【週末は女子プロレス♯107】なつぽいVS安納サオリ 堀田祐美子から学んだ闘いの原点
スターダムの7・2横浜武道館で、なつぽいと安納サオリがストラップマッチによる一騎打ちを行う。ストラップマッチとは、お互いの腕を革ひもで結び付けて闘う一種の完全決着デスマッチ。至近距離でしか闘えないため、試合は自然と接近戦となる。それはすなわち、相手から逃げたくても逃げられない究極の闘いを意味しているのだ。
スターダムの7・2横浜武道館でストラップマッチ 4年9か月ぶりのシングル
スターダムの7・2横浜武道館で、なつぽいと安納サオリがストラップマッチによる一騎打ちを行う。ストラップマッチとは、お互いの腕を革ひもで結び付けて闘う一種の完全決着デスマッチ。至近距離でしか闘えないため、試合は自然と接近戦となる。それはすなわち、相手から逃げたくても逃げられない究極の闘いを意味しているのだ。
ではなぜ、この2人はこのような特殊な形式で闘わなければならなくなったのか。そもそも両者は2015年5月31日、ビギニング新木場大会におけるタッグマッチで同日デビュー。それは「女優によるプロレス」をコンセプトとするアクトレスガールズの旗揚げ戦で、芸能活動をおこなっていたなつぽい(当時のリングネームは万喜なつみ)と安納にとって、新天地での第一歩だったのだ。
アクトレスではツートップと呼ばれた2人。とはいえ、業界内やファンからの風当たりは厳しかった。「受け身も取れない」「あんなのプロレスじゃない」という声が大半。「プロレス」を名乗りながらもプロレス経験者がほとんどいなかったことも大きかった。そこで声をかけられたのが、元・全日本女子プロレスで現在も現役を続ける堀田祐美子だった。当時の堀田もまた、アクトレスのプロレスには否定的。ところが、万喜との出会いが堀田の考えを変えることとなる。まずは、なつぽいが堀田と初めて会ったときの印象を聞こう。
「最初の頃は同じ頃デビューした子同士で闘ってばかりで、レジェンド的な方と闘うなんて考えられませんでした。が、ある日、代表から『堀田さんを対戦相手に頼もうと思うんだけど』と写真を見せられた時に、殺されるかもしれないと思ったんです。『私、殺されますか?』とも聞きました。でも、常に一番になりたいとの気持ちがあって、団体の誰にも負けたくないし、プロレス界でベルトを巻けるような選手になりたかった。そこで殺されるとの恐怖より上に行きたい思いが上回って、一度お会いさせていただくことになりました。そのとき心も体も震えてたんですけど、いまここで自分の思いをぶつけないとチャンスが無駄になってしまうので、素直な思いをぶつけたんです。それで試合をしていただくことになって、すべてをぶつけないといけない気持ちだけで試合してました。ボロボロでしたけど……」
2016年1・31新木場でのシングルマッチ。万喜なつみデビュー6戦目の試合だった。その当時を堀田はこのように振り返る。
「最初、小さいし無理だよ、ケガしたらどうするのって言ったんですよ。でも、彼女の目を見たらね、やってみてもいいかなと思えたんですよね。人を惹きつけるような目の輝きがよかった。万喜なつみの目力に負けたんです。それが実際に試合してみたら、もっとすごかったの。なぜこの子はそこまでして闘うんだろう、なぜアナタはそうまでして私に向かってくるのって。人に感動を与えるってこういうことなんだ。その一生懸命さに惚れて、闘った相手に私が感動させられたんですよ。セコンドのみんなも泣いてた。試合後、リングでアンタたちの面倒は私が見るって言っちゃったんだよね」
堀田の教えはアクトレス全般に波及
堀田はこの日からアクトレスのプレイングマネジャーとして新人たちの指導を受け持つ立場になった。技術はあとからでもいい。新人たちに、まずは気持ちで闘う大切さを説いていったのだ。当然、そこには安納も含まれている。が、団体のエースと呼ばれた安納だけは冷めた目で堀田の就任を見ていたという。そんな安納に当時の状況を聞いてみると……。
「正直、私は関係ないやって(笑)。もちろんあいさつはしますけど、生意気というか、メッチャつれないヤツだったと思いますよ。というのも、ぶっちゃけ、あの頃はプロレス自体やめようかなくらいの感情になってたんです。それでああいう態度だったんだと思います。そんな頃に、堀田さんから急に電話が来たんですよね。たいしてしゃべったことないのに。そのとき、『アンタは一番なんだから絶対にやめちゃダメだよ』って。え? なんで? みたいな。こっちは何も言ってないのに、なんで分かってくれてるんだろうみたいな感じになりましたね」
