相次ぐ水難事故、知っておきたい「イカ泳ぎ」とは? ネットで増える「子どもに水泳を習わせたい」の声

夏休みに入り、川や海、プールで溺れ、子どもが亡くなる水難事故が相次いでいる。ネット上では、子を持つ親から「やっぱりスイミング習わせたほうがいいのか……」との声が上がり、身を守るという意味での水泳の習得に注目が集まっている。悲惨な事故を回避するために、どのように備えればいいのか。日本水難救済会常務理事で前海上保安学校校長の江口圭三さんに聞いた。

水遊びの需要が高まっている(写真はイメージ)【写真:写真AC】
水遊びの需要が高まっている(写真はイメージ)【写真:写真AC】

福岡で女児3人が死亡 痛ましい事故防ぐには

 夏休みに入り、川や海、プールで溺れ、子どもが亡くなる水難事故が相次いでいる。ネット上では、子を持つ親から「やっぱりスイミング習わせたほうがいいのか……」との声が上がり、身を守るという意味での水泳の習得に注目が集まっている。悲惨な事故を回避するために、どのように備えればいいのか。日本水難救済会常務理事で前海上保安学校校長の江口圭三さんに聞いた。(取材・文=水沼一夫)

 待ち望んでいた夏休みが暗転する事故が続いている。21日には福岡で川遊びをしていた小学生の女児3人が溺れて尊い命を落とした。コロナ禍が落ち着き、連日の猛暑や高温で、水遊びの需要は増加。どのように安全を確保したらいいのか関心は高まっている。海や川に遊びにいく可能性がある人は、万一に備えるという意識を強く持ったほうがよさそうだ。

「日本は海に囲まれているわけですから海から受ける恩恵や海のありがたさ、魅力や楽しさを共有すべきだと思うんですよね。そういった意味では基本的に水に対して自分の身を守るすべというのはやっぱり国民は最低限身につけるべき一つのテーマなんじゃないかなという気がします」

 江口さんが水難防止策の一つとして、まず勧めるのは基本的な泳ぎの習得だ。コロナ禍で水泳を習う機会が減ったといわれているが、「基本泳法を学ぶことは水難事故に対して自分の身を守るための一つの方法」との考えを示す。

 大会に出場するなどの実力を持っていなくてもいい。浮き身、息継ぎなどの基礎を学び、少しでも水に慣れることができれば、危険をより少なくすることができるという。「特に今、発展途上国で水泳の授業がなかったり、水泳を子どもたちに教えない国では水難事故がすごく増えていると聞いています」と、国際的な傾向としても裏付けられていることを明かした。

 夏休みに入り、SNS上では、とくに幼い子を持つ親の間で、水泳を習わせることについての議論が活発化している。「子どもにはマジでスイミングスクールとかで泳ぎを習わせたほうがいい」「水没事故が怖いので3歳になったらスイミングは習わせる」などの声が上がる。スイミングスクールによっては、通常練習とは別に、水難対策の講習を取り入れているところもある。

 基本の習得は、何より精神面への影響が大きいと江口さんは主張する。「水に落ちたとき、普通の人は慌てちゃう。泳げる人だったら慌てずに浮き身を取って周りを見て、上がれそうなところに泳いでいくことができます」。例えば、川ならサンダルが流されただけで想定外の事故が発生しかねない。

 いかに動揺を抑え、平常心を保てるか。それは海でも同じで、冷静な状況判断ができるかどうかのカギとなる。

「例えば、離岸流。波が砂浜に打ち上げているときに、1か所、さーっと沖に流れる道ができるんですよ。それに流されたら200メートル、300メートル、沖に持っていかれちゃうんですよね。そのとき自分で岸に上がれる人もいるんですけど、それができなかったらプカプカ浮きながら、誰かの助けを待つしかないんですよね。だから単純に泳げるから大丈夫とか、泳げないからダメということではなくて、ケースバイケースになると思うんですが、基本的に泳力を持っていることが身を守ることになることは間違いないと思います」と、続けた。

