『こんなにつらいことはない。こんなにしんどいことはない』と感じました。でもスタッフやキャストのみんなが『カッキー(柿澤のこと)、これを乗り越えたら成長するよ』とサポートしてくれて、何とか走り切ることができました。支えてくれたみんなに感謝しています」

 祖父は三味線奏者、曾祖父は浄瑠璃の語り手で、ともに人間国宝。芸事の厳しさを知る家族は芸能界入りを猛反対した。曽祖父は100歳で亡くなる前年まで舞台に立ち続けた。偉大な背中はどう見えているのだろう。

「『華やかに見えるかもしれないけれど、とてもしんどいし、決して甘い世界じゃないよ』と言われてきました。生きていたら、『今の僕はどんな風に見えるのか』『どうやったらその歳まで現役でいられるのか』など聞いてみたいことがたくさんあります。芸の世界で生きるためには、覚悟が必要です。この数年は疲弊し、楽しいと思えない瞬間も増えて、舞台に立つたび『辞めようかな』と考えたりもしました。稽古は苦しくて、しんどくて、大変でも満身創痍(そうい)の日々を越えて立った舞台から、楽しそうなお客さんの顔が見えると『豊かな時間を過ごしていただきたい』と頑張れるんです」

 元気いっぱいの子どもたちと共演するミュージカル『スクールオブロック』は、「過去一のエネルギーが必要」と本音を漏らした柿澤。舞台は8月17日に東京建物Brillia HALLで開幕。9月18日まで同地で上演され、9月23日から10月1日まで大阪・新歌舞伎座で開催される。

□柿澤勇人(かきざわ・はやと)1987年10月12日、神奈川県生まれ。2007年に劇団四季の研究所に入所。同年にミュージカル『ジーザス・クライスト=スーパースター』でデビュー。09年末に退団。以後、舞台にとどまらず、映画、ドラマへと活動の場を広げている。主な作品にNHK連続テレビ小説『エール』(20年)、『真犯人フラグ』(21年)など。NHK大河ドラマは『平清盛』(12年)、『軍師官兵衛』(14年)、『鎌倉殿の13人』に出演。24年1月には三谷幸喜作・演出の新作舞台『オデッサ』に出演することが決まっている。

次のページへ (2/2) 【動画】稽古を終えた楽屋で本音を吐露する汗だくの柿澤勇人
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