その後、堀田と安納のシングルマッチが初めて組まれた。2016年9・19新木場、アクトレス1周年記念大会である。
「堀田さんとの初シングルは今でも忘れられないですね。もうグチャグチャにされて技でもない技をぶつけるんですけど、堀田さんは全部受け止めてくれるんですよ。と同時に、場外で椅子をぶつけられたり凶器とかでボロクソにやられました。食らいついていこうとするんだけど、まったく歯が立たず。それでいて愛のムチというか、あの試合で堀田祐美子ってすげえ、なんて器の広い方なんだと思って、そこからはもう何でも話すようになりましたね。ある意味、私の覚醒した試合だと思います」
安納は堀田の一番弟子になり、アクトレスのエースとして君臨し続けた。万喜は万喜で、強くなりたいとの思いが募り積極的に他団体への出稽古にも出かけるようになった。そこでSareeeという好敵手にも巡り会えた。堀田の教えはアクトレス全般に波及。現在、主要女子団体のほとんどで当時のアクトレス出身者が活躍している事実が何よりの証明ではないか。
万喜は2019年1月から東京女子に戦場を移し、安納は同年末に所属ラストマッチをおこないアクトレスを退団した。袂を分けたツートップだが、お互いの意識の中には常にその存在が気にかかっていたという。万喜は20年10月からスターダムにレギュラー参戦、リングネームをなつぽいに変え、さらに飛躍。フリーの安納はさまざまな団体で、その団体のトップ戦線をにぎわせてきた。
両者のシングル戦績は安納の3勝0敗。それだけに、なつぽいは常に安納に追いつき追い越したいとの思いがある。一方、安納はなつぽいの活躍にジェラシーを感じていた。そんな2人が再び出会ったのが、両者とも新人時代同時期に上がっていたスターダムのリングだった。
過去の戦績では安納がなつぽいを圧倒
4・2後楽園、KAIRIの呼びかけによって安納が登場、なつぽいを加えたトリオでアーティスト・オブ・スターダム王座への挑戦を表明し、4・23横浜アリーナで一発奪取を果たしてみせた。が、一度も防衛することなく5・27大田区でまさかの陥落。すると6・4後楽園で安納が試合後、タッグパートナーのなつぽいにフィッシャーマンズスープレックスを仕掛けてきた。なつぽいがかわしたものの、初シングルでフォールを奪われた技を狙われたなつぽいはシングルを要求され困惑。考えてみれば、安納が後楽園に姿を現したときも複雑な表情を浮かべていた。そして、対戦決定の会見でなつぽいが「サオリにはスターダムに来てほしくなかった」と生々しい本音を吐露。それは、シングルのベルトを取って自信をつけた状態で迎えたかったからだ。「(チームでいる)いまのままでいいんじゃない?」と言ったのは、シングルで対戦する心の準備ができていなかったからである。
しかしながら、安納は安納でなつぽいに対する負の感情を乗り越えるべく一騎打ちを申し出たのだ。確かに、過去の戦績では圧倒している。が、現状ではなつぽいの方がより輝いているとの負い目がある。一対一で対戦することによって、なつぽいのスターダムでの輝きと勝負したいのだ。
そして迎える7・2横浜武道館での一騎打ち。4年9か月ぶりとなるシングルは、お互いが初体験となるストラップマッチという至近距離での対戦形式も重なり、よりいっそう気持ちのぶつかり合いとなるだろう。デビュー時から抱いていた相手への思い。気持ちでの闘いは、お互いの師匠・堀田からの教わったプロレスの原点でもある。
「(デビュー当初は)スターダムやほかの団体に出ても『アナタたちプロレスラーなの?』みたいなところがあって、なかなか認めてもらえなかったんですね。それが、堀田さんが教えてくださるようになってから本気なんだと思ってもらえるようになりました。堀田さんの教えがきっかけになったんです。それがなかったら私たち、一生プロレス界の仲間に入れてもらえなかったと思うんですよ」と、なつぽい。安納もまた「同じところに私たちのベースがある」と考えている。
安納は6・17「堀田祐美子38周年記念興行」で堀田とタッグで対戦。初対戦の気持ちを思い出し、「堀田さんが引退する前に絶対倒す」との決意を新たにした。もともと、安納にもなつぽいにも、どちらかが引退するまでに再び対戦するとの予感はあった。離れられないストラップマッチで、お互いの原点をぶつけ合う。その果てに、7・2横浜武道館で見えてくる光景とは?