 ただし、泳ぎに自信があっても、溺れる子どもを助けるときは、注意が必要だという。

「目の前で誰かが溺れかけているときにまず考えなきゃいけないのは、『泳がずに助ける方法』を考えることなんです。例えばロープを投げる、長い竿でつかませる、あるいは近くに船があったら船でいくということをまず考えなければいけません」

 江口さんは海上保安官として長年現場に従事してきた。海、川、池を問わず、救助員としての経験も持つ。目の前で我が子が溺れていたら、少しでも早く助けたいという思いから、瞬時に飛び込んでしまうことも想定される。しかし、江口さんによれば、それは救助のセオリーとは異なっている。

「『自分が泳ぎにいかなきゃいけない』という状況になったときには、浮き輪や救命胴衣など、必ず浮くものを持っていかなきゃいけないんですね。『泳いで助けにいっちゃいけない』とよく言われますけど、それは何も持たずにいくと2人とも亡くなってしまうケースがよくあるからなんですよね。親は子どもが溺れていたら、正直言って、助けにいっちゃうと思うんですよ。でも、そこを冷静になって、『助けるために泳がない方法はないか』というのを考える。あるいは助けにいくときは必ず浮き輪を持っていくとか、レスキューチューブやビート板を持っていくとか、そういうことが必要だと思います」

 ネット上にも、「どんなに泳ぎがうまくても自然の力にはかなわない」と、過信は禁物との指摘は多い。

「私が子どもと泳ぐときには、必ず自分の腰に浮き輪をつけて、その浮き輪につかまりながら泳いでいます。あるいはライフベストみたいなものを着て入っています。それは備えをすることで、そういう(危険な)状況にならないっていうことがまず第一なんですよ。それを我々としては主張したいですね」

水難しかけたら…覚えておきたい“イカ泳ぎ”

 最後にもし水難に巻き込まれそうになったとき、当事者が取るべき効果的な泳ぎ方を聞いた。

「4泳法はクロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライとありますけど、そういった立派な泳ぎ方じゃなくても、“イカ泳ぎ”というのがあるんですよ。私はそれが一番楽に浮きながら、海や川に落ちたときに落ち着いて対処できる泳ぎ方だと思います。顔が全部水から出ていますので呼吸がしやすいですし、周りが見えるので、落ち着くのに非常にいい。しかも、楽に泳げますから長く浮いておくことができ、ゆっくり安全に進むことができます」

 英語では「エレメンタリーバックストローク」という名で呼ばれるこの泳法は、仰向けの状態で、手足をゆっくりとイカのように動かし、水に浮かぶことができる泳法だ。ネットで検索すれば、動画で確認することができる。いざというときに備えて、プールなどで練習しておくこともいいだろう。

 相次ぐ水難事故で、子どもたちだけで水遊びに出かけることに慎重論も高まっている。しかし、江口さんは、「小学校5、6年の子は親と一緒に遊ばないでしょう」と、親の同伴には限界があると指摘。「僕らは水中護身術と言っていますけど、やっぱり小学校のうちに水での呼吸の仕方とか、そういった基本的な技法は身につけるべきじゃないでしょうか。イカ泳ぎとか、上等な泳ぎでなくてもいいから、水に浮いて移動できる手段を持っておくというのは大事かもしれませんね」と、繰り返した。

 日本水難救済会は講習などを通じて、水難事故への防止へ訴える啓発活動をしている。

「今、我々は海、川にどんどん行きましょうと伝えています。ただし、ちゃんと備えをしてくださいと。天気を確認する、健康状態を維持する、安全に関わる浮き具や救命胴衣を準備する。危ないところは避けて、安全なところを選んで遊びましょう」

 警察庁の「令和4年における水難の概況」によると、昨年水難で亡くなったり、行方不明になった中学生以下の子どもは、26人(前年より5人減)。そのうち14人の事故は河川で発生している。夏休みが本格化する中、改めて水遊びには慎重に臨みたい。